5 急なお嬢様扱いでご飯の味が薄い
ズッキーニあるじゃないですか。
割ったら中が腐ってて、エイシャっぽく言うと自分の不幸さ加減に鼻水出ました。
おめでとうございます、元気なカビですよ~!
今日はエイシャもご飯食べて寝ましょうね~!
部屋の扉が閉まり、エイシャは一人呟いた。
「あるとは思ってたけど、すごい面倒な事があるんだろうな……」
ため息が自然と溢れる。
「お待ちしておりました、エイシャ様」
突然背後から掛かる声に心臓が跳び跳ねる。
「ぎゃああっ!!」
うっかり獣のような声まで出してしまう。
心臓が痛いほど拍動しているのが自分でもわかる。
血圧も上がっている気がする。
可愛い悲鳴は出ない。
「驚かせてしまって申し訳ありません……ここで待機するように指示されておりましたので」
そう言ったのは使用人の中年女性だった。
シックなメイド服は彼女を如何にも王宮使用人といった高級さを醸し出している。
「大変失礼致しました。わたくし、エイシャ様のお世話をさせて頂きます、カルナと申します」
カルナと名乗ったメイドは後ろに同じ服装のメイドを二人従えている。
一人は赤い狐、一人は黄色い爬虫類の獣人だ。
「本日は大変ご苦労なさったとか……随分お疲れの事と存じます」
「あっ……いえいえ……」
そう答えるエイシャはすごく日本人だった。
「早速ですが、まずはお身体を清めさせて頂きます」
そう言ってメイド三人が腕捲りをする。
「え?あっ、自分でできます……」
「いいえ、そうはいきませんよ。わたくし達、久々に女性の手入れが出来るとあって意気込んで参りましたの!」
後ろに控えていた狐のメイドが言う。
「そうですわ、エイシャ様。聞いてくださいませ、王宮でお手入れが必要な女性はカレット王妃だけですわ。専属でないとお手入れ出来ませんから、今日急にご指示を頂いて降って沸いた幸運と楽しみにしておりましたのよ!」
爬虫類のメイドがうっとりと話す。
(すごく喋るな……出会って開始数分でかしまし娘ってあだ名付いてても納得できそうな気がするわ)
「……という訳でございます。よろしければ是非お手伝いさせてくださいませ、エイシャ様」
カルナがニッコリと微笑む。
エイシャに逃げ道は無かった。
「あの挨拶、初めてみたな……彼女の地域の風習か何かか?」
暖かい夜着に身を包んだフラウムがミッドナイトティーをちびりと口に含む。
眠る前に優しい香りの紅茶を飲むのが彼の習慣だ。
「僕も初めて目にしましたね……」
アルジェルとは別の従者が答える。
「それにしても、彼女が一番大変な目に遭いそうですね……」
「プラータもそう思うか」
もう一人の従者の名はプラータ。白い髪と銀の目を持った少年だ。
「ええ……アルジェルがここに居たらきっと……」
「ああ、もう言うな、既に馬車の中で説教を食らったんだから……」
そう言ってフラウムが紅茶を一気に飲み干そうと口に含んだ。
「エイシャ嬢が一番の被害者ですね」
馬車の中で嫌と言うほど聞いた声が聞こえ、フラウムは口の中の紅茶を吐き出しそうになった。
「むぐぐぐ……!」
「アルジェル、おかえり」
プラータが足音もなく入ってきたアルジェルに声を掛ける。
「はい。フラウム様、私がここで言うのを止めたところで明日は王の番がですね」
茶髪の従者はフラウムに対して何かと辛辣なようで、しかしそこからは信頼が読み取れる。
「えっと……ノーランからは返事きた?」
開いた窓からの風に吹かれながらプラータが尋ねる。
国宝である聖女の涙は元々ノーラン領に納める必要があった物だ。
「いや、まだですね。返事どころか文書に目を通しておられないのだと思います」
アルジェルがプラータに答える。
王宮からノーラン領までは、馬車であれば無理の無い日程で進んで20日は掛かる。無理をすれば2週間程だろうか。
しかし、領主の住まう屋敷や城、王宮といった要所には文書のみを瞬時に送る事が出来る魔法具がある。
今ごろであればとっくにノーラン領主の城へ既に届いているはずだ。
「国宝に関する文書なのに?」
「……プラータはノーラン領主に会ったことは無いんだったな」
ようやく紅茶を飲み込んだフラウムが口元を拭いながら言う。
「ノーラン領主は……変わっているというか……言いにくいな……。アルジェルなら上手く言えるんじゃないか?」
「……大方の事には興味が無さそうに思えますね……」
アルジェルは少し思案して答える。
「まず王に会うことすら興味が無いんですよね。年に2回、王に領の収支報告をするために各地の領主が集まるでしょう?ご本人が来られることってまず無いんですよね……いつも代役の方が来られます」
「ええ……」
プラータの目が細まる。
「やる気あるの……」
「確実に無いと思いますよ。いつも来ない理由が様々で、腰が痛いとか、風邪を引いたとか、そんな感じで」
もはや学校や職場を休む言い訳である。
「多分、文書見ても興味無さそうに前例に倣って適当にしてくれとか言いそうですよね、フラウム様」
「文面だけ綺麗にして凄いどうでも良さそうに書いてありそうだな。父上のため息が聞こえる気がする」
フラウム王子が次の紅茶を自分でカップに注いだ。従者二人はそれもいつもの事のように眺めている。
「……明日やる事って意味あります?」
「……ま……まあ、前例に倣う……だろうからな……」
紅茶の湯気がフラウム王子のため息で流れていく。
「ええ、それに……ノーランの使用人達や領民が納得しないでしょう」
アルジェルが窓を閉めた。
「三百年続く大切な伝統ですからね」
エイシャは簡素だが高級とわかる白いワンピースに身を包まれていた。
これが部屋着として扱われている事が不思議でしょうがない。これ一着でエイシャが半年ぐらいは食べていけるんじゃないだろうか。
カルナ達がやりきった顔でツヤツヤしている。
(綺麗にしてもらったのは私なのに、私より輝いているわ……これが職人なのね……。前世だったら国営放送で特集番組にされているに違いないわ)
呆けたように鏡を見つめる。暗い色だった灰の髪も少し明るくなったように見える。
「エイシャ様の髪はとても柔らかくて美しいですわ。大事に手入れなさっていたのですね」
狐のメイドが髪を櫛ですきながら言う。
「えっ……あっあは……ありがとうございます……」
ありがたい事だが、お洒落ではなく売りに出すためとは言えない。
数年に一度のボーナス……これで3ヶ月分ぐらいの臨時収入なのだ。
元々1ヶ月の収入自体が少ないが、3ヶ月分は大きい。
綺麗にすき終わると、狐のメイドは緩く三つ編みにしてくれた。
「エイシャ様、簡単ではございますがお食事の用意がございます。お召し上がりくださいませ」
カルナと爬虫類のメイドがテーブルに料理を並べている。
簡単とは言うが、どれもこれも綺麗で美味しそうで、置かれているだけで宝物のようだ。
小さく切られたお肉に、美しい色合いで寄せられたサラダ、シンプルそうだが手間の掛かっているであろうスープ、暖かく良い香りの小さな丸パン。
(こんな綺麗なの、食べても良いの……名前の分からないお洒落な野菜とか入ってる……16年ぶりぐらいかなぁ、お洒落なご飯って……)
前世のエイシャは別に貧乏ではなかった。裕福ではないし、貯金も多くは無かったがそれなりに話題のカフェや、ホテルのビュッフェに数少ない友人と行く事は出来ていた。
感動しながら料理を眺めているとカルナがエイシャに声を掛ける。
「マナーなどお気になさらずとも大丈夫ですよ、そのためにアルジェル殿がお部屋を一人ずつ用意したのです」
そう言ってエイシャを座らせ、膝にナプキンを掛けてくれた。
(あぁ、マナーを気にしていると思ったのね。そりゃ知らないけど……)
しかし、マナーを知らない事について恥をかかないよう、配慮してくださっていたとは思っておらず、その優しさに心から感服する。
(さてはあの従者……気遣いの鬼だな……?)
「ささ、どうぞ召し上がってくださいな、簡単と言っても自慢の食材を使用しております。ご満足頂ける筈ですわ」
用意してくださった食事は誰かの労働の証。
無駄にはしない……絶対に全て食べる。
そう誓って手を合わせた。
「素敵な食事を用意してくださってありがとうございます。いただきます」
不幸ばかりだと思っていたが、美味しい食事で幸せいっぱいのエイシャだった。
「ご苦労様です。急な仕事を受けて頂いてありがとうございました」
アルジェルが洗濯場で片付けているカルナ達に労いの言葉を掛ける。
カルナが前に立ち、答えた。
「いいえ、とても楽しかったですよ」
「エイシャ嬢は如何でしたか?」
アルジェルの問いには狐のメイドが答えた。
「もう眠られましたわ。アルジェル殿の計らいに感動しておられましたわよ。私も貧しい身の上でしたから、とても気持ちが伝わりましたわ」
爬虫類のメイドが隣からペラペラと更に続ける。
「エイシャ様ったら、不思議な挨拶や仕草をなさるのよ?どこのご出身かしら?でも嫌じゃないわ。食事も、マナーからは外れているかも知れませんけど、汚したり大きな音を立てたりもなく、とても上手に召し上がってましたし。本当に貧困層のご出身なの?」
テーブルマナーとしてはなっていないかも知れないが、前世でフォークとナイフ、そしてスプーンを使う機会ぐらいはあった。主にファミリーレストランだが、ガチャガチャと使わない程度の事は出来る。
「安心しました。少々気を揉んでいましたしね。ミカエラ嬢やリズ嬢であれば心配ないでしょうけど、彼女やマリエ嬢には重荷になる事が多いでしょうから」
少しほっと息をつく。
「彼女は本当に貧困層の出身ですよ。使いに調べさせましたが、山沿いのチャケ村が出身地みたいですよ」
「まあ……それはまた……」
チャケ村……エイシャの住む村は何度も言うが過疎地だ。
初めは鉱山だったが主となる鉱物が無くなり閉鉱。その後も暫くは農耕で村を繋いでいたが、刺激の無い村、若者に依存度の高い高齢者達に嫌気がさした若人は町へ出て行ってしまって殆んど居ない。
もちろん、復興を望み、若者を呼び込むために努力したのだが、若者に対する期待が大きい事が完全に駄々漏れている。敏感な若者が感じ取らない訳がない。
村で足腰の悪い老人達を守りながら一緒に働いて欲しい、家族同然のように暖かく迎えよう。
優しくしてもらうだけでは介護と労働の対価になりにくい。
こうしてチャケ村は今日も過疎化を進めているのだ。
そして、このような土地は何もチャケ村だけではない。
小国であるヴェルトでは深刻な社会問題の1つとして王や領主達の頭を悩ませている。
「でも……まぁ……大きな問題も無さそうで良かったです。他のお嬢様方も、使用人達からの報告ではとても手の掛からなさそうな方々だと聞いていますしね。助かりました……」
そう言ってアルジェルはカルナ達に頭を下げる。
「明日もよろしくお願いいたします」
「おまかせくださいな」
メイド達が力強く頷いた。
明日からも面倒な事が始まる。
4人の少女達はそれぞれの不安を抱えながら夢の中を漂っていた。
PC投稿じゃなくて普通にスマホのメモで打ってるんですけど、Bluetoothのキーボードがちょっと小さくて慣れてないんです。
ちょいちょい変換ミスってエキサイト翻訳みたいになりますけど、今日も元気です。
因みに今日は国の名前忘れて最初の投稿見直しましたね。
あと、前回髪色忘れてたけどアルジェル便利ですね。書いてて使い勝手良いです。過剰労働。