呪いの代償と
ずっとリカルドです
目を覚ましたリカルドが最初に目にしたのは自室の天井だった。
何の事はない、日の光が入らないこの石造りの部屋の、いつもの様子。
今の時間はどれぐらいだろう、と思いながらふと顔を向けると、ベッドの脇に置いた小さなテーブルに、淡い青の花が一輪挿しに飾られているのが見えた。
よく見ると、下には小さな紙切れが置いてあって、綺麗な文字で『起きたら顔を見せなさい ミカエラ』と書かれている。
自分がどんな状態で眠っていたのかは分からないが、慕う女性が見舞ってくれていたのだと思うと何だか嬉しかった。同時に、何故そういう時にこそ目を覚まさないのだ、と落胆もする。
「でも……まずは執事殿、かな……」
そう、とりあえずは彼と契約を結び直さなくてはいけない。彼女の隣に立つには、まずジヴェルの部下でいることが先決だ。
何故ジヴェルがその呪いを伴う"契約"に拘るのかは分からないが、その話も出来れば聞いてみたい気もする。
そうだ、自分の身体はどうなったのだろう。
気分は良く無い。土嚢でも背負っているかのような怠さが肩や背中に纏わりついている。
構わないのならもう少し眠っていたいが、それよりも自分の身体の様子が知りたい。両腕は見た感じ普通には見えるのだが……。
そう思って確認するためにベッドから降りようとした時だった。
コンコン、とドアが叩かれたのだ。
ジヴェルがリカルドの目覚めを感知したのだろうか、そうだとすれば恐ろしい能力だが、十中八九ジヴェルだろうなとも思う。
それがミカエラであれば嬉しいのに。
「……はい」
扉を凝視したまま返事をすると、扉がゆっくりと開かれ、現れたのはリカルドの予想とは違った人物だった。
暗い中でも明るい白に近い金髪、血液のような深い赤の眼。
「……アーレラ?」
リカルドが驚いて言うと、何故か向こうも驚いたような顔をした。
「あれ……ジヴェル様は? 闇の気配がするからここに居られると思ったのに……」
不思議な事を言うとは思うのだが、魔法には疎いリカルドだ。
それでも流石に心当たりはある。
「それは……」
自分の身体の中に取り込んだジヴェルの魔力や血液の事だろうかと訊こうとしたが、少年の方が早かった。少年がジロリとリカルドを見て唇を動かす。
「リカルドさんから闇の気配がする。昨日まで火と水だけだったのに……何で?」
この少年はこんなキツい表情をするのか、と少し背が寒くなる。
正直、可愛らしく振る舞う天使の様な彼の表情か、いつかの憔悴しきった様子しか見た事がなかったのだ。
大きな赤い眼にギッと見られると、大人のリカルドでもこの少年に触れてはいけないような気になる。
彼が昨日まで、というからには然程時間は経っていないのだろうが……それに対してどう答えよう。
そう思っていると、そのアーレラの背後から別の人物の声が聞こえた。
「私がリカルドの治療をしたからですよ」
これは今度こそ、ジヴェルだった。
「ジヴェル様!」
「執事殿!」
リカルドの目覚めを感知した説はやはり正しいのかも知れない、そう思って唾を飲み込んだが、問題の執事は何も気にしていない様子でアーレラに話し掛ける。
「アーレラ、お前に用があって一度部屋を訪ねたのですよ。探せばこんな所に居るとは……改めて話をしますから、後で執務室までおいでなさい。朝の給仕が終わってからで構いません」
「はい、承知しました」
言って手で払う仕草を見せるジヴェルに、少年が頭を下げる。
その様子は側で見ていると、これこそが主従のようだった。
そう、きっとアーレラは自身の令嬢ではなく、ジヴェルに忠誠を誓っているのだ。そう思ってハッとする。
未だこちらを見るアーレラが去ったのを確認し、ジヴェルが扉を閉めてリカルドの方へと歩いてきた。
「あの、よろしいのですか? 彼に話があったのでは……」
「フフ……貴方が目を覚ました事の方が重要ですからねえ」
ジヴェルが歩みを止めてリカルドの様子を伺うように覗き込んだ。
「体調は如何ですか? 何か口に出来そうですか?」
普通に病人を心配するかのような彼の様子に戸惑うが、いつかの日もそんな事があったなと思い返す。
「……あまり良くはありません。ですが、食事は後程いただきます。ええと、今は朝なんですね?」
ジヴェルの心配する様子は嘘ではない、何故か感じた。低く柔らかい声音がそう思わせたのかも知れない。
彼はリカルドの質問にゆっくりと頷いて見せた。
「そうです。思ったよりも早い目覚めで、食べる意欲がある事に安心しました。食事は無理せず、可能な範囲になさい」
そうなのだ、思えば彼はリカルドの事をよく気に掛けてくれる。上司としては……性格や対応に難があるとしても、兵士でいた頃に比べれば良き上司の部類ではないかと思う。
ただ、ミカエラがジヴェルの事に執心している様子が気に食わなかった。
「あの……執事殿。こんな場で申し訳ありません。私に、貴方の部下として……いえ、その……とにかく、契約をさせてください」
執事の目を見ると、彼はあまり気が進まない様子で目を逸らす。
「……ええ、貴方が望むのであれば。それで、ようやく気付いたのですか? 正しい形に」
きっと、彼が言う"正しい形"というのは、正しい主従関係の事。
令嬢を主人としているのは仮の形、言わば従僕としての"仕事"としての話であって、本来の主人はジヴェルである事。
「恥ずかしながら……あの、やはりそういう事なんですね?」
もしや、アーレラもノエルも、それに気付いていたのだろうか。自分だけが知らなかったのだとしたら、それは恥だろう。
しかし、そうであればジヴェル自身が仕えているエイシャも、彼の主人ではないという事ではないか。
「そうですね。最初に気付いたのはノエルでした。呪いの説明をしている最中にです。アーレラには、必要があって私から説明しました」
言いながら懐から契約書を取り出す。辞令書としての意味も持つその紙は一見なにもおかしな点はない。
この男の主人は……やはりクアッドという事になるのだろうか。むしろそうでなければ変ではある。
ミカエラからは大体の経緯を聞いてはいるが、自分で考えた事では無いためにどうにも合点が行かない部分につまづく。
考えがまとまらないまま、ぼんやりと執事の声を耳にした。
「貴方達に掛けているこの呪いは、本来、罠である魔法から随分と手を加えたものです。応用し、開発したのは私の父よりももっと古い代。そして呪いが掛かった貴方達だけでなく、私にも制約が存在します」
どこからかペンを取り出したジヴェルが、小さなテーブルの上の一輪挿しの側に契約書と共にそれを置いた。
「さあ、この呪いは私に反乱・反抗した時、貴方の身を貴方の持つ属性で焼きます。今は貴方の中にある私の魔力に呪いを掛けるので、貴方は闇の力で身を焼かれます。いいですね? では、ここに貴方の名を」
彼の課された制約。その続きを聞きたかったが、ジヴェルは話さず、改めて反逆の呪いが掛かる事を説明する。
一度決心した事だ。どれだけ自分にリスクがあろうとも、自分の決めた事には責任を持たないといけない。
言われるがままではあったが、改めて彼の契約書に自身の名をサインした。
初めてサインをした時と同じく、目に見えて何かが起こったような様子は無い。
リカルドがサインをした事を見届けたジヴェルが、薄い唇を開いて話した。
「私の制約は、契約を結んだ者達がこの呪い以外で死に瀕した時、その苦痛の全てを生きたままこの身に受けて代わること」
サインを終えた契約書から顔を上げて執事を、ジヴェルを見る。
そうだとすれば、人間のリカルド如きがどう死なないようにと工夫したとしても最期には。
そして他にいる彼の部下達も。その数が増える程。
「それは……」
リカルドの言葉に、ジヴェルはもう何も答えない。
代わりに、聞いたのは答えではなかった。
「改めて、よろしくお願いしますねえ、リカルド。私の部下として、せいぜい末の長い働きを期待するとしましょう。ねえ?」
ジヴェルと名乗る男が差し出す手を握り返すと、冷えた温度が手に伝わってこちらまで寒い。
その竜人の顔はとても穏やかで、ようやくジヴェルの持つ姿の一つを見た気がする。
自分達は初めから、彼に約束されていた。
黒い手がまた一つ、魂を包む。
最近リカルドを応援してくださる方がちらほら居て嬉しい限り……!
ジヴェルの部下の中では一番お姫様ですが、これからも応援していただければ嬉しいです!




