★1 ある日の紅茶
ちょっと息抜きで書いた間のお話です。新キャラはいます。
「……これは何をしていますか」
ジヴェルはエイシャを見下ろしながら立っていた。
彼女はメイドの一人をこれでもかという程飾り付けている。
「それはね、飾ってるの。見ての通りよ」
鏡の前に座らされた赤毛のメイドは悲しいかな、フリルとリボンにまみれ、こんもりしていた。
今日はちょっと強く出てみるエイシャの服装はメイド服だ。
午後の風は優しく窓から入り込んで来る。
カーテンをふわりと動かし、何とも穏やかな昼下がりと言ったところだ。
リボンの塊を除けば。
「陳列ディスプレイかと思いましたね。お店でも開くんですか」
そう言ってやると、飾られまくったメイドが声を上げる。
「あ、あの……お気持ちは嬉しいのですが……」
「ほら、エイシャ様。ディスプレイが喋ったせいで心臓発作を起こす人が現れてもいけませんから」
すでにジヴェルからは人扱いをされていない。過剰な飾りは人権を奪い、闇に葬るようだ。
ディスプレイになっているメイドの方が心臓発作を起こすかもしれない。
「貧乏だったから人を飾る機会も無かったのよ、多目に見てちょうだい。将来の夢はメイドなんだから飾る技量も必要なの」
そう言いながらまだリボンを取り付けている。
メイドの前髪はそろそろ限界だ。正月によく見る結ぶところが既に無い神社のみくじ掛けのようになっている。
手際よくリボンを結ぶ様子はまるで外科医の縫合練習のようだ。
「0に何を掛けても0って知ってましたか?無い才能に何をさせても無駄って事ですよ?」
「ジヴェル、ひょっとして今日機嫌悪い?」
会って1週間のはずだが、ジヴェルの毒は容赦ない。今日は一段と悪い。
彼のアイスブルーの瞳は無感情に見えるが、何を考えているのか、大体の方向性は分かるようになってきた。
仲良くしようと距離を詰める努力をした結果だろうか。
「どこかのお嬢様のお勉強の様子を見ようと思ったのですが、ノートじゃなくてリボンの塊が出来ていたんですよ、不思議でしょう」
「不思議ね……妖怪かしら……」
エイシャが漸く手を止める。間に挟まれたメイドはリボンの中で困惑していた。
山にある城とはいえ、初夏の日中にリボンに包まれていては暑い。
「本当ですよ、全く……勉強したいと仰ったからそのようにお手伝いをさせて頂いているんですけれどねえ」
「きっと……苦行に耐えられなかったんだわ……音読50回に書き取り50回を1日に3回も出す鬼畜が居ると思ってなかったのよ……」
1日3回毎食後。内服薬のリズムで出される課題にエイシャの喉と腕は限界だ。書き取りは減ったかもしれないが用法用量、適量をお守りください。
「酷いわ、女の子の手に腱鞘炎なんて怪我をさせるなんて……労災よ!!お給金の80/100払ってください!!」
エイシャが軽く泣き崩れて見せる。メイドが未だ困惑しながら(80/100……?)と考えている。
「白々しいんですよ、それだけリボン結べて何が怪我ですか。それで労災は認められませんねえ!」
「これは息抜きの範囲だと主張するわ!むしろリハビリテーションよ」
エイシャが胸を張って勝ち誇った顔を見せる。
ああ言えばこう言うとは、この状況の事だ。
そこでメイドがそろそろ暑くて小さく声を上げた。
「あの……そろそろ取って貰って良いですか……」
「……ごめん……」
素直に謝ったエイシャは漸くリボンからメイドを解放した。
「あと……申し上げにくいのですが、エイシャお嬢様にお給金は発生していませんので、0に80/100を掛けても……」
おずおずと申し訳なさそうに、顔が露になったメイドが言う。
ドッサ!
そんな大きな音の方向を見やるとジヴェルが机に突っ伏して肩を震わせていた。呼吸困難である。
「くっふ……ふふ……!」
「……そんなに笑わなくても良いじゃない。ちょっとした冗談でしょ、ごめんなさい。ちゃんと勉強始めるからどいて。早く、ねえ」
むくれた顔だが素直に謝るエイシャ。
しかしジヴェルを早くどかそうとする魂胆は彼の顔が見たいからだ。どんな顔で笑っているのか凄く見たい。
というかそういう笑い方出来たのか。
「ねえってば!」
エイシャがジヴェルの背中を叩く。呼吸困難を起こしていた執事は軽く顔を上げて停止した。
残念ながら腕に阻まれて表情の確認は出来ない。
「少し……失礼します……くふ……」
顔を見せずに闇で自分の身体を巻き取った執事はテーブルクロスごと溶けて消えていった。
きっとテーブルクロスには涎が付いたのだろう。どれだけ笑ったのか計り知れない。
「ズルい……なんてズルいの……!!私の事は平気で……土足どころかスパイクで踏み抜いて暴いていく癖に自分の事は隠すのよ!?ねえ!!」
エイシャの凄い剣幕に押されたメイドだったが、少ししておかしそうに笑った。
エイシャは少し戸惑う。
「えっ、そんなに私必死だった?必死にならない?……そう……」
「いえ、たった数日ですのに、あのジヴェル様と仲がよろしいので……羨ましいですわ」
「じ、ジヴェル……様?」
エイシャがそのまま返すと、メイドはええ、と答えた。
「御存知ないかも知れませんが、この城のメイドは殆どが従僕のどなたかに憧れております。私は勿論、ジヴェル様ですわ」
そして顔を赤らめながらため息をつくメイドは恋する乙女のようだ。
たった数日で鬼畜の所業を繰り出してくる男だ、伴侶が居るかは知らないが、きっと酷い目に遭うに違いない。
「……止めといた方が良いよ、絶対不幸になるわ……見た目より陰険よ」
「知っております、我々使用人にも基本的には岩塩対応ですから。でも……いいえ……いいえ、私は……私は決めました!」
そう言ってエイシャの肩をがっしり掴み、力強い笑みを満面に広げた。
赤毛は燃えるように輝いて見える。
結構肩痛い。
「私、エイシャお嬢様とジヴェル様を応援致します!!!!」
「へあ??話が見えないんだけど」
メイドは夢見る少女のようにうっとりしながら新しいテーブルクロスを引っ張り出し、テーブルに掛ける。
「だって、ジヴェル様はエイシャ様と一緒の時が一番生き生きしておりますのよ!ジヴェル様がこの城に来られたのは最近の話ですが、公爵から信頼頂いているからこそ、そしてエイシャ様に……つまりはですよ!きっとお似合いだからですわ!!」
彼女の豹変にも驚きが隠せないが、ジヴェルの前だったからかもしれない。
「いやいや……お似合いって……。それじゃ他のミカエラ達もそういう事になるじゃない」
「実際そうかもしれませんわよ?」
なんて怖い事を言うのだ、このメイドは。
例えばリズとアーレラが大丈夫だとはエイシャも思っていない。
「ジヴェル様の事がお嫌いですか……?」
メイドは髪をふるふると振りながら涙目だ。
これは解釈違いだ。原作無視解釈の押し付けだ。
「……ううん……嫌いじゃないけど……仲良くはしたいけど、決定打は無いし……何か完璧に出来ることがあったら目に止めてくれるんだろうけど」
それならば!と燃える赤毛のメイドがガッツポーズを取りながら立ち直る。ナイスバルクです!彼女の紫色の瞳さえ燃えているようだ。
なんという変わり身の早さか。エイシャすら付いていけないテンションにドン引きを押さえられないが、逃がしても貰えない。
「これからやりましょう!!完璧な紅茶で攻めるのです!!意外と簡単ですわよ、このレガが伝授致しますわ!!」
弾けるメイドさん。燃え上がるメイドさん。
その名はレガ。
彼女はひょっとして火属性だったりするのだろうか。
赤毛のメイドは踊るように紅茶の準備を始める。エイシャの好みとは違う茶葉をワゴンに置いた。
「それに、メイドの事なら何でも私に聞いてくださいませ!さあ、紅茶の淹れ方ですわ!!渋めで男性向きの紅茶をご用意致しました。驚かせて差し上げましょうね!」
そしてスッとエイシャの手を取って目を見つめる。
このメイド、どうも自分の世界が強いようだ。ジヴェルとは別の意味であんまり話を聞いてくれない厄介なタイプだ。
「エイシャ様、ジヴェル様は居なくなりましたが、この後部屋に帰ってくると思いますか?」
勿論、エイシャだって大体の想像はつくのだ。あの執事なら……
「何事も無かった顔で取り繕って帰ってくるわ。もしかしたら機嫌悪そうにしてるかも」
「そこまで分かれば十分ですわ。私なら帰って来ないと考えてしまいますから」
そして赤毛のメイドは魔法を扱った。彼女の両手は炎を纏って鍋の底を燃やして湯を沸かし始める。
ああ、やはり火属性の可能性が高そうだ。
「お湯が温まったら、まずはポットとカップに注いで茶器を温めます」
言われるままに湯を注ぐ。熱い湯気がエイシャを直撃した。普通に熱い。
すぐに次の湯が沸きそうだ。メイドが茶器の中の湯をワゴンに用意したボウルに捨てた。
「次は紅茶の計量です。スプーン1杯で一人分ですわ。ポットには3杯分が入りますので3杯計量してポットに投入してくださいませ」
スプーン3杯、多くも少なくもなく、ストレーナーの上から標準的な量を入れる。ポットが温かいせいか、それだけでふわりと香りが立ってくる。
「さあ、一気にお湯を注いでごらんなさいませ」
中身を溢さないよう気を付けながら熱々のお湯を上から注ぐ。
ポットの中で茶葉が舞い踊る様子が見えた。ダージリンのような香りが鼻をくすぐる。
(この世界に”ダージリン”は無いのよね……地名だから)
エイシャが知っている紅茶の殆どは地名がその茶葉の名になっている。ダージリンもそうだが、ニルギリ、セイロン、ウバなど枚挙に暇がない。
よく知られるアールグレイはフレーバードと言って茶葉に香り付けを行った種類の1つに過ぎない。
「蓋を閉じて3分程で中の茶葉を抜けば完成ですわ。……それでは、私は他の仕事をして参ります。……エイシャ様、ジヴェル様と良い午後をお過ごしくださいませ!」
赤毛のメイドは砂時計をさっと引っくり返し、それを目安にするよう伝えた後、紅茶の完成を待たずしてさっさと退室した。
退室するときの笑顔ったらない。
それからの3分は長かった。
エイシャが暇潰しにリボンを指の間に結び出してしばらくでドアがノックされる。
「エイシャ様……失礼致します」
ジヴェルだ。涎の始末が出来たようだ。
ふと慌ててワゴンを見ると砂時計は既に落ちきっている。
茶葉を取り除いてない事を思い出す。
(うっわあ……絶対苦い)
「……この紅茶はどうしたんですか?先ほどの使用人が用意したのなら……これはお説教ものです。エイシャ様にいつもお出ししている茶葉でもありません。言い聞かせている筈ですが……」
やはり不機嫌そうな無表情に戻ったジヴェルが指摘していく。
エイシャは俯きながら小さく声を出した。
「…………たの」
「何か仰いました?」
無表情のままの執事に少しだけ寄って、少しだけ声を大きくして言い直す。
「……さっきのメイドさんに教えて貰って、私が淹れたの。…………に」
今度はジヴェルにも全て聞き取る事が出来た。
だが優しくはない執事だ。
「よく聞こえませんでしたねえ……誰にですって?」
”誰に”と言う時点で分かっている、聞こえているのだ。
それでも言わせようとする執事に、エイシャは口を尖らせてもう一度言った。
「……ジヴェルに。聞こえてたんじゃないの」
「さあ……今年で81歳になるので耄碌しましたかね」
「おじいちゃん」
エイシャがなじるとジヴェルは少し微笑んで紅茶の茶葉を抜いた。
「しかし……そうでしたか、それは失礼致しました。……主からの頂き物なら無下には出来ません、美味しく頂きますね」
「絶対苦いわ……」
エイシャが放ったらかしにした紅茶はきっと苦いに違いない。
実際、水色はかなり深い色になってしまっている。
「ご安心くださいね、その方が私は好みですから。……それに、茶葉を抜いて提供している場所は少ないと思いますよ。エイシャ様の好みに合わせていただけです」
そうなの?と聞き返すエイシャの前でジヴェルがカップにミルクを半分ほど注ぎ、そこへ紅茶を淹れた。
「さあ……これできっとエイシャ様もお気に召すはずです」
濃い紅茶にミルク、ぴったりの組み合わせ。
促されて飲んでみるとオータムナル(秋摘み)の渋味が上品な香りに変わる。
「…………エイシャ様」
この人の方が何枚も上手だなぁ……そう思いながら呼ばれた方を見ると、ジヴェルが紅茶の香りを嗅ぐように顔を俯かせて呟いた。
「………………ありがとうございます」
傾いた陽の刺すような光がジヴェルを照らす。
その姿が初日に見た跪く彼を連想させて、すこしドキリとなる。
「ど、どう致しまして…………でも、あのメイドさん……レガに言われるまま作ったの。ちゃんと覚えて練習した訳じゃないわ……最後だって……」
思い返すとしょげてしまう。
集中してしっかり砂時計を見ておけば良かったのだ。
いつも詰めが甘い。
「私、聖女の使いが終わってもやっていけるのかな……今からこれじゃあ」
「エイシャ様……大丈夫ですよ。3年後も心配ありません。私が全て何とか致しますから」
アイスブルーの瞳が細まってエイシャを射止める。
彼の瞳はズルい。見られると勘違いをしてしまいそうになる。
静かに紅茶を飲みながら顔が赤くなるのを感じる。
レガが"お似合い"なんて言うから余計だ。
竜人族の彼が人間のエイシャに対して、その気は無いにしても意識してしまうのが悔しい。
しかし、エイシャの思う3年後とジヴェルの企てる3年後が随分と掛け離れている事など、エイシャには分からない。
「……勉強するわ」
照れ隠しで言って後で後悔したのは別の話。
ジヴェルの年齢81歳を3で割ることで人間換算の年齢になります。27歳です。
あと、この国にエイシャの言うような労災の支払い基準は領によってまちまちで、浸透もしていません。
日本だと確か1日辺り補償給付60%と休業特別支給金20%で給料全額の8割貰えるはず。




