4 流されておく事は大事
ちょっと短いかな
キリミードの北東にある王宮は白を基調とし、中央に高い塔がある。
王宮の周りは堀で囲まれており、澄んだ水が湛えられている。
丁寧に手入れされた美しい庭を抜け、橋の掛かった堀の手前で一旦馬車は止まる。
西日がきつく窓から射し込み、馬車の中を照らした。
眼を眩ませていると、御者がエイシャ達に声を掛けてきた。
「今、検問を受けているようです。早馬で文を送っていると聞いているので、すぐに進むかと」
するとミカエラが口を開く。
「フラウム様でも必要なのですか?」
王子の住まう王宮を王子がすぐに入れないのはおかしいと思ったのだろう。
「ええ……どうも、予定より早い帰還と、その、こう言っては申し訳ないのですが予定外のお客様が居られますので……フラウム様の送った文だけでは簡単には」
念のための確認のようだ。
それもそうかと納得する。
「すぐに終わるとは思いますよ」
御者が微笑み掛けてくれた事で安心する。
実際、それからあまり時間は掛からずに通ることができた。
馬車の扉が開くとアルジェルが待っていた。
「長時間ご苦労様でした。どうぞ、手を」
そう言ってミカエラから順番に馬車から降ろしてくれる。
最後にエイシャの手を取った。
「足元にお気を付けください」
この世界どころか、前世で生きていた頃からこのように丁寧に扱われた事は初めてでどうにも照れてしまう。
「ど、どうも……」
近くで見て分かった事だが、アルジェルは人間ではないらしく、明るい茶髪に隠れて同じ色のとても小さな獣耳が見えた。
(わぁ……可愛い耳)
獣人は珍しくないが、大抵が動物らしさをかなり残しており、アルジェルのようによく見ないと判別できないタイプの種族は珍しい。
「どうぞ、こちらへ。ご案内いたします」
エイシャが無事に降りた事を確認し、アルジェルが全員の前を歩き出した。
「お嬢様方、大変お疲れの事と思います。もう日が暮れております故、本日は休息を。それぞれお部屋をご用意しておりますので、ごゆっくりなさってください」
それぞれに部屋、と聞いて驚いてしまう。それはミカエラも同じようだった。
「よろしいのかしら、ご招待頂いたとは言え……」
マリエもエイシャもうんうんと頷く。
リズだけは違ったようだが。
「それはもちろん、お美しいミカエラお嬢様だからですわ!」
リズはうっとりとした目でミカエラを見る。
どうもかなり主人に入れ込んでいるようだ。
かなり無理な理由だが彼女には大きな理由なんだろう。
「そ……そうですわね、私が貧民と同じ部屋はありえませんわね! なんて素晴らしいお心遣いでしょう……」
ミカエラまで優越感に浸っているが、最初に言葉が詰まった辺り、畏れ多い気持ちがあったのだろう。
そうこう言いながら歩いている内に城の門まで来た。
アルジェルが門番に尋ねる。
「フラウム様は」
「はい、中でお待ちです」
そして門番がアルジェルにだけ聞こえるように声を潜めて言った。
「脇窓から何度も覗く程お待ちになっておりますよ」
それを聞いたアルジェルには疲れが一気にのし掛かってきたように感じた。
王宮のエントランスは白に金の装飾で美しく細工が施されているが、どこを見ても派手ではなく、暖かみを感じる。
エントランスの中心には別の従者を伴ったフラウム王子が立っていた。
「招待に応じて頂き、心より感謝する」
爽やかで花が咲いたような微笑み。
彼のこの笑顔には誰もが見惚れ、多くの姫や令嬢を盲目の恋に陥れてきた。
国宝の件もあり、いつもよりぎこちないのだが……それはよく知った人物にしか分からない。
エイシャに取っては高級車のハイビームが直撃しているようなものだ。
(駄目……本当に駄目。恋心抱く前に網膜が焼けそう)
「勿体ない御言葉ですわ。こちらこそ、御招待にあずかり光栄でございます」
ミカエラがスカートを軽く広げて優雅にお辞儀をした。
それに倣うようにリズが、見よう見真似でマリエがお辞儀をする。
その後ろでエイシャだけが背筋を伸ばして腰を直角に折っていた事をミカエラ達は知らない。
フラウム王子の指示でアルジェルがエイシャ達を部屋に案内する。
「ミカエラ様はこちらのお部屋へ」
「ありがとう、使わせて頂きますわ」
丁寧に挨拶をし、リズを連れて入ろうとする。
「ああ、リズ様はこちらですよ」
『え……?』
ミカエラとリズが声をハモらせて戸惑う。
「私はミカエラ様の侍女ですが……」
ミカエラの側に居て当然、リズからすれば自然な流れだった。
「存じておりますよ。ご希望であれば構いませんが、リズ様もお客様の一人としてお部屋のご用意をさせて頂いておりますので、よろしければご使用ください」
「まあ……貧民にも部屋を用意くださっているぐらいですものね……よろしくてよ、リズ」
「ですが……ミカエラ様」
いちいちテンプレートのような嫌味を挟んでくるミカエラ。
だが、エイシャは枕詞程度の気持ちで受け取っている。流しておいた方が傷は浅そうだし、仕様だと思えば慣れてくる。
「厚かましくない程度に御好意を受け取るのは必要な事だと思っておりましてよ。アルジェル、でしたわね。彼女にも案内をお願いしますわ」
茶髪を揺らして一礼するアルジェル。
その横でリズはまだ戸惑い、口ごもっていた。
「ですが、やはり私は」
よほどミカエラを慕っているのか、自分に部屋などと感じているのかは分からないが、やはりリズは断りそうだ。
「そうでなければ貴女の部屋を用意するために働いた使用人の労力は無駄になりますわ。それに、私も今日ぐらい一人でゆっくりさせて頂戴な」
一人にさせて、という言葉はリズにはキツかったようで、残念そうではあったが渋々と頷いた。
(ミカエラって何か、思ってるよりは実は優しいんじゃ……)
エイシャの中では実は良い人説が熱い。
リズが向かいの部屋に通され、マリエとエイシャがアルジェルに案内を受ける。先程の二人の部屋とは別の場所にあるようだ。
王宮の中はどこも清潔に手入れされ、花や絵画が飾ってあるが、それが高価であることはわかっているのに目を惹きすぎない……絶妙なセンスだ。
上品とは、まさにこういう事だろう。
「き、綺麗な場所だね、すごく……お洒落だよね」
マリエがエイシャに話しかける。
「えっと、うん……さすが王宮って感じする……ごめん、何か上手に言えないわ」
せっかく初めて話しかけてくれたのに微妙な返事をしてしまった自覚はある。
「あ、あの……私、エイシャ。……よろしくね」
エイシャが思いきって言うと、マリエは嬉しそうに微笑んだ。
「改めて……私、マリエ。こちらこそ、よろしくね」
恥ずかしそうに微笑むマリエは1枚の絵のようだった。
(うわぁ……可愛いな……仲良くしたい……)
中年男性が考えればアウトな感想が出てくる。
過疎地に居たせいで同じような年頃の友達は居なかった。耐えられたのは前世で暗い生活を経験しているからだ。
「マリエ様、エイシャ様、お疲れではありませんか?」
ずっと黙っていたアルジェルが会話を促す。
「いえ……」
と言うもマリエの顔には不安と疲れが滲んでいる。
「だ、大丈夫です!畑で培った体力があります!」
広大ではない畑なのでたかが知れたものではあるが、農家にとって体力は資本だ。
もちろん、エイシャの16年を支えた畑は彼女の足腰を間違いなく鍛えている。
「安心致しました、それでしたら、これからも大丈夫ですね!」
ニコニコと笑うアルジェルの言葉は、今後も大変な事をしてもらう、という事が滲んでいるのだが、事件発生時から入ってくる情報量の多さで頭の整理が追い付いていないエイシャ達には気付かれていない。
「マリエ様のご家族様には既に知らせておりますのでご安心くださいね」
そう聞いてマリエが少し安堵の表情を見せた。
でもどうしてマリエの家を知っているのかエイシャは少し疑問だった。
(それはもう凄い人達だから造作もないんだ……多分……)
考える事を止めたというような思考は、宇宙を漂う石か何かのようだ。
「こちらがマリエ様のお部屋です。何か必要な物がありましたら使用人をお呼びください」
「あ、ありがとうございます」
ごゆっくり、とアルジェルがゆっくりと扉を閉めた。
「向かいのお部屋がエイシャ様のお部屋です」
扉に手を掛け、開きながらエイシャの方を見る。
「何でも、必要でしたら遠慮せずに仰ってくださいね。これから貴女方には大変なお願いがあるのですから」
「えっ」
「では、ごゆっくりどうぞ」
従者の顔は、微笑みながらも申し訳なさそうだった。
世界観とかキャラも適当に決めたから、先に書いた事と違う事書いてる時があります。
首都の名前忘れるし、アルジェルは途中から銀髪にブリーチしてました。
気が向いたら設定メモみたいなの投稿するかもしれないです。
気が向かなかったらずっと無いです。