6 ドレスは歩きにくい
思ったんですけどカルナって某インドの英雄じゃないですか?ナマステー!
「エイシャ様、起きてくださいまし、エイシャ様」
軽く揺すられ、エイシャはゆっくりと目を開けた。
一瞬ここがどこか、何をしていたのかわからなくなる。
昨日まではボロボロの木造建築で寝起きしていたのだが、今朝は暖かな光に包まれたような穏やかな白い部屋で朝を迎えた。
「……おみず……のも……」
エイシャがぼんやりとしながら呟く。狐のメイドがいそいそと水差しから冷たい水をコップに注いだ。
「もちろんご用意がありますよ、さあ、どうぞ」
「……はっ……! お、おはようございます」
「はい、おはようございます」
自分の恥ずかしい寝起きを見られたとあって顔が熱くなる。微笑んでいる狐のメイドから水を受け取り、コップで顔を隠して冷ますように飲み干した。
「ありがとうございます……。あの、お名前を伺ってもよろしいですか?」
赤い狐のメイドと黄色い爬虫類のメイドからは名前を聞いていない。
ずっと訊きたかったのだが、様々な事に圧倒されて聞けずじまいだった。
「まあ! まあまあ……! 嬉しいですわ、わたくしの名前など……」
これだけお世話してもらっておいて名前を知らないのも申し訳ない。いつかお礼をしたいのだ。
「わたくしはアリサと申します。黄色いメイドはミドラと申しますわ」
「ありがとうございます、改めてよろしくお願いいたします!」
そう言ってエイシャは頭を下げた。
「そんな、よろしいのに」
「いえ……カルナさんとミドラさんはどこに?」
そういえば起こしてくれたアリサ以外はこの場にいない。
アリサがもふもふした尻尾を揺らして答えてくれた。
「朝食の準備をしておりますわ。もうそろそろ来るかと思います。わたくし、この通り狐でございましょう?毛が料理に入ると困りますから、食事のお世話はお断りしておりますの」
お断り、ということは本人の意思でそうしているという事のようだ。確かに、エイシャも今まで町で屋台をしている熊の獣人などを見たことがある。毛があっても飲食業はできるのだ。
アリサ自身の気遣いからなのだろう。
カルナは人間、ミドラは爬虫類で毛が無いから大丈夫だといったところか。
「失礼いたします」
そのような話をしているところにちょうどカルナ達がワゴンを押して入ってくる。
「エイシャ様、朝食をご用意してもよろしいですか?」
美味しそうな暖かい香りが鼻を掠める。
朝食は一日の中でも最初でもっとも大事な 食事だ。
何せその日食事をしていない時間を最初にブレイクするのだから。
「はいっ!顔、洗ってきます!」
(しっかり食べて、頑張ってやるわ……!)
ベッドから降りるエイシャの姿をメイド3人はニコニコと見ていた。
王宮での朝食はオムレットにキュウリとハムのサンドイッチ、優しい野菜のスープ、そして沢山のみずみずしいフルーツだった。
「とっても美味しかったです、ありがとうございました!ご馳走さまでした!」
エイシャが手を合わせる。
カルナ達の間では、これはエイシャの宗教に関するものからと思っている。
手を合わせるのは祈りだろうかと思えば合点がいったからだった。
祈りよりは感謝に近いような気がするが、前世が日本人故にとても自然な行動の1つだ。
エイシャが前世とは違う世界・生活をしていても前世を思い出してからは自分の中で無くしたくない習慣だった。
食事は誰かが食材を作ったり調達したり、更には調理をして並べられている。食事は全て命が形を変えたものだ。
命を頂く事と、食事とするために駆け走った者に対する感謝のために「頂きます」と「ご馳走さま」を忘れることはしたくなかった。
「大変ようございましたわ」
ミドラが食後の紅茶を淹れてくれる。爽やかに香り立つ紅茶はとても澄んでいる。みずみずしさのある香りはファーストフラッシュ(春摘み)だろう。
「ありがとうございます、ミドラさん」
「まあなんてこと、わたくしの名前を?」
ミドラが頬を押さえ、エイシャをうっとりと見た。
「アリサさんに教えて頂いて……」
「なんて嬉しい事かしら、名前を呼んでいただけるなんて……自慢できますわね!」
ミドラはうっとりと自分の頬を撫でている。
「そんな……私は……お嬢様でも何でも無いですし、自慢なんて。こんなに良くして頂いているのも……申し訳ないぐらいです……」
そうなのだ、急展開で忘れそうになるがエイシャは貧困層の出身だ。孤児では無い……と言いたいが、16歳で保護者が居ないのは孤児と言っても差し支えない。
両親・祖母の残した家と畑があったために働いて食い扶持を稼ぐ事が出来ていただけで、18歳で成人と認められるこの国に於いてエイシャはまだ子どもなのだ。
そんな小娘が王子に招待されたからと言って、それがなぜミドラの自慢になるのだろうか。
疑問に思っているエイシャにミドラが話そうとする。
「あら、エイシャ様は聖女の……」
「ミドラ!」
話しかけたミドラをカルナが制止する。
「あっ、ああ……失礼致しましたわ……」
ミドラがしょんぼりと頭を下げた。
(聖女の……?)
やはり聖女の涙に関する事なのだろうか。
勿論、エイシャは聖女の生まれ変わりでも何でもない。本当にただの一般人だ。
強いて言えば、ほんの僅かな生活魔法が使える程度であり、それもただ少し柔らかい風が吹くものだけなのだ。
洗濯物を早く乾かしたいときに役立っている。
しかし、聖女……と言い掛けたがこれはエイシャだけではなく他の3人にも当てはまるのだろう。
聖女の生まれ変わりとしてチート能力を手に入れる、あるいはチヤホヤされるでは無いだろうし、やはり何か不安になるものがある。
転生して普通の生活どころか面倒な道に入りそうな気がする。
既に元々生活は困窮しているし、自分から突っ込んだ事は認めるが今回のイベントが終わったらそっとしておいて欲しい。
何に於いてもタイミングが悪いように感じる。
(聖女って単語が呪いのワードに聞こえそう)
「先程言い掛けた事を忘れろとは言いませんわ。これから王に謁見し、王よりこれからどうするかをご判断頂きます」
そう言ってカルナが未だしょんぼりしているミドラの背を優しく擦った。
こうして見ていると本当にこの王宮の人達は優しいと感じる。
慈愛に満ちた王宮の中は陽だまりで出来ているようだった。
「ですからエイシャ様、それまでに急いでお手入れとおめかし、しましょうね!」
カルナが笑うと、後ろからアリサの手が両肩に置かれた。
やっぱり逃げ場はない。
色とりどりのドレス、きらびやかな宝石。
どれをとってもエイシャには大変な価値の物だ。
そんな縁の無さそうなものをカルナ達があれこれとエイシャに合わせてくる。
「やはりこれですわね……」
「でしたらこれを合わせた方が……」
「ここは目の色に合わせましょう、色数は少ない方が上品ですわ」
メイド3人があれやこれやとドレスやネックレスをエイシャの身体に重ねては忙しそうにクルクルと行き来する。
「これなんかどうかしら」
言ってアリサがペールブルーのドレスを掲げて見せた。
「まあ!」
「なんて!」
『決まったわね!!』
大盛り上がりだ。
そこからは早かった。
あっという間に着飾られ、髪は緩く巻いて下ろされる。
軽い化粧は派手すぎないようにうっすらと頬の血色を醸し出す。
仕上げに耳飾りをつけてドレスアップは終了した。
「ご覧くださいな、エイシャ様!」
「素晴らしいですわ、わたくし達、幸せですわ~!」
鏡を見せられて人間こんなに変わるものかと驚いた。
これは本当に自分なのか、呆気にとられてしまう。
鏡の中には、ペールブルーのふわりとしたドレスに、エイシャの目の色と同じ桃色の宝石を首元に飾った自分が居た。髪の艶も段違いだ。
「すごい……」
昨日までの……自分で考えるのもなんだが、みすぼらしい格好が嘘のようだ。
「ありがとうございます、本当に……」
「勿体ないですわ、それに……これから王との謁見があります。ドレスは王宮や城、屋敷での女の戦闘服ですわ。それを整えるのはわたくし達の戦いですから」
カルナがそっとエイシャの背中に触れる。
とても暖かい手の温度が心地よかった。
感謝の気持ちで胸が一杯になってくる。
(本当に……優しい人達だわ……こんなところで働きたいなあ……)
何のイベントかはよく分からない。
しかし、これらが片付いたら、厳しいとは分かっているがメイドの募集にでも応募しようか……そんな風に思っていたところだった。
ドアが軽くノックされる。
「エイシャ様、準備はお済みでしょうか」
アルジェルの声だ。
「はい……」
開けられた扉の先にはアルジェル以外にミカエラ達3人も揃っていた。
「お、おはようございます……」
「あら、貧民なりに見れるものになったじゃない」
そう言ったのは勿論ミカエラだ。
柔らかいグリーンのドレスで身を包んでいる。
まるで花のような美しさだった。
「粗相の無いように。昨日、マトモなお辞儀も出来ていなかったのではなくて?」
そういってエイシャを見下すように顔を背けた。
「え……と……」
言われたエイシャはモジモジと口ごもってしまう。
「フラウム様は見逃してくださったけれど、王は分かりませんわよ。お優しいと聞いてはいますけれど、貧民とあっても最低限の礼儀作法ぐらい知っておいて頂戴な」
そこまで言われてしまってはしょうがないのだが、前世でも海外に出る機会がなかったために、勉強したことはない。
映画やアニメで見るような挨拶で良いのかも分からない。
(最初によく見ておけば良かったわ……王様の前では見よう見まねで本番いくしか無いわね)
少々手に汗をかきながらそう思った。
自分の不勉強さが出てしまった。突き詰めれば先ほどまでカルナ達に訊くチャンスだってあったのだ。
「……そんな事でどうしますの!そこは黙るのではなくて、作法を知っている私にどうするのか訊くところでしょう!」
尚も黙っているエイシャの姿を見て、ミカエラが怒りながら持っていた扇子でピシャリ、と軽くエイシャの二の腕を叩く。
「良いこと、時間がありませんから私が一度だけお手本を見せますわ。王の前に出るのですから形だけでも真似してくださらないと、貧民とは言え私と並ぶのですから。王にも私にも失礼でしてよ」
そう言ってミカエラがエイシャの横に並ぶ。
「相手によって挨拶の内容は変わりますけれど、挨拶をして、片足をクロスするように後ろに下げ、前になる脚の膝を曲げるのですわ。ドレスは軽く摘まむ程度で結構、背筋は伸ばしますのよ」
恐らくこれが完璧な作法なのだろう。リズが手を叩いて誉めている。
マリエにも大変参考になったようで、彼女まで手を叩いている。
「流石、流石ミカエラ様です……お美しい……!」
そう誉めるリズをよそにミカエラはアルジェルに声を掛けた。
「茶番で時間を取らせ、失礼しましたわ」
「いいえ、大丈夫ですよ。では、行きましょうか」
そして謁見の間へと足を進めた。
(何か……やっぱりミカエラって凄く良い人だよね、これは間違いないよね?)
そう思いながら歩いていると横からマリエが小さく声を掛けて来た。
「あの……おはよう……」
マリエはシルバーのドレスを纏っていた。昨日のワンピースも良かったが、この姿だとかなり大人っぽく見える。
「おはよう、すごく……綺麗だね……」
エイシャの口から出たのは乙女ゲームの攻略対象男子が言うような台詞だった。
鼻の穴が広がっていないか心配になる。
「えへへ……恥ずかしい……けど嬉しいな」
そう言ってはにかむマリエは完璧な乙女だ。
実は天使じゃないだろうか。
「エイシャも凄く綺麗、お人形みたいで……」
そして表現もまた可愛らしいのだ。
エイシャの灰被りのような頭の娘をお人形である。
「……ミカエラさんのお辞儀、凄く参考になったね……」
「うん、助かった」
歩きながらひそひそと話す。
その前では誉めるリズとあしらうミカエラの二人が歩いていた。
リズも侍女ではなく”お嬢様”の一人として優しいオレンジ色のドレスを着ているが、ミカエラに対しての態度は侍女のままであるため、乙女ゲームを遊んでいたエイシャの目には悪役令嬢とその取り巻きのように見えて仕方がない。
完全に偏見なのだが。
その更に少し前をアルジェルが歩いている。
前を歩いていても彼にはそのようにエイシャ達がひそひそと話している事などはそれなりに聞こえていた。
特別、獣の中でも良い方ではないが、彼の獣耳は小さいながらも獣としての性能をしっかりと発揮している。
それを聞きながらアルジェルは先ほどのミカエラなりの気遣いを思い返した。
頭や顔を叩くと化粧やセットを乱してしまうため叩くにしても二の腕であり、教えるときは正面ではなく、横に立って手足の運び方を逆に覚えさせないように気を付けていた。
総じてミカエラ嬢は大変な世話焼きのようで、この様子であればこの先も問題無いだろうと、また一つホッとしたのだった。
「こちらです」
そう言ってアルジェルが立ち止まる。
その前には大きな門がどっしりと構えていた。
ここにも番をしている兵がおり、アルジェルに対して口を開く。
「王は既に居られます。お嬢様方をお待ちですよ」
しまった、なんて事だろう。
アルジェル以外の胸に不味いという気持ちが沸き上がる。
ミカエラでさえ少し不安そうな顔をしていた。
「わかりました。良いですか、お嬢様方」
少しこちらを笑顔で見渡し、アルジェルは門をノックした。
「アルジェルでございます。4名のお嬢様をお連れいたしました」
それが聞こえた王と思われる人の声が返事をする。
「よい、ここへ」
「ありがとうございます」
そして門番により、その大きな門が開かれる。
謁見の間は大きなホールのようになっており、その奥の小高い壇上。
ステンドグラスを背にした美丈夫が玉座に手を掛け、立っていた。
小一時間カーテシーについて調べたけど、別に妄想放り投げ小説だから何でもええわハイハイみたいな気持ちになりました。
それで「完璧」とかキャラに「美しい」とか言わせる厚かましくも強い心を持って生きていく。
脳停止状態とかそんな、当たり前ですよ、米ですから。
(ここで自分のHNが何だったか思い出せなくて確認しました)