2 王子はうっかりさん
聖女の涙とか凄い安直だけど、キーアイテムのクセに元々何の名称も考えて無かったからつい。
妄想備忘録だからしょうがない…
「この小汚い奴らめ……!」
王子が乗る馬車の前に倒れ込んだトカゲ男達とエイシャと2人の少女、そして樽。
それらを視界に収めながらエイシャは衛兵に乱暴に引っ張り立たされる。
「この小娘!」
エイシャの耳元で衛兵が怒鳴る。
冷や汗と震えが全身を包んだ。
「お嬢様、大丈夫ですか!」
一緒に倒れた少女の一人が侍女らしき人物に助け起こされる。
トカゲ男達も衛兵に立たされ、怒鳴りあっている。
「オレ達は何もしていないぜ!そこの人間のメスが突き飛ばしたんだ!!」
トカゲ男の一人が喚いている。それを聞いた人々がエイシャを見た。
衛兵に乱暴に掴まれた状態で立っているエイシャの姿は、見た目の貧しさも相まって人々が非難するには良い材料だった。
何の超展開でここまで人生が転落していくことがあるのか……と思うも、それは後先考えていないからである。
「何、この子……みすぼらしい」
「王子に近付くつもりで?」
「なんて厚かましいの……」
「許されない」
口々に囁かれる言葉は、どれも冷静に考えれば予測できたかもしれない。
しかも間に合わなかった上に自身だけでなく、他の人まで巻き添えにしているのだ。
王子一行をトカゲ男達の悪巧みから救うどころか、自分が矢面に立つ事になるとは。
他の少女達も巻き込み、立たされたエイシャに刺さる無数の視線。
エイシャは何時間もそこに立っているような気がした。
「よい、静かに。これは何の騒ぎか!」
よく通る声が響き、周囲の声が止む。
顔を上げると背の高い美しい青年が馬車から降りてくるところだった。
「いけません、王子!お下がりください!」
従者や衛兵の止める声も聞かず、ゆっくりと騒ぎを起こした私達の方へ歩み寄ってくる。
金髪碧眼、性別も分からぬ程に美しいその人物こそフラウム王子。
太陽光を受けて歩くその姿は神話を唄う絵画のようだった。
小さいが装飾の美しい箱を胸に抱えている。恐らくその箱の中に聖女の涙が入っているのだろう。
光を浴びて煌めきを放っている。
美しい光景に見惚れそうになるが、自身の中の罪悪感で冷静さを保つエイシャの目は再度箱を捉えた。
(えっ……いくらなんでも……)
脳内で率直な感想が走りきる前にフラウム王子の美しい口が動いた。
「大方、この聖女の涙を狙った騒ぎであろう。よく考えずとも分かることだ!」
そう、そうなのだが。
「がああ!!!!」
人混みに潜伏していたと思われるトカゲ男の一人が王子の手元を狙って何かを投げた!
「王子!!」
「うっ……!!」
誰の手も間に合わず、王子の手を直撃したのは空の小瓶。
箱は王子の手元を離れ、中身がキラキラと宙を舞った。煌めきで宝石の姿はよく見えないが、複数個あるようだ。
それは昼間の星々のような光景だったが。
突然冷たい液体がエイシャと少女達に降りかかる。
「冷たい!」
「きゃっ!」
「やだ!」
「なに!?」
呆然とする王子。
呆然とする従者。
静まり返る人々。
時間が止まったかのような瞬間。
箱の落ちる音と、ガラスの割れる音が響いた。
倒れた少女2人、侍女、そしてエイシャ。
その前に従者を連れた王子が黙って座っている。
連れてこられた町会議所はお世辞にもきれいな所ではない。
本当に普通の広い場所に木製の大きな机と椅子が何脚もある、会議所だ。
入っている人数が少ないため、衣擦れの音すら目立つ。
「……」
「フラウム様」
「…………」
「フラウム王子!!」
従者が王子を呼ぶが、王子はその美しい顔を不貞腐れたように歪めたままだ。
「何か仰ること、あるでしょう?」
従者に促され、渋々と口を開いた。
「……貴女方には……本当に申し訳ない事をした」
フラウム王子が俯くように頭を下げた。
貴族と思われる少女が声を上げる。侍女に助け起こされた少女だ。
「いいえ、フラウム様が謝られる事などございませんわ!このミカエラ、王子に頭を下げられる程の人物ではございません!」
確かに、王族が頭を下げるなど、本来はあってはならない。民に示しがつかなくなるからだ。
貴族の少女はミカエラ、というらしい。淡い桃色の髪が緩いウェーブを描いて胸元まで伸びている。
その姿は春の妖精とでも言ったところか。大袈裟かもしれないが、大変な美貌だ。美しさで財産が築けるレベルと言って良い。
「悪いのはあなたですよ、平民が王子に無礼を!」
ごもっともかもしれないが、それなら何故ここに、しかも王子の前に連れて来られているのかが説明つかない。
テロリストを王子の前に、縛りもせずに連れては来ない。
(そこまで平和なの、この国。16年住んでるけど、田舎過ぎる場所に居たせいかよく分からなかったわ……普通に事件の噂とかは聞いていたけど)
だが思っていた理由とは違うようで、王子の従者が説明を始めた。
「そちらの薄紅のお嬢様が原因ではないと、最前線で目撃した御者が申しておりました。トカゲらの方が早かったと」
そういえば薄紅のスカートを穿いていたのだった。
エイシャはスカートの裾を握りしめる。
「また、お嬢様方が倒れて来られた方向とは反対側の樽も倒れている事も、トカゲらの証言とは辻褄が合いません。どこからか、彼らの企みを目撃、あるいは聞いてしまった。それを止めに来てくださったのでしょう?」
従者が問うように微笑む。
「あ、えと……広場の塔に居たんです。そこにフラウム王子様の来るタイミングを旗で教える役の人が二人居ました。通りの樽の影にも二人ずつ同じような種族の男の人が居て……」
それを聞いて従者は表情を僅かに変える。
「組織的な犯行とは分かっておりましたので周辺の調査はさせておりますが、改めて塔の方も調べさせましょう。何らかの痕跡が見付かるかもしれません」
そう言って従者が部屋の外で見張りをしている衛兵の1人に声を掛けた。
「王子に物を投げ付けるような国賊までいたのです。逃す事は許されません。徹底的洗い出してください。広場の塔を調べ直すよう、依頼します」
従者は衛兵に事細かく要望を伝えている。
その間にフラウム王子はエイシャに声を掛けた。
「……さぞかし勇気が必要だったであろう」
「い、いえ……そんな……それに、私は結局何も……」
俯くエイシャをミカエラの目が射る。
口は出さないが、責めている視線が痛い。
「元の話に戻りますが、国宝はフラウム様が持って降りなければ無事だったかも知れないですね」
この従者、なかなかの言い様だ。
「うう……アルジェル、人前でそんなに言わなくても」
王子がうなだれる。叱られた子犬のようで、先ほどの堂々とした姿が嘘のようだ。
「国宝をあのようにした挙げ句、これからこちらのお嬢様方の人生さえ変えてしまわれるのです。当然ですよ」
アルジェルと呼ばれた従者が真剣な顔でエイシャ達を見据える。
人生が変わるとはどういうことなのだろうか。
(こ……これ以上不幸になるの……)
「聖女の涙は……宝石はどうなったのですか……?」
ミカエラが皆も思っているであろう疑問の一つを口にする。
「……それはまた別に説明する」
フラウム王子が眉間を揉んだ。
その姿に少し部屋が静かになる。
「ご…………ご発言をお許しください……」
小さな声が聞こえた。
エイシャ、ミカエラと共に倒れた少女だ。
「よい」
王子が俯いたままで許可する。
「あの、人生が変わってしまうというのは……」
「それもご説明しますが、今はお話出来ません。この場所で話せる事にはかなり限りがあります」
アルジェルが出入り口の扉の方へと向かった。
部屋の外を確認し、外で待機している兵に小さく声を掛け、こちらへと戻ってくる。
「フラウム王子」
アルジェルが王子に声を掛ける。
フラウム王子は頷き、私達に言った。
「貴女達4人を……王宮に招かせて頂きたい」
これからも適当にいきます