容赦と呵責
「……これで、少しは話しやすくはなりましたわね」
わざとらしく作っていた笑顔を消したミカエラが言う。
「この4人で話すのは本当に久しぶりですこと。わたくし、リズやエイシャと殆ど話が出来ないでいるのを気にしていましたのよ」
「そんな、ミカエラ様……」
ミカエラが本音を話す。そこにリズが首を振った。
今のリズは以前より冷静だ。何なら、エイシャと初めて会った時よりも落ち着きを取り戻したのではないか。
リズだって分かっている。
何を思ったか、エイシャに対する嫉妬や自分の境遇への不満など、列挙すれば枚挙が無い中でほんの少し。ほんの少しだ、エイシャが困れば良いと思って稚拙な魔法を呪いとして掛けたのだ。
それがリズの全てのキッカケだった。自分の全てを……アーレラまでも追い込む結果となった。
闇魔法を使った際に出来た魂の隙間に入り込んだ霊魂……あれが誰なのかは今も分からず仕舞い。実に歯痒いことではある。
そして今のアーレラは本人が「ボクは元に戻った」とは言っているのだが、リズにとっては……当時は嫌で堪らなかった。しかし、今の自分にはあの少年しか頼れる人物がいない。
それに、今は……それほど。
「あたしが……あたしが悪かったのです。エイシャに対しても」
リズ自身でも驚きだった。こんなに素直に非を認める事ができるとは思っていなかったのだ。
「まぁ……私も悪かったと思う部分はいっぱいあるわ? 今更だけど、その時の気分に任せてリズのほっぺ、いっぱい叩いちゃったし」
少し口を尖らせて言うエイシャにミカエラやマリエは目を丸くする。そんな大事がこの2人の間で起こったとは思っていなかった。
「それはあたしが先に手を出したようなものでしょ。もう良いのよ、あれは終わったの」
お互いに謝罪を込めた発言をし合う。
エイシャにとってもリズの態度は意外で、自分も大人にならなければ……ジヴェルの側にいようと思うなら尚更、と考えた。
本音では心底嫌ってはいなかったのだ。2人ともその場の状況や精神状態で感情に任せた行動をしてしまった結果である。
少しの沈黙が流れ、マリエが慌てたように促した。
「えと、紅茶……冷めちゃうし。飲もう……?」
「そ、そうですわね! 久々のこの4人ですもの、堅苦しくなっては集まった意味もありませんわ!」
話すミカエラの調子も慌てた風になって、皆が茶器に手を伸ばした。
「まずは……そうですわね。わたくしから……アーテルの感想をお聞かせしますわ」
下がれ、と言われた従僕たちは、様子は見えるが声は聞こえない部屋で待機していた。1階の来客用の部屋であれば、様子も見やすいし外へ出るにも早い。
そんな中で浮かない顔をしたリカルドと、いつになく鋭い目付きをしたアーレラがレガの視界に入っていた。
「リカルドさま? 体調はもうよろしいので?」
「あ、ええ……もう大丈夫です」
レガが声を掛けると、リカルドが“さま”付けで呼ばれたことに照れながら返事をして頭を掻く。
レガは最近までただのメイドであったが故、自分より立場が上であった者を軽率に呼び捨てなどはしない。
そんな事など知らないリカルドは、自身の体調やこれからの事、そしてミカエラの一挙一動に不安を募らせて元の曇った表情に戻った。
対するアーレラはというと、リズの中の“誰か”を逃した事、ジヴェルに言いつけられた“ハーフのフリをする事”、そして……目の前に立っている“何故か未だに闇の気配が消えないリカルド”を見て苛立ちを覚えていた。
治療による魔法属性の残留など、大した期間ではない。長くて半日である。ジヴェルから受けた呪いの魔力などは各々にあるが、発動した時にしか分からないほど馴染むのだろう、特に属性感知で確認できるものでもないのだ。
そしてジヴェルの「私が治療を行ったからです」という発言。明らかにリカルドを庇って放たれたものであった。
そんなことは今のリカルドの属性の気配で嫌でも分かる。
いつかのリズのようだが、自分より弱い存在のリカルドがジヴェルにアレコレと気にかけられているのはあまり気分が良くなかった。
弱い者こそ大切にしろ。そういうことなのかもしれないが。
リズに対する我慢は相当出来てはいるものの、何せまだ15歳の少年である。自制出来ない感情も多くあるのだ。
そんなアーレラが口を開いた。
「……リカルドさん、ずっと闇の気配を保っていますよね。治療の残留でも何でもないぐらいに」
単刀直入にそう話す。
ミカエラの方ばかり気にしていたリカルドは、急に掛けられた少年のセリフに驚いた。
「えっと……薬を飲んでるからじゃないかな……」
そう言って軽く頬を掻いた。それ自体は嘘ではない。
ジヴェルとの再契約の前に飲まされた、魔力を吸収した鍵とジヴェルの血液を溶かした液体。
それが体内に残留しているのだろうと思う。恐らく永久に。
「ふぅん……まあ、いいや」
軽く視線を外した少年にホッとする。リカルドとしてはこの少年とはあまり言い合いなどしたくはない。
そんな様子を眺めていたレガは、アーレラが他人の属性の気配を察知できることに驚いていた。
無理もない。属性探知自体奇跡のような体質だからだ。
これが本当のところ、狂戦士であるが故の能力だとは誰も知らない。この世界の誰も解明したことが無いのだ。
なぜなら、アーレラのような人間の狂戦士は普通は存在せず、文献を何年も探し回ってようやく見つけるほど。つまり伝説の生き物のようなものだ。
周囲の生き物を探し出し、殲滅・駆逐する。この世界において全ての生き物に備わっているはずの魔法属性を探知する事で、その殲滅を可能にしているのが狂戦士だからだ。
リカルドが胸を撫で下ろしたところで再度少年が口を開く。
「最近退屈してるんですよね、ボク」
天使のような笑顔でリカルドに話しかける少年は、笑顔とは裏腹に少々危ない雰囲気を纏っていた。
「リカルドさんって元兵士だったんですよね? 治療も受けて元気になったんなら……」
ゆっくりと歩み寄る。その様子にリカルドが少し後退りした。
想像できる。この後の言葉が。
「手合わせ、して欲しいなあ、なんて!」
言い終わるや否や、アーレラはどこから出したのか2本のナイフを手にリカルドに斬りかかった。
間一髪でそれを躱し、大きく後ろに飛んで距離を取る。
ここは来客用の部屋だ。それなりに家具もある。戦うには不向き。そして何より、服のあちこちに武器を隠しているアーレラとは違い、リカルドは何の獲物も持っていない。
慌てたレガが大きめの声で牽制する。
「こんな所で戦ってはいけませんわよ!」
そうじゃない、戦う事自体を止めさせて欲しいのだが。
「壊れたらあとで直します」
アーレラが軽く返す。そう、いつもリズとのお楽しみの前に掛けている修繕の魔法。
それを簡単に部屋に振り撒いて、再度リカルドに向き直った。
「まあ……怒られないのでしたら構いませんけど。私は一度止めましたわ、後は知りません」
そういう無責任そうなレガだが、実は彼女も興味があるのだ。
自分以外の従僕がどれだけ戦えるのか。
しかし、リカルドは違う。
「いや、俺は戦うつもりは……」
アーレラの鋭い視線を受けたリカルドが首を横に振りながらチラと窓の外を見ると、笑顔で話すミカエラの姿が見えた。
途端、身体の奥で何かが疼く。
「うっ……」
どこが疼いているのかは分からないが、胸と腹を抑える。
やはり体調は万全では無かったのだ、そうだ。リカルドとレガはそれぞれ同じことを考えた。
だが、アーレラの目付きはむしろ鋭くなり、構えを深くする。
(何だ……? 闇の気配が濃くなる……)
「うう……!」
胸と腹を抑えていた彼の両手が、今度は顔面を覆った。
「ああああ……!!」
身体の中の疼きが全身に拡がり、痛いのか不快なのか分からない苦しみをもってリカルドを支配する。
そして、それは身体から溢れた。まずは背から。次に両手から。
どこかで見た、粘液のような黒いそれがリカルドから溢れ出す。
「それは……!!」
アーレラが口を開くも、全て言い終えることは出来なかった。
ジヴェルの魔力。
久々の更新で、自分でもどうしようかなって思っていましたが、リカルドくんというお姫様が使えそうでよかったです




