表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/108

★3−2 執事と作る呪いの肉塊

息抜き終わりです

 気を取り直したエイシャがボウルを用意する。


「取り敢えずよ、この中に挽肉と、卵、さっきの玉ねぎ、パン粉、それとタイムに塩こしょうを入れるのよ」


「全部と仰ってください」


 用意した材料はそもそも今列挙した全てだ。


 あれこれ用意すると料理の苦手な彼が嫌がるかと思っての事だ。


 付け合わせやソースなど、そんな物は食材の豊富な城の厨房だからこそ、後でどうにでもなる。


「そ、そうね…。で、これを手で混ぜるの。本当は手の熱でお肉が傷むんだけど、ジヴェルの手って冷たいし大丈夫だと思うわ」


「そんなに冷たいですか、私の手」


 どうやら本人に手が冷たい自覚が無かったようで、不思議そうに自分の手を見つめたり、すり合わせたりしている。


 その様子が少し可愛くて、暫く見ていたい気持ちになったが、調理を進める事が先決だ。食材が傷んでしまっては申し訳ない。


「じゃ、混ぜてくれる?」


「はい、承知しました」


 袖を捲ったジヴェルの腕。

 筋の通る男性らしい腕に少しドキドキする。


 それをずっと見ていてもジヴェルにはバレてしまうだろう。


 そう思ったエイシャは目を逸らしながら別の事を始めた。


「あんまり混ぜすぎないでね、軽く混ざれば良いの。粘りが出ないようにね」


 粘りが出るまで混ぜると肉の細胞から肉汁が出てしまっている事になる。

 焼いた時に縮んで固くなるのだ。


「私はサラダの野菜探してくるね」


「はい」


 厨房の野菜置き場を探る。


 綺麗な色をした新鮮な野菜達。今朝採れたばかりの葉野菜。シャキシャキとみずみずしいそれを手に取って丁寧に外側の葉をむしり取る。


 案外そこまで酷い料理を作るような様子はない。本人の意識に依る部分が大きいだろう。単に几帳面さが全面に出過ぎている、ただそれだけだ。


(憤死はしなくても良さそうね)


 野菜を持ってジヴェルの所へ戻る。


 そこでエイシャは自分の甘さを思い知る事となる。


 彼から目を離すべきではなかったのだ。


「エイシャ……少しこねすぎたかも知れません」


 申し訳なさそうな顔をした執事。

 葉野菜を探す、その僅かな間。


「もしかして粘り出ちゃった? あんまり気にしないで、ちょっと縮んで食感が悪くなる程度の……はなし……」


 ジヴェルの手元のボウルの中身。それはあまりにもこねただけとは思えない物体が収まっていた。


「何……これ……」


「挽肉ですが?」


 明らかに最初の状態よりも表面は滑らか。至ってツルツル。光を曇りなく綺麗に照り返すそのピンク色の物体はどう見ても。


「……スライムの間違いじゃなくて……?」


 どこからどう見てもスライム。前世でも幼い頃に流行ったものだ。ネバネバした感触、伸びて冷たく張り付き、跡形も無く剥がれるあの玩具。


「挽き過ぎた感じはしましたけど、大丈夫なんですね、良かった」


 執事の笑顔、それはいつもならエイシャの恋心を掻き立てる魅惑の表情。


 だが今回は違う。素直に受け入れる事が出来ない。


「いや……普通に良くないもんこれ……何でスライム……」


「挽肉ですって……苦手ながらに頑張ったんですが……スライムとは少し傷付きます」


 ジヴェルが少し俯いた。その顔は叱られた犬のようで、それはそれでキュンとくるものがある。


 そう、苦手と明言した彼が頑張った結果なのだ。主人であるエイシャは受け入れなければなるまい。


「そ、そうね、ごめんね! 案外焼けば大丈夫かも知れないしね!」


 何とか取り繕って執事の機嫌を取る。


 執事の顔色を窺って機嫌を取る主人とは何とも情けないが、エイシャはそもそも貧乏出身だ。少々腰が低くなっても仕方ない。そのはずだ。


「整形しようか……」


 口ではそう言いつつ、そのピンク色のスライムに手を突っ込む事が出来ない。


 何でだろう。炒めた玉ねぎもハーブもパン粉だって入れたはずなのに影も形も無い。ただツルリとした表面がエイシャを見据えている。


「整形、してみて……」


 産み出した本人に振ってみる。ジヴェルは一瞬不思議そうな顔をしたが、「はい」と答えてそのスライム(挽き肉)に手を埋めた。


 ニュグチ……という籠もった音がエイシャの耳に届く。


(うっわぁ……絵面最悪……)


 流石……ネットリしてヌトヌト、ヌメって糸引く重い粘液のような質感の気色悪い魔力を持つ男だ。躊躇がない。


 スライム(挽き肉)をゆっくり手に取った執事が少し間を置いて口を開いた。


「流れていくのですが」


 指の間からズルズルと挽肉のはずの塊が流れていく。到底整形出来る柔らかさではない。


「……あー、焼けば違うかも知れない……しね。そのままフライパンに流し込んでみる……?」


 半ば焼けくその提案だ。


 火を通す。人類の得た希望の炎の力に最後の望みを掛けるしかない。


(なんちゃってミートローフみたいになったら許せる。まだ食べられるはず)


 そう、エイシャはこれを食べなくてはいけないのだ。何の罰なんだろう。


 コンロに火を点けたジヴェルがフライパンを置く。十分に熱されたそこに、ボウルの中身を文字通り注いだ。


「えっと……火は弱火にしてね。あと、蓋して」


 エイシャが指示を出した、その通りに執事がテキパキと作業を進める。


 ここまで動けて何故アレが生まれるのだろう。


(本来のレシピじゃないけど……多分大丈夫よね。大丈夫であってね)


 本来のレシピでは最初から最後まで弱火、蓋はしない。しかしあのスライムには蓋が必要だ。何故かそんな気がした。


「焼けるまでにサラダ作ろっか」


「はい」


 2人で葉を毟って適当に皿に放り込む。何らおかしくはない。男の手つきは至って普通だ。


 しかしエイシャは気付いた。


「……溶けてない……?」


 皿に放り込んだ葉の量が減っているように見える。葉と葉の隙間から艶が見えた。


 嫌な予感しかしない。


「まさか」


 言って笑うジヴェルの目が何かを捉える。


 その視線を追ったエイシャが口を手で覆った。


 ゴブォ……


 気味の悪い光景。蓋とフライパンの隙間から溢れ出ているのは茶色い……スライム。


「え……」


「膨張してしまいましたね」


 火を通した肉が膨張するのだろうか。


 戸惑いから口を開けているしか出来ないエイシャと、ちょっと困った程度の顔をしたジヴェル。


「いや……タンパク質はどうなったの……」


 熱を加える事で凝固する成分はどこに消えたのか。ピンクだったスライムの色は火の通った肉のそれだが、質感はそのままだ。ジヴェルは何をしたのか。


「は……? いえ、兎に角掃除致しますね。道具を取ってまいります。……はあ、だから料理は苦手だと……」


 不思議な事を言う、そんな主を置いて掃除用具を取りに行く執事は愚痴を溢し、ツカツカと歩いて消えた。


 置いていかれたエイシャは流れ出る茶色いスライムを前にし、はたと思い出す。


「サラダ……まさか……」


 振り向いて葉野菜を盛ったボウルを見る。


 たゆん……


「なんで……なんで……?」


 想像通り、緑色をした、スライム。


 見つめていると、それがプルンと動き、音を発した。


 いや、よく聞くとそれは言葉だった。


──ワレラ、ウマレタ


──ワレラ、シタガウ


 もう一つの声に振り向くと茶色のスライムがいつの間にかエイシャの足元へ移動し、石のタイルの上でプニョプニョと震えている。


──ワレラ、アノカタノ、シモベナリ


 たゆたゆと緑色のスライムがボウルで踊り、しもべと発する。


 どこから声……というか音が出ているのか分からないが、彼らは確かにエイシャに話しかけているのだ。


「あの方って、ジヴェルの事……?」


──ジヴェルサマ


──ジヴェルサマ、トウトイ


「尊いんだ……オタク的な意味で捉えちゃうんだけど、推しとかそういうのじゃ無さそうね……崇拝とかに近いのかな」


──オマエ、ジャマ


──ジャマ


「……はあ?邪魔!?何で!?」


 2体のスライムが机の上で、足元で、事もあろうにエイシャを邪魔と言う。何があって邪魔なのかは分かりかねるが、肉と野菜にそんな事を言われる筋合いはない。


──ニンゲン、チカヅク、ナマイキ


──ニンゲン、ナマイキ


 生みの親であるジヴェルに近づくな、という事だろうか。しかし後から生まれたのはコイツらだ。


 プニプニと蠢くスライム達は地味にエイシャに迫っている。牽制のつもりなのか、時折縦に大きく伸びるそいつらは、どこにあるのか分からない口を揃えて言った。


──キ、エ、ロ!!


 2体のスライムが飛びかかろうと身体を縮めた、その時。


「おや、珍しい」


「ジヴェル!」


 モップとバケツを手にし、男子ごはんが作れそうな見た目でスライムを生み出した、その執事。


 興味深げな顔で2体のスライムを見やった彼は掃除道具を一旦下ろしながら微笑んだ。


「スライムとは珍しいですねえ、しかもこんな厨房に。何故でしょう? ここの環境がスライムによいのですかねえ?」


「……んっ?」

 

 生み出したのはお前だろ?


 そんな想いを孕んだ沈黙がエイシャを支配する。


「スライムはとても綺麗な場所でしか暮らせないんですよ。数もめっきり減って、今では希少な生物です」


「えっ……肉……野菜……これ……」


 驚きのあまりにカタコトになるエイシャ。


 ジヴェルには違ったように伝わったようで、彼は急に真剣な顔でエイシャに詰め寄った。


「さっきのフライパンの中身と野菜はどうしたんですか? 勝手に放ったんですか? もう……いくら食べたくないからと言いましても、食物を粗末に扱ってはいけませんよ!」


「食べっ!?わたしっ!?」


 この後に及んでそう話す彼は「当然です」と言いながら無表情でエイシャを見下ろした。


 待って欲しい、その肉と野菜は今ここでプニプニしているのだ。それを伝えたいのだが、思考が混乱を極めているエイシャの口からは単語レベルの言葉だけが出て行く。


「これ、肉、挽いたやつ、野菜、これ」


「頭の中の言葉は一旦整理してから口から出しませんか」


 至極真っ当なツッコミ。しかし、お前にもツッコミが必要なんだぞ、という視線をジヴェルに向けるエイシャだが、彼には正しく伝わらない。


 スライムがジヴェルに向かってアルジだの何だのと言って騒いでいるのも彼には聞こえないようで、見向きもしない。


「もう、話は後でゆっくり聞きますから。さあ、スライム達、もう外へ行くのですよ、こんな所に居てはいけません」


 ジヴェルがスライム達を手でそっと促して方向を指し示す。厨房の裏口から出ればすぐに吹きさらしの廊下が近く、そのまま外へ出ることも可能だ。


「さあ、山へお帰り」


 聞いたようなフレーズを口にした執事が肉と野菜を見送る。スライム達は崇拝するジヴェルの言うこと故、文句も言わずに従った。


 プニョプニョと2体のスライムが、ジヴェルの開けたドアから出て行く。


 肉と野菜は自然へと返された。


「何故迷い込んだのでしょうかねえ」


 スライムと執事、その姿を呆けた顔で眺めるエイシャの心には1つの決意が生まれる。


 絶対に料理させない。


(タイトルは「お城で簡単!憤死ごはん」でもないわね……)



 お城で散々!惨事ごはん


 あなたも生きたハンバーグとサラダを、是非ご家庭で。





料理じゃなくて生物生みました。


因みに通常のレシピでは肉混ぜるときは卵の水分だけ、粘りが出ないように注意しながら全体をサッと混ぜて整形した後、最初から最後まで弱火、厚みにも依りますが片面10分ずつ蓋なしで焼いて完成です。

ふんわり柔らかハンバーグ。

縮まないので真ん中凹ませる必要も無く、肉汁もフライパンに溢れていかない仕様です。


良かったら是非どうぞ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネタバレ絵垢:ノーラン城の書庫 ※鍵となります。基本フォロバはさせて頂きますが、ネタバレ話や願望を中心とした自我も出ますのでご注意を。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ