1 後先考えてないから他人を巻き込むんだ
ガタガタと自分の妄想を打ち込んだので変なところはいっぱいあると思います。
※今日(11月1日)になってようやく1字下げとか、何か色々しました。内容自体の凄い変更はないです。
エイシャが転生者であると自覚をしたのは9歳の頃であった。
何もない、ただ朝目覚めて汲み上げた井戸の水を飲んでいた時に思い出したのだ。
それはただ、ふわりとした自然なものであった。
木製の小さなコップに注がれた冷たい水を嚥下しながら(ああ、そう言えば……ブラブラしてて見つけた雑貨屋さんで、一目惚れして買ったコップも木製だったな)と考えたのだ。
「雑貨屋で買ったコップ?」
手元のコップを眺めながら呟いた。
それから時折、エイシャは今ではない、歳上の自分の記憶を思い出していた。
最初は未来予知か何かかと考えたが、数を重ねる毎に予知ではないと理由のない確信を得ていた。
エイシャが10歳になる頃には前世の殆どの記憶があった。
エイシャは決して裕福な身の上ではない。むしろ貧しいと言える。父も母も早くに亡くし、父方の祖母に育てられている。
「乙女ゲームの世界のような感じはするんだけど、知らないんだよね、こんな世界...」
エイシャの住んでいる世界は、前世で言う中世ヨーロッパのような世界ではある。ただ、この世界には人間以外の知性を持った種族が多く住まう。国や都市、地方によって割合や中心となる種族は様々だ。
エイシャは人間で、針仕事と小さな畑で細々と暮らしている。
「もしかしたら私の知らないゲームかな。乙女ゲームじゃない可能性もあるよね」
乙女ゲーム。前世では何度かプレイしたこともあったし、そのような世界に転生する小説も好んで読んだ。
小説であれば大抵の場合、主人公の女性はヒロインか悪役令嬢であり、元の作品のシナリオとは違う都合の良い展開を繰り広げるのがセオリーだ。それらが自分のおかれた現実とは違う快感をくれた。
前世のエイシャは大変な人見知りであった。学生時代も就職してからも人付き合いの下手さ故、陰口の格好の的であり、友人も少なかった。
大掛かりないじめこそ無かったものの、周囲からはやんわりと避けられる、陰鬱とした人生であった。
前世の終わりは覚えていないし、思い出せない。余程ツラい記憶なのかもしれない。
「まあ……いいか。でもこうさ、転生したら大抵はお嬢様とかなのにさ」
エイシャは針仕事の手を止めた。
「なーーんで貧しいのかね」
そのまま6年が経過した。大好きだった祖母も昨年亡くなり、悲しみながら独りで暮らしていた。
周り近所は高齢化が進み、若人も居ない。間違いなく過疎地だ。
人付き合いは転生しても苦手で、一歩進む事は容易ではない。
しかし前世の知識もあることから、着々と自分の置かれた状況の改善に少しずつ励んでいた。
まずはやはり知識である。
貧しい身の上であるエイシャは学校など通ってはいない。
しかし文字が読めなければ話にならないため、祖母が生きている頃から町で開かれる市場へ野菜等を売りに同行し、チラシや貼り紙等で文字の勉強をした。
少ない稼ぎで時折購入できる薄い古書は最高の宝であった。お陰さまで何とかある程度の読み書きは出来るようになった。
今日は行商で町へ出掛ける日であった。新たな知識の基を得られる大切な機会である。
野花で染めた薄紅のスカートで町行きを装う。暗い灰色の髪を簡単にまとめ上げ、自分で縫ったスカーフでその頭を覆った。
エイシャの住む国はヴェルト小国であり、首都はキリミード。これから行く市場はキリミード手前の町にある市場である。
(本当に……何も良いこと無い人生だな……。売りに行く先でさえ首都ですら無いし。今日こそ本かチラシ以外に、良さそうな就職先の目星も付けられたらな……)
市場が開かれている広場は中心に小高い塔があり、その周りに12本の柱が偏った位置で立っている。広場自体が日時計として機能しているのだ。
店先で冷やかされる商品達を並べ直しながら時間は過ぎ、昼になった。帰路と別の目的の為にもそろそろ店仕舞いである。
広げていた野菜を周囲の同業者や市場の管理者に差し上げるなどで帰りの荷物を少しでも減らす。どうせ自分一人ではなかなか消費も出来ない。塩も容易に手に入らないので保存が利くような食品ですら作ることが出来ない。
風呂敷を畳みながら今日は広場の奥がいつもよりも別の賑わいを見せていることに気がついた。
「今日はなにか特別な事があるんですか?」
市場の管理者に野菜を手渡しながら問う。
「ああ、今日はね、ノーラン領に納める聖女の涙を届けるため、王子の一行がここを通るんだよ」
「はぁーあ、それで……」
滅多に見ることの出来ない王子を一目見ようと女子達が沸き立っているということか。
如何にも……如何にもだが、恐らく自分には縁が無いだろうと考える。既に転生してからの16年の中身のお陰で希望は全く無い。
「エイシャ、君も良い年頃だし、一目ぐらいはどうだい?……場所が既に無さそうだけど、遠くからなら見られるかもよ?広場の塔から見てごらんよ」
「遠くから」
遠くから。自分の中でも繰り返した。本当に、本当に縁が無いにもほどがある。
「王子の顔、見たこともないし、一目ぐらいは見てみようかな」
前向きに捉え、エイシャは片付けを進めた。
ヴェルト小国の王はグリヴァン王。優しく聡明な王と評判である。その第一王子であるフラウム王子はカレット妃によく似た美しさと、王譲りの優しさを持つと聞く。
(そうだね、一目ぐらいね)
聖女の涙は大切な国宝だ。大変美しい宝石と聞く。大昔、今のノーラン領に住んでいた邪悪な竜が非道の限りを尽くし、聖女である王女が退治したという伝説。邪竜によって虐げられた民の姿に王女は心を痛め、流した涙が土地を、民を、そして退治した邪竜さえも癒したという。
その涙を受けた宝石は邪竜の心を鎮める為に普段はノーラン領で奉られているのだが、3年に一度王宮で行われる清めの儀によって清め直しているのだという。
聖女の涙を運ぶのは、その子孫となる王族しか許されない。
塔に向かうと、塔にも既に何人か居たが、フラウム王子が通るとされている道を見渡す位置は確保出来た。
道は樽とロープで囲われており、樽の上には花が飾られている。町民からの精一杯の歓迎の証との事だ。
途中で手に入れたチラシを見ながらぼんやりしていると、通りの奥から声援が聴こえてきた。王子の一行が来たようだ。
「……配置に着いたようだな」
不意に聞こえた声にチラと目を向けると、トカゲのような種族の男が二人居た。私より先に来ているのを見た気がする。小さな黄色い旗を持った男にもう一人が話している。
「王子が通るタイミングだぞ、よく見えるように」
警備の人か何かだと一瞬考えたが。
(凄い……自分の中でも黄色いフラグ立ってる感あるわ……イエロー判定どころかレッド来そうな感じする……)
フラウム王子は黄色が好きだと公になっている。よく黄色をポイントにした出で立ちをしているのだそうだ。
(フラウム王子の応援かな……考え過ぎかも知れないね)
しかし注意して通りを見てみると、幾つかの樽の側に、同じようなトカゲ男が二人ずつ立っているのが見えた。
(えー……これ、これ!!王子が通るタイミングで樽倒すんでしょ、王子の馬車止めて、その隙に聖女の涙をって、あああもう王子来る!!!!)
エイシャは自分があまり賢くない自覚はある。
勿論、今回もあまり後先は考えていなかった。いや、あわよくば王子を近くで見れるかな程度の打算はあった。
(取り敢えず私だけでも騒いだら……急げ……!)
「フラウム王子素敵ーやっぱりもっと近くで見たいわー!」
棒読み感は抜群だ。
急に走って塔を降りれば男達に怪しまれると考えての芝居だが大根も良いところである。
エイシャの思った通りで、トカゲ男達が樽を倒す体勢になったのが見える。二人ずつ居たのは、一人が塔の旗を目視して伝え、伝えられたもう一人が樽を倒す作戦のようだ。
こんな安直な事件があって良いのだろうか。
いや、きっと世界は広いんだろう。
「きゃあああああ!!!!」
凄い勢いで人を掻き分ける。
掻き分けた人は、裕福な人が多かった。
急に貧乏娘が突っ込んで来ることに対処出来ていない。
(こういうの許しちゃうってさ、この国って貧困の差は凄いけど平和なのねーーーー!!)
下手すれば自分もテロリスト扱いなのだが、エイシャには思い至ってない。
エイシャは間に合わなかった。
倒れる樽、散る花びら、突っ込むエイシャと共に馬車の前に突き飛ばされる何人かの少女、驚く馬と御者。
全てがスローに見えた。