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63話 モフりながら村へ向かう

こちら本日のモフになります。


ボールを取ってくる神狼フェンリルと、猫じゃらしにじゃれる魔王ザグギエル。

本人たちは至って真面目ば訓練だと思い込んでいる勘違いを添えて。

 女神に命を狙われ、弟が宿敵として勧誘され、それを撃退して姉を心配していることなど(つゆ)とも知らず、カナタは今日も元気に旅を満喫していた。


「そーれ、とってこーいだよー」


 かけ声は元気に、ボールはほんの少し前に転がすように投げるカナタ。


『むおおおっ! お任せ下さい、カナタ様ぁぁぁぁぁぁぁっ!!』


 カナタが数歩先に投げたボールを懸命に追いかけるのは真っ白な毛玉だ。


 何を隠そうこの毛玉、数千年前に【始まりの聖女】と呼ばれる少女と世界救済の旅をしたという伝説の神狼フェンリルなのである。


『むおおおおっ! むおおおおおおおおおおっ! すぐです! すぐにボールをお持ちいたしますぞおおおおおっ!』


 歩けばたった数歩の距離だが、毛玉の足は短すぎて、そこまでたどり着くのも一苦労だ。


 毛玉は短い足を懸命に動かして駆けていく。


 かつては万の敵を討ち、あらゆる災害から人々を守った神狼の姿はどこにもなく、情けないほどに弱い毛玉がそこにいた。


 しかし、そんな誰が見ても情けない姿の毛玉を見て喜ぶ少女がいた。


「はぁはぁ……たまらんっ……! 足ちょこちょこしてるフェンフェンがたまらんのですぅっ……!」


 懸命なフェンリルの姿が、カナタにはこれ以上ないほどに愛らしいものに思えた。


『よぉぉし! 捕らえたぞ! このボールめ! 我から逃げおおせると思ったか! すぐさまカナタ様の元へ届けてくれるわぁぁぁぁっ!』


 ボールを咥えたフェンリルは、また短い足をせかせかと動かし、カナタの元へ戻ろうとする。


『ぜぇぜぇ……くっ、何という重さだ……。鉛でできているのかこれはっ……!』


 何の変哲もないゴム製だ。幼児でも投げられる遊具だった。


 貧弱すぎるフェンリルの体は途中で何度も休憩を挟みながら、なんとかカナタの元へとボールを運ぶ。


「わー! すごいすごい! 頑張ったねー! フェンフェン、いいこいいこ!」


『カナタ様がお褒めの言葉をっ……! 光栄の極みにございますっ……!』


 疲労で舌をだらりと垂らしながら、フェンリルはそれでも主の喜ぶ顔を見られて幸せの絶頂にあった。


『ふんっ、犬のようにみすぼらしくはしゃぎおって。あれが音に聞いた神狼フェンリルの成れの果てとはな。まったく情けない……』


 頭をよしよしされてだらしなく顔を緩ませるフェンリルを見ていたザグギエルは嘆息した。


 そして、カナタが動かす猫じゃらしにちょいちょいと猫パンチをお見舞いする。


「はぁはぁ……。猫じゃらしで遊ぶザッくん、可愛いよぉ可愛いよぉ……」


 その様子を見たフェンリルはカチンときた様子で身を起こし、ザグギエルに詰め寄った。


『なんだ魔王、貴様の方こそ遊んでいるではないか』


『これのどこが遊びに見えるというのだ!』


 どこからどう見ても遊んでいるようにしか見えなかった。


『これはカナタが考えた余の新たな特訓法よ! この猫じゃらしを敵に見立てて素早い攻撃を学べとカナタは言っているのだ!』


 そんなことは一言も言っていないのだが、ザグギエルはカナタとの遊びをすべて訓練だと解釈していた。


『わ、我もそうだ! 獲物を素早く狩るための動きをカナタ様自ら伝授して下さっていたのだ!』


 もちろん違う。カナタはボール遊びがしたいだけだった。


「うんうん、ふたりとも凄く良いよ! 最高だよ!」


 カナタは可愛さを褒めているのだが、二匹は自分の動きが褒められているのだと勘違いして、さらに訓練に力を入れる。


『ふしゃっ! ふしゃしゃっ! くくく、極まってきたぞ……。これならばスライムを倒せる日も近いな!』


 ザグギエルは短い前足でジャブを刻んで不敵に笑った。


『な、なに!? 負けんぞ! スライムを先に倒せるようになるのは我だ!』


 ザグギエルとフェンリルは、先日果敢にも道行くスライムに戦いを挑み、返り討ちに遭ったところだった。


 自分が情けないと落ち込む二匹を、カナタは慰め、モフり、特訓と称して二匹の可愛い動きを脳内アルバムに収めていた。


『いいや、スライムを倒すのは余だ!』


『我だ!』


『余だ!』


『我だ!』


 言い合いながら、少しずつ距離を詰めるザグギエルとフェンリルは、顔を押しつけ合って互いに威嚇した。


『『ぐぬぬぬぬぬぬ!』』


「はわわわ、ザッくんとフェンフェンがくっついて……! これがてぇてぇ……!?」


 お互い一歩も引かない真剣な争いは、見物するカナタにとっては眼福以外の何物でもなかった。


 世界最弱を誇る二匹の争いは決着が付かず永遠に終わらないかと思えたが、体力のない二匹はあっさりと疲れ果て、訓練はお開きになった。


 なお、この訓練で二匹はわずかな成長もなく、またスライムに挑んだところで飲み込まれるのが落ちだった。


『ぜぇぜぇ……。や、やるではないか……。今日はこのくらいにしておいてやろう……』


『はぁはぁ……。そ、それはこちらの台詞だ……』


 貧弱な二匹は、ほんの少し揉み合っただけで疲れ果て、地べたに仰向けになった。


「二人とも頑張ったねー」


 息も絶え絶えな二匹をカナタは抱える。


 ザグギエルは頭の上に乗せ、フェンリルは胸に抱いて立ち上がる。


「お昼も食べて休めたし、もうちょっと進もっか」


 少し進めば村が見えてくるはずだ。


 馬車の通り道にある村はたいてい宿屋がある。


 カナタは可愛い二匹に野宿をさせないよう気を配っていた。


 モンスターおじいさんことアルバート・モルモ師より受け継ぎ、名匠リリの手によって生まれ変わった馬車にカナタたちは乗り込む。


 しかし、馬車を牽くのは馬ではなく、巨大な白銀のオオカミだ。


 彼こそがフェンリルの本体なのだが、魂はカナタの胸に抱かれた毛玉に収まっており、オオカミの体は遠隔で動かされていた。


「それじゃあ、フェンフェン。お願いします」


『『お任せ下さい、カナタ様!』』


 完璧なハモりで、大小のフェンリルが答える。


『だから同時に喋るなと言うに』


 ザグギエルは不快そうに耳をピクピクと動かして、カナタの上でうずくまった。


「しゅっぱーつ!」


 軽量な馬車は軽やかに発進する。


 フェンリルが本気で牽けば、目的地まではあっという間だが、周りには他の旅人やすれ違う馬車もある。


 カナタからゆっくりでいいと言われているフェンリルは、道行く人々に迷惑をかけない速度で歩を進めた。


 それでも巨大な狼が牽く馬車は大変に目立つ。


 周囲の人間の目がこれでもかと言うほど集まったが、本人たちはまるで気づいていないようだ。


 途中で歩き疲れて泣く子供に困り果てた家族や、足を悪くした老婆を拾っては馬車に乗せ、カナタたちは彼らに感謝されながら、村への道を進む。


「今向かっている村は、始まりの聖女様の故郷と言われているんですよ」


 馭者席のカナタの隣に座る老婆が、平原に続く一本道の先を指さす。


 まだ米粒ほどの大きさですらないが、今日泊まる予定の宿がある村が見える。


 街と街とを繋ぐ宿場村の一つという情報くらいしかなかったが、始まりの聖女の故郷という逸話のある村だったらしい。


『ほう、貴公ならば何か知っているのではないか』


 荷台に載せてやった子供の相手をしているザグギエルがフェンリルに尋ねた。


『ふむ、我が聖女様の従者となったのは、あの方が霊樹の森を訪れてからだからな。だが、この国の出身であるということはあの方から聞いたことがある。故郷の村があそこだったとしてもおかしくはないだろう』


 同じく子供の相手をしているフェンリルが答える。


 相手をしているというか、二匹は子供に抱っこされたり転がされたり、代わる代わるもみくちゃにされているだけだが。


 念話で喋れることが分かってからは、怖がられるどころか大はしゃぎで遊びに付き合わされ、子供の相手とはここまで疲れるものだったのか、と二匹は思い知らされた。


 道程は順調で、日が傾く頃にはカナタは村にたどり着いた。


「ありがとうございました。息子が迎えに来てくれましたので、ここまでで結構です」


「はーい、フェンフェン、止まって止まって」


『承知しました』


 馬車を引くフェンリル(本体)が制動をかける。


 村の入り口を前に、馬車がゆっくりと車輪を止めた。


 他の乗客もここで降りるということで、ちょうど良かったようだ。


 馬車から降りた人々がカナタに礼を言って、村へ入っていく。


 カナタは老婆が馬車から降りるのを手を取って手伝ってやる。


 続いて、子供がジャンプしたのをキャッチして降ろしてやった。


「おねえちゃん! ねこさん! いぬさん! ありがとー!」


『猫ではない』


『犬ではない』


 むすっとした顔で、ザグギエルとフェンリルは子供に頭を撫で回される。


 馬車にいる間も、幼い子供による扱いは中々に遠慮のないものだったが、二匹は根気よく耐えて遊び相手になった。疲れた親夫婦が休める時間を少しでも作ってやるためだ。


「ふふー。ザッくん、フェンフェン、お疲れ様。すごく偉かったよー」


『ふっ。カナタの従者たるもの、戦闘だけでなく子守の一つも出来て当然であるからな』


『カナタ様のお役に立てることが我の喜びです!』


 二匹はカナタに優しく頭を撫でられ、一瞬で機嫌を直した。


 さりげなく、カナタにモフモフされる以外で、二匹が何かの役に立った初めての瞬間だった。が、二匹はそのことに気がつくことはなかった。


「「ありがとうございます。本当に助かりました」」


 子供の両親が頭を下げる。


 彼らは皆この村の住人だったようだ。


 老婆を引き取った息子からは『どうか我が家で一晩もてなさせてほしい』と乞われたが、それほど大きくもない家に馬車を止めておけるスペースはなく、カナタは丁重に断ってきちんとした設備のある宿屋へと向かった。


『見よ、カナタ。あの銅像だ』


 村の中なので、ゆっくりと馬車を移動させる。そんなとき、カナタの頭に乗ったザグギエルがカナタを呼び止めた。


 視線の先には、古びた銅像が建っていた。


 建造してかなりの年数が経っているだろうが、宿場村には不釣り合いなほど立派な作りだ。村人が定期的に掃除しているのか、苔や錆に覆われている様子もない。


「わ、モフモフだ。フェンフェンに似たモフモフだ」


 そう、その銅像は大きな狼が、そしてその狼の体に守られるようにして立つ少女の姿をしていた。


『聖女様……』


 カナタの膝の上に座ったフェンリルがつぶやく。


『おそらく、老婆が話していた聖女の故郷というのは、この銅像のおかげで伝わっているのかも知れんな』


「この人が、始まりの聖女様……」


『どことなく、カナタに似ているな』


「え、そうかなー。なんだか照れる」


 モフモフに触らず黙っていれば、カナタは容姿端麗な美少女だ。


 確かにザグギエルの言うように、風貌が似ている。


『うぅ、聖女様……』


 フェンリルが涙ぐんでいる。


 聖女と旅をしていた頃を思い出したのだろう。


 銅像のフェンリルは本物によく似ており、聖女もこんな風貌をしていたのかもしれない。


 フェンリルは銅像に飛びつきたい衝動に駆られたが、頭を優しく撫でてくれるカナタを見上げ、涙を振り払った。


『聖女様、カナタ様との旅をお見守りください』


 一礼すると、フェンリルは足を止めることなく、馬車を牽いた。


 宿は村の規模にしては立派な作りの建物だった。


 とりあえず道の端へ馬車を止め、宿に泊まれるか確認することにする。


『ほう、中の装飾も良いではないか』


『ここならばカナタ様の疲れも癒やせるというもの』


 王国が敷設した道を繋ぐ村だけあって、泊まり客が多いのだろう。


 食堂は賑やかで夕餉に舌鼓を打つ旅人で埋まっているはずだ。


 ザグギエルがカナタの頭から飛び降り、受付にあった呼び鈴をぺしぺしと叩いて鳴らす。


「すみませーん」


 同時にカナタが声をかけると、奥から宿の女将が顔を出した。


「はいはい、宿泊だね」


 大きな宿を切り盛りするに相応しい、豊満な体つきの女将だった。


「一名でいいかね?」


 良く日に焼けた顔に人好きのする笑顔を浮かべて、宿帳とペンを手に取った。


「いえ、この子たちも一緒でお願いします」


 カナタは頭のザグギエルと、胸に抱えたフェンリルを二匹並べてカウンターに乗せる。


「ん……? なんだいこの動物は? ……お嬢ちゃんのペットかい?」


『ペットではない』


『カナタ様をお守りする従者である』


「しゃ、喋った!?」


 初対面の人間に会う度にこのやりとりをするのも慣れたものだ。


 ザグギエルなどはやや辟易してきていたが、カナタは笑顔で自分が魔物使いであることと、二匹が自分の仲間であることを説明した。


 それから、外に馬車とそれを牽くもう一匹の魔物がいることを伝え、停められる場所を教えて欲しいと頼んだ。


「なるほどねぇ。魔物使いの身分は冒険者ギルドが保証してるし、うちとしては問題ないよ。まさか魔物使いに会う日が来ようとはねぇ」


 魔物使い当人であるカナタでさえ、モルモじいさん以外の魔物使いと出会ったことはない。


 レアと言うより、二人以外に魔物使いは存在していないのではないだろうか。


 日常生活が送れなくなるレベルのステータスダウンの恐ろしさが、なるものがいなくなって久しい現代でも人々に浸透しているのは、神聖教会の教えがあるせいだろう。


 選定の儀で魔物使いを選ぼうとすればまず止められ、どれほど愚かなことをしようとしているか蕩々と説かれることになる。


 まるで意図的に魔物使いとなる者を減らそうとしているように思えるが、そのことに思い至るのは、神の作りし魂の収穫システムに気づいたザグギエルくらいのものだ。


 しかし、ザグギエルはこの考えを、多くへ広める必要はないと思っていた。


 話したところで、そのことを信じてもらえるとは思えなかったし、万が一真実が人々に周知された場合、あの悪逆なる女神がどんな手を使ってくるか予測できない。


 神の真実を知り、人々の信仰が失われると知った女神は、現存する生命をすべて刈り取ってリセットするまでやるかもしれない。


 上位存在とはそれほどまでの力を持つ。

 この世界の強者がいくら集まったところで、神本体を倒すことなど不可能だからだ。


 だが、ザグギエルには予感があった。


 このままカナタの旅が続けば、女神への信仰心が削られていくのは間違いない。


 カナタは自覚していないが、これまでの旅の軌跡は、救済の軌跡でもある。


 行く先々で女神の企みを打ち破り、女神の信仰を削ってきた。


 そうしていつか、やつの生み出した醜悪なシステムは崩壊するのではないか。


 再び女神と対峙することになるのは、その時だろう。


『その時のために、余はさらなる力を手に入れねばならぬ……!』


 毛玉の姿を普段から取っているのもそのためだ。


 この弱い姿で強くなれば、元の姿に戻った時には倍する力が得られているだろう。


 決してカナタがこの姿でないとそっけない態度を取るのが寂しいからではない。ないったらない。


『む、むむ……! 何故かは分からんが、やる気に満ちているな、魔王……! 我も負けてはおられん……!』


 ライバル心を剥き出しに、フェンリルは闘志を燃やす。


 そんな二匹を抱えて、カナタはチェックインを済ませるのだった。

モフとモフしてモフモフ旅の末、たどり着いた場所はなにやら千年前の【始まりの聖女】にまつわる村の模様。

そんな村で泊まることにしたカナタたちは、宿泊客から恐ろしい噂を聞く。

その恐ろしい噂とはいったいなんなのか?


次回『吸血鬼にモフ要素ある?』 

乞うご期待!

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『聖女さま? いいえ、通りすがりの魔物使いです!』が2020年3月10日にKADOKAWAブックスより発売されます!
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コミカライズも3月5日から配信決定!
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― 新着の感想 ―
[一言] > さりげなく、カナタにモフモフされる以外で、二匹が何かの役に立った初めての瞬間だった。が、二匹はそのことに気がつくことはなかった。 前の章で、カナタでは不可能なペット探しの依頼を、二匹が…
[一言] カナタさん並のは早々居ないでしょうけど、強者はゴロゴロしてるだろうし集まったら倒せそうじゃない? 魔術か何かで逃げ道なくした上でだけど
[一言] 吸血鬼には狼やコウモリに変身できるものも定番かとはおもいますw
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