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66話 責任を取る

第三のモフモフ(強制)、ゲットだぜ!

 吸血鬼が復活したときに巻き起こした魔力の奔流で、異変に気づく村人がいるかもしれない。


 この吸血鬼が悪い魔物ではないことは分かったが、いらぬ騒ぎを起こす必要もないだろうというザグギエルの進言で、カナタたちは宿屋に戻ることにした。


 帰りを待ってくれていた女将は、カナタの無事を喜んでくれて、一匹増えたことによる追加料金を払おうとするカナタに、『そんなことより早く休みなさいな』と部屋へ通してくれた。


 吸血鬼を仲間にしに行ったはずが、連れて帰ってきたのが桃色の毛玉であることには驚かれたが。


『ふぅ、やはり家屋の中は安心するのじゃ……』


 カナタの手から飛び立った元吸血鬼の現桃毛玉が、パタパタと小さな羽で部屋を一周すると、ベッドのヘッドボードに着地した。


 小さなかぎ爪でちょこんと座るその姿にカナタの胸はときめきっぱなしだ。


 しかし、飛びついて頬ずりしたい願望を抑えて、カナタは先に用件を済ませてしまうことにする。


「改めて、自己紹介から始めようか」


 魔法でザグギエルたちを乾かしながら、カナタはそう提案した。


『な、なにぃ!? じ、自己紹介じゃとう!?』


 桃色の毛玉と化した吸血鬼は大げさにのけぞる。


『自己紹介のどこにそんなに驚く要素があった?』


『カナタ様に命まで救われたのだ。名くらい名乗るのが筋だろう、慮外者め』


 未だカナタを守るために警戒を解いていないザグギエルたちは、元吸血鬼にも辛辣だ。


『う、うぅ、うるさいのじゃ! うるさいのじゃ! 妾は他人と話すのも千年ぶりなのじゃぞ! 気を遣え!』


 千年間もぼっちだったのか、と馬鹿にする気持ちは二匹にはなかった。


 なぜなら二匹とも同じくらいの年数をぼっちで過ごしてきたから。


 新たなぼっち毛玉の登場に、少し同情的になった二匹だった。


『少なくとも千年級の吸血鬼か、あの力にも納得だな』


『知っているのか、魔王』


『吸血鬼は竜種などと同じく、長く生きるほど力を蓄える。竜が加齢による単純な成長ならば、吸血鬼は月の光を浴びるほどに力を強めるという仕組みの違いはあるがな』


「なるほど。さすがザッくん、物知りー」


 イイコイイコとカナタに頭を撫でられ、得意げになるザグギエル。


『ふっ、それほどでもない』


 ちなみにカナタの愛読書である『伝説の魔物使いアルバート・モルモのモンスター辞典(全部含めてタイトル)』にも同じ記述があるが、そのことを言わない優しさがカナタにはあった。


『……エリ……ザ……ェト……のじゃ……』


『うん? 何か言ったか、桃毛玉』


 ザグギエルに嫉妬していたフェンリルが、桃毛玉のつぶやきに気がついた。


『だ、だから妾の名じゃ! 屍姫エリザヴェト! それが妾の名だと言っておるのじゃ! 妾は桃毛玉などではないのじゃ!』


 ヘッドボードにしがみつき上下に身を跳ねさせる姿はどう見ても桃毛玉だが、ようやく彼女の名前が判明した。


 屍姫エリザヴェト、姫を名乗ると言うことは吸血鬼の中でも相当に高貴な血筋の出のようだ。


『さぁ、妾は名乗ったのじゃ! そちらが名乗る番じゃろう! さぞかし名のある者なのだろうな!』


 恥ずかしさを誤魔化すように怒鳴る桃毛玉もといエリザヴェト。


 そんな彼女にザグギエルたちはにやりと笑った。


『余の名は暗黒大陸を統べし魔王ザグギエル!』


『我が名は聖女様と共に救世の旅を果たした神狼フェンリル!』


 ドヤ顔で自己紹介をする二匹に、エリザヴェトは驚愕した。


『な、なんじゃとぉっ!? 魔王に神狼!? そんな大物が──』


『くっくっく、どうやら驚いているようだな』


『ふっふっふ、我らのこの威容に恐れ戦くのも無理はない』


『──そんな大物がこんな黒毛玉と白毛玉のわけがないのじゃ! 嘘をつくな! 貧弱な毛玉どもめ!』


『『貴様こそ毛玉だろうが!!』』


 三匹の毛玉はお互いに飛びかかり、一個の毛玉になって転がり回る。


 めうめう、きゃんきゃん、ぴぃぴぃと騒がしいことこの上ない。


「はぁ……はぁ……」


 その光景を見ていたカナタは、限界に来ていた。


「も、もう駄目……。か、可愛すぎる……っ!」


 顔に暗い影を差したまま、眼光だけを鈍く輝かせて、両手をわきわきと動かしながら、三匹の前へとやってくる。


「み、みんなが、みんなが悪いんだから……」


『し、しまった! やり過ぎた!』


『か、カナタ様、お静まりください!』


『……え? 何が? 何がなのじゃ?』


 焦る二匹と意味が分かっていない一匹。


 そんな三匹を、カナタはひとまとめに抱き上げる。


「みんながそんな可愛い姿でわたしを誘惑するからぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 もはや恒例のイベントとなった、吸引力の変わらないただ一つのモフ吸いが、夜の村に響き渡るのだった。




   †   †   †




『責任を取ってもらうのじゃ!』


 全身をよだれまみれにされて、ぐったりしていたエリザヴェトが起き上がって叫んだ。


「責任?」


 かなたはこてんと首をかしげる。


『こ、こんな……こんなに激しく妾を求めておいてっ! 何じゃそのきょとんとした顔は!? 妾を嫁に行けぬ体にしておいて、一晩だけの関係ではいさようならなど許さんのじゃ! 責任は取ってもらうのじゃ!』


 全身くまなく吸引されたことが、エリザヴェトには途轍もない辱めだったようだ。


 桃色の毛皮の上からでも分かるほど真っ赤になって目を潤ませている。


『絶対っ絶対っ、逃がさんのじゃ! 地の果てまで追いかけるのじゃからな!』


 たっぷりと恨みのこもった発言だったが、カナタにとっては望外の喜びだった。


「それって、仲間になってくれる、ってこと!?」


『え、仲間……?』


「そう、仲間!」


『ああ、うむ、仲間か……。恋人とかそういうあれではないのじゃな……。まぁ、初めはそれでもよいか……』


 エリザヴェトは少し残念そうだったが、納得できたのか顔を上げる。


『では、これからよろしく頼むのじゃ、ええと、カナタで良いのか?』


 三匹で喧嘩になってしまったため、自己紹介の途中だったことを忘れていた。


 カナタはエリザヴェトを抱き上げ、満面の笑顔で言った。


「うんっ、わたしはカナタ! これからよろしくね、エリたん」


『ああ、よろしく……うん? エリたん?』


「うんっ、エリたん! 仲間にはニックネームを付けるのが、魔物使いの常識なの!」


『そ、そうなのか……。そんな常識があったとは妾も知らなかったのじゃ』


 もちろんそんな常識はないが、この時代に魔物使いの職業に就いているのはカナタとモルモじいさんくらいしかおらず、その二人が仲間の魔物にはニックネームを付けるのが常識と言っている以上、常識なのだろう。


『まぁ、そちが……あるじ様がそう呼びたいのなら好きにすれば良いのじゃ』


「あるじ様?」


『そちが好きなように妾を呼ぶなら、妾もそちを好きに呼んでも良いのじゃろ? そちはおなごゆえ、旦那様とも呼べぬでな』


「? よく分からないけど、わたしは良いよ!」


 何かすれ違いがあるような気がしたが、カナタは特に気にしなかった。そんなことよりモフモフだ。


 カナタの脳内にだけ流れる仲間が増えたときのBGMを聞きながら、エリザヴェトと抱擁を交わす。


『ところで、この体なんじゃが、本当になんなのじゃ?』


 エリザヴェトは桃色の毛玉となった自分の姿を見回す。


 小さい翼、全身を覆う少しくせのある柔らかな体毛、丸々とした球体のボディ。


 あの美しい金髪紅瞳の女性の姿だった吸血鬼の面影はどこにもなかった。


『怪我も癒え、体の調子は以前より遙かに良いが、まるで魔力が練れんのじゃ。人型どころか霧にも無数の蝙蝠にもなれん』


『……おそらく、カナタの血を吸ったせいだろう』


 エリザヴェトと同じく、全身をカナタに吸われまくったザグギエルがよろよろと起き上がる。


『カナタの潤沢な魔力を含んだ血液を摂取したことで、貴公の傷は瞬く間に癒えた』


 問題はそこからだ。


『カナタ様は神狼である我が聖女と確信するほどの神聖な気配を放つお方』


 復活したフェンリルも話題に参加する。


『月の呪いにて生きる屍姫の貴様がその血を摂取すれば、何らかの瑕瑾が起きてもおかしくはないだろう』


 もしかしたら、一生この姿のままかも知れない。


 吸血鬼の姫として気高く生きてきた自分が、醜い毛玉としてこれから生き続けなければ行けない事実に、エリザヴェトは──


『なるほどのう。やはり、この姿になったのはあるじ様のせいか。これはますます責任を取ってもらわねばならぬのじゃ』


 特に深刻に捉えた様子もなく、カナタにねっとりとした視線を送る。


「取る取る! 責任取るよ!」


 カナタは元気よく答えた。


『ほほう、一生養ってくれるのか。こんな姿では何の役にも立ちそうにないこの妾を』


「うん!」


『なんと迷いのない晴朗な返事なのじゃ。さすが妾が見込んだあるじ様なのじゃ』


 エリザヴェトはカナタならば応えてくれると半ば予想した上で言っていた。


 どこからどう見ても怪しく恐ろしい吸血鬼に自らの血を分け与え、命を救ってくれたカナタならば、美しい容姿や強大な力を失ったくらいのことで見捨てはしないだろうと。


「モフモフの面倒を一生見られる以上の幸福なんてあるかな、いやない」


 反語で強調するカナタにとっては、むしろ今の姿こそが最も好みの姿なのだが、エリザヴェトにそこまで気づく観察眼はなかった。


『一生面倒を見るとこうまで宣言されては、これはもうプロポーズと言っても過言ではないのじゃ』


『過言だ、痴れ者が! カナタが認めても余はまだ貴公のことを認めたわけではないぞ!』


『貴様がカナタ様の妻になるなど、我が絶対に許さぬ! いや、そもそも貴様は雌ではないか!』


『くかか、愛に種族や性別など関係があるまい。まったく、見識が狭く心が狭量なことじゃな。これだから男は好かんのじゃ』


 呆れた様子でため息をつくエリザヴェトに、二匹が怒りを爆発させる。


『新入りが戯れ言を!』


『その性根、叩き直してくれる!』


 ザグギエルはブワワと背中の毛を逆立て、フェンリルはガルルと鼻筋にしわを寄せる。


『くかっ、毛玉二匹が妾の嫁入りを邪魔できると思っておるのか? 立場の違いというものを知るのじゃ』


『『それはこっちの台詞だ!』』


 飛びかかった二匹をエリザヴェトは軽やかに飛んで回避する。


『くかかっ、届くまい、届くまいて! その短い足で、空を舞う妾にどうやって牙を届かせるというのじゃ? んん?』


『くっ!』


『卑怯だぞ、貴様! 降りてこい!』


『くかっ、くかかかっ! 下々の言葉は遠すぎて聞こえんのう。この高さまで飛んできてから申してくれるかのう』


 挑発しながらパタパタと部屋の中を飛び回るエリザヴェトを、下からぴょんこぴょんこと跳ねて落とそうとするザグギエルとフェンリル。


 当然ジャンプ力が皆無の二匹が届くはずもないのだが、エリザヴェトも彼らと同じ貧弱なボディであることを分かっていなかった。


 小さな羽で飛び回っていても、体力が続くわけもなく、力尽きたエリザヴェトは気の抜けた風船のようにゆっくりと落ちてくる。


『はぁ、はぁ……な、なんじゃこの体、貧弱すぎるのじゃ……』


 床に落ちたエリザヴェトを、ぬっと二匹の顔が見下ろす。


『くっくっく、何が届くまいだと?』


『覚悟は出来ているのだろうな、新入り。我は雌とて教育には容赦せんぞ』


『の、のじゃーっ!?』


 悲鳴を上げるエリザヴェトに二匹が飛びかかろうとして、ザグギエルが不穏な気配に気づいた。


『ま、待て。今日はもう遅いこのくらいにしておこう』


『なんだ、怖じ気づいたか魔王』


『馬鹿者がっ、後ろを見ろっ』


 ザグギエルに言われ、フェンリルが後ろを向くと──


「も、モフ吸い第二ラウンドってことかな……? 良いのかな……? 良いよね……!」


 目をらんらんと光らせ指をわきわきとさせるカナタがいた。


『そ、そうだな! 余り騒ぐと宿の他の客にも迷惑だ! カナタ様! そろそろお開きにして寝なければ明日に差し支えますぞ!』


「ええー、第二ラウンドはー……?」


 指をくわえて不満げなカナタに、三匹は全力で首を横に振った。


 全員がベッドに潜り込み、寝間着に着替えたカナタが枕元の鉱石灯に手を伸ばす。


「それじゃ、明かり消すよー」


『うむ、お休みカナタ』


『お休みなさいませ、カナタ様』


『妾は夜行性なのじゃが、これからはあるじ様に生活を合わせねばなぁ』


 ベッドの中央に寝転がったカナタの頭の両隣にザグギエルとフェンリルが、お腹の上にエリザヴェトが陣取り、眠りにつく。


 その夜、カナタは三匹のモフモフに包まれながら、最高に気持ちの良い睡眠を取るのだった。

モフモフに包まれて、最高の眠りにつくカナタ。

そして、エリザヴェトの口から明かされる彼女の過去。

カナタに関わりもあるエリザヴェトの過去とはいったい何なのか?


次回『妾、ぼっちじゃったのじゃ!』

乞うご期待!


活動報告にて、3巻の表紙を公開しております。

モフ化したエリザヴェトの姿をご覧ください。

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『聖女さま? いいえ、通りすがりの魔物使いです!』が2020年3月10日にKADOKAWAブックスより発売されます!
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コミカライズも3月5日から配信決定!
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― 新着の感想 ―
[良い点] 白黒ピンクの毛玉がコロコロとか可愛い過ぎる。 うちもモフ吸い(ネコ吸い)するからわかるわ。 嫌がられてもしちゃう。 カナタちゃん、思いっきり吸って! [一言] 更新ありがとうございます。 …
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