80話 因果応報を受ける
本日2回目の更新です。
その後の話。
聖騎士団は領地を荒らした咎で捕まえられ、カナタから報告を受けたギルド経由で王都に移送されて裁判を受けることになった。
本来ならば神聖教会が庇うところだが、聖女マリアンヌ・イシュファルケはそれを拒否。団長であるセオドリックには長い刑期が与えられるだろう。
戦場となり荒れた麦畑はカナタとアレクシアの回復魔法により、見事に元の姿を取り戻し、領民たちに深く感謝された。
その後も夏期休暇が明けるまでゆったりとした日々を過ごし、カナタたちは大いに英気を養った。
そして、旅立ちの日が訪れた。
「みんな、それじゃあまたねー!」
馬車に乗って手を振るカナタに、大勢の領民たちが手を振り返す。
「気をつけてなー」
「冬期のお休みにはまた帰ってきてねー」
「ザッくんどの、フェンフェンどの、エリたんどのもお気を付けてー!」
家族たちの声援を受けて、三匹も手を振り返す。
『長らく滞在したせいか、少し寂しく感じるな』
『本当に良い場所だった。カナタ様、冬とは言わずちょくちょく帰ってきませんか』
『妾はあるじ様と一緒ならばどこでも良いが、まぁ、悪くない場所じゃったしな。そちらがどうしても帰りたいというのならばついて行ってやるのじゃ』
「うん! いつでも帰ってこようね!」
故郷で存分にリフレッシュしたカナタたちは旅を再開する。
「さぁ、次はどんなモフモフに会えるかなぁ」
『ふむ、まだまだカナタは最強の仲間を探すのだな』
「もっちろん! まだまだ、全然足りないよ! もっともっとみんなとモフモフしたい!」
『さすがカナタ様! 余念がありませんな!』
『妾という者がありがら、まだ侍らす者を増やすと言うのか。酷いのじゃ。でもそんな気が多いところも好きなのじゃ』
「わたしもみんなのこと大好きだよー! ふもふももふもふー!」
カナタは三匹のモフモフに顔を埋めて堪能しつつ、次なるモフモフに夢を馳せるのだった。
† † †
白亜の世界に石片が散らばっていた。
砕かれ、踏みつけられ、砂になる寸前のそれは、女神に仕える天使たちの成れの果てだった。
「クソッ、クソッ、クソぉぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
踏みつけられた天使の頭部が砕け散り、石粉が舞い上がる。
髪を振り乱し、息を荒げて地団駄を踏むその姿は、人々から信仰を受ける女神の姿とはとても思えない。
怒りの原因は、カナタ・アルデザイアに大敗北を喫したことだ。
正確には、彼女の元にすらたどり着いていない。
カナタの故郷の住人にすら、女神が集めた精鋭たちは手も足も出なかった。
神造の英雄たちを生み出すために、地上への干渉力のほとんどを使い果たしてしまった。
こうしている間にも、カナタは人々を救い女神への信仰を奪い続けている。
暗黒大陸の魔物を使った大虐殺によって、魂を収穫することも不可能だ。現魔王ザグギエルの支配力は健在で、魔物たちは暗黒大陸から進出しようとしていない。
女神はもうカナタへ戦いを挑むことすら不可能になってしまった。
少なくとも、カナタが寿命で死ぬまではこのままじりじりと力を失い続けることになるだろう。
「この私が、何故このような目に……!」
この屈辱は、物言わぬ天使たちを踏みつけたところで解消されることはない。
脆弱な人間たちをいたぶってその苦しむ姿を見ることでしか癒やされることはないだろう。
しかし、地上への干渉力を失った今、その戯れも行うことが出来ない。
このことはすでに他の三柱の神たちに知られているに違いない。
これまでの失態をすでに論われたばかりだ。嬉々として自分たちの取り分を増やそうとしてくるだろう。
「天上で魂を貪るだけの害畜どもめ……!」
女神として人間を飼育し、収穫してきたのはこの自分だ。
なぜ働きもしない連中に魂を分け与えなければならないのか。
それもこれも全て、あのバグとしか言いようのない娘のせいだ。
「クソぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!! カナタ・アルデザイアめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
あいつさえ現れなければ、何もかも上手く行っていたというのに。
「殺す……! こうなれば、残りの干渉力を全て使って、私が直接やつを……!」
「荒れてるねぇ」
少年の声に、女神は振り返った。
「き、来ていたのですか」
「勝手に入ったことは謝罪するよ」
少年の姿をした神は、砕かれた天使の体に腰掛ける。
「キミには別のことを謝罪してもらわないといけないけどね」
「ま、まだ終わったわけではありません……。これから私が直接叩きに行くところです」
「やめておいた方が良いと思うけどなぁ。今のキミは人々からの信仰が弱まっている。いかに上位存在と言っても、地上では絶対というわけじゃない」
「人間ひとりを始末するくらいなら充分です……!」
「その人間を恐れて、回りくどいやり方で殺そうとした結果がこれだよね」
呆れたようにため息を吐かれ、女神は頬を引きつらせた。
「今回のことでやはり確信したよ。あれは彼女だ」
「なにが、ですか?」
少年の問いに、女神は質問を返した。
「忘れちゃったのかな? いや、それとも忘れようとしているのかな?」
「だから、なにが、ですか?」
からかうような少年の声音に、女神は声を絞り出す。
「決まってるじゃないか、僕ら神を出し抜いた娘なんて、あの娘以外には一人しかいない」
「っ……」
カナタ・アルデザイアは神すら退けた人外だが、かつて彼女と同じように神の手から逃れたものがいた。
彼女は人類史上、最も高潔で、最も美しく、最も力を持っていた。
神々にとって極上の餌となるはずだった存在。
「魂だけとなった人間は何の力も持たない、僕らにとってただの美味しい食材と化す。そのはずなのに、そうはならなかった。彼女は僕らからまんまと逃げおおせた」
神たち三柱が原生の神からその地位を簒奪し、地上を魂の収穫場と化したばかりの頃、すでに彼女はその仕組みを見抜いていた。
彼女は死す前に外界の神と交渉し、自分の魂をこの世界から異界へと移した。
「覚えているかい? 彼女が僕ら神の前に立ち、そしてこの手から滑り落ちるように逃げたあの時、彼女が言った言葉を」
彼女は言った。
『今はまだ貴方たちに敵わない。だけど、必ず還ってきます。どれだけの時間がかかっても、貴方たちに届きうる力を手にして』
そして彼女が次元の狭間から異界へ消え去って、千年の時が経った。
「ありえない……! 人間が千年もかけて力を手にするなど……! 人の精神では耐えきれるはずがない……!」
「世界間はバランスで成り立っている。おそらく彼女は千年間、転生するたびに酷い人生を送ってきたはずだよ。無力で醜く奪われるだけの一生を千年間繰り返し続けたはずだ。そうして魂をどんどん重くしていき、異界の神が再び自分に目を付けることを目論んだ。いや、もしかしたら最初からこの計画を異界の神は知っていたのかも知れないね。あれは僕らがやってきたことを知っている。協力を持ちかけられれば応える可能性は高い」
「しかし、そのような地獄を、一個人が耐えきれるはずが……」
「前世の記憶もすり減って、自分が何者かも忘れて、それでもなお彼女は戻ってくることを選んだ。恐ろしいよね。異常だよ。流石は【始まりの聖女】と呼ばれるだけはある」
思い出したくもない光景が、女神の脳裏を駆け巡る。
絶対たる神を出し抜き、再び戻ってくると預言し、恐怖さえ与えたあの女の姿。
今の黒髪の少女とは似ても似つかぬ姿だが、その揺らがぬ立ち方に同じ者を想起してしまう。
「今の彼女は神に届くよ。記憶があるのかないのか分からないけれど、少しずつ信仰を奪い、魂の収穫量を減らし、僕らの力を削っている。機が熟したら向こうから攻め込んでくるだろうね」
「ならば、悠長なことを言っている場合ではありません! 他人事のように構えず、私に協力しなさい! 四柱すべてでかかれば、いかにあの娘とはいえ……!」
「うん、僕らもそのつもりだよ」
少年の返事に、女神の顔が輝く。
しかし──
「でも、キミはそこにいらないかな」
「……は?」
その表情が凍り付いた。
「失敗続きのキミがいると、僕らの運気まで下がりそうだ。だから、もっといい活用の仕方を思いついたよ」
少年が言うと、女神の手足を光の輪が縛った。
「……!? 何を……!」
「キミに残った力は、僕らで運用する。これは全員の意思だ」
「ふ、ふざけるな! 今まで働いてきたのは誰だと思っている! 天上で餌をむさぼり食うだけの豚どもが! このような仕打ちが許されるとでも……!」
「許されるんだよね。この千年、僕らは僕らでずっとあの娘が帰ってくることに備えてきていたのさ。大好きな魂も食べる量を制限して、力に変えてきた」
「ゆえに、貴様がいかに抵抗しようが無意味」
老翁の神が背後から現れ、女神の肩に手を置いた。
「絞りかすみたいなあなただけど、美味しく頂いてあげるわねぇ」
幼女の神が女神の首筋に舌を這わせた。
「キミの犠牲は無駄にはしない。必ず仇を討つと誓うよ」
少年が女神の頬に両手を添える。
「や、やめ、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
白い世界に、絶叫と咀嚼する音が響き渡った。
これにて3章完結です!
ここまでご覧くださった皆さま、誠にありがとうございます!
そして本日、『聖女さま? いいえ、通りすがりの魔物使いです!』の3巻が発売されます!
作者の体調不良により長らくお待たせしてしまいまいましたが、皆様のご助力あって発刊することができました!
今回も描き下ろしたっぷりでお送りしていますので、是非一度お手にとって見てください!
描き下ろしの内容は、
過労受付嬢メリッサさんがカナタたちと一緒にうっかり活躍してしまい、
ギルドの重鎮たちに評価されてしまい、
出世街道に乗ってしまい、
冒険者に復帰する日が遠のいてしまう。
そんな心温まるストーリーとなっております! 良かったね、メリッサさん!
それでは、次は本誌あとがきで会えることを祈って失礼いたします。
ではではー。






