第54話 騎士団を割る
「はぁ、終わった……」
書類の最後の一文を書き入れ、しかしまだ受付嬢としての仕事は残っているため、ぐったりと机に突っ伏すことは耐えきった。
「パイセン、お疲れっすー」
「ベラちゃん、職務中はちゃんとしなさいって言ったわよね? 怒るわよ」
「うう、怖い……。ちゃんと手伝ったのにぃ……」
「はいはい、ありがとう。晩ご飯ごちそうして上げるから」
「先輩のそういうところ、あーし大好き」
調子の良い後輩に、メリッサは呆れつつ、この大量の書類仕事を持ち込んでくれた原因に目を向ける。
メリッサの視線の先には、報酬を受け取って、喜ぶカナタたちの姿があった。
「本当に全部のクエストを片付けちゃうなんて。カナタさんは将来有望すぎだわ」
次から次へと大規模だったり大量だったりするクエストをこなしてくれるため、担当のメリッサの忙しさは極まりっぱなしだ。
「メリッサ君、よくやってくれた」
そう言って声をかけてきたのは、壮年のギルド長だった。
「あの不良債権のごとき依頼書の数々を見事消化してくれたそうだね。あんな割に合わない仕事をよく冒険者に割り振れたね」
「割り振ったというか、たった一人でこなしちゃってくれたんですけどね……」
「あ、ああ、あの娘か……」
かつての事件でひっくり返るような事態を引き起こしたカナタのことをギルド長も覚えていた。と言うか忘れられるはずがなかった。
「何はともあれ、成果は成果だ。次のギルド総会では、キミのことを強く推しておくよ。私の次の代は安泰だ」
「え? いえ、私は冒険者を辞めたわけではなくて、あくまで人手不足というから手伝っているだけで。別に正式なギルド職員になるつもりはなくてですね──」
「分かってくれたまえ、メリッサくん」
沈痛な面持ちでギルド長は言う。
「君のような優秀な人材を手放すわけにはいかんのだよ。それにほら出世街道に乗れば、報酬は冒険者の比ではないぞ! 若くして高給取りだ!」
「その代わり忙殺されて休みすらなくなって婚期を逃すパターンじゃないですかやだー!」
「先輩、ごしゅーしょーさまです……」
メリッサの悲鳴が響き渡り、ベラが手を合わせてお悔やみを申し上げた。
「メリッサさん、どうしたんだろう?」
報酬を手にしたカナタがメリッサの悲鳴に首をかしげる。
『嬉しい悲鳴というやつだな。カナタが依頼をこなしたことで、担当職員である彼女の評価が上がったのだろう』
『喜ばしいことですね、カナタ様』
「そっかー。メリッサさんが喜んでくれてよかったー」
カナタたちは清々しい気分で、ギルドを後にするのだった。
† † †
カナタたちは再び聖都に戻ってきた。
目的は大聖堂へ入ることだ。
カナタが歩いていると、道行く者たちがカナタを振り返り、尊いもののように拝んでいる。
【真の聖女】の噂はずいぶん浸透してしまったようだ。
『カナタよ、今さらだが、こんなに頻繁に転移を繰り返して魔力は尽きないのか?』
空間転移は本来複雑な魔法陣と大規模な儀式と大量の魔力を必要とする、戦術大魔法だ。
こんなちょっと散歩するような気分で使える魔法ではない。
はずなのだが、現にカナタはその軽いノリで転移魔法を使えてしまっている。
「ぜーんぜん、よゆーだよ。あと千回は疲れずに跳べると思うよ」
『今更の話であったか……。やはりカナタに常識は通じない』
『さすがはカナタ様にございます!』
フェンリルはカナタを褒め称え、しかし大聖堂が近づくにつれ、焦った様子でカナタの進む道を遮ろうとする。
『ところでカナタ様、大聖堂へ行くのはやめませぬか。何も見るところのないつまらない場所です。この地の貧しい民も救えたことですし、この金は路銀として使うということに……』
「右へ左へ……はうぅ、ちょこちょこ歩くフェンフェン可愛いよう……」
足元をうろちょろする白い毛玉にカナタはうっとりする。
妙に慌てているフェンリルの怪しさに気づく様子はない。
代わりに、ザグギエルが、カナタの肩からフェンリルを見下ろしながら口を開いた。
『今まで黙っていたが、貴公、何か隠しているだろう』
『な、なな……! ぶ、無礼な! 隠し事など何も……!』
『目が泳ぎすぎだ馬鹿者。ばれていないとでも思ったか』
『くっ、これが魔王の眼力かっ……!』
『ふはは、余をあなどるな!』
単純にフェンリルが嘘を吐くのが下手すぎるだけなのだが、ザグギエルはここぞとばかりにマウントを取った。
「んー、本当にフェンフェンが行ってほしくないなら、諦めるけど」
モフモフの気配は未だ大聖堂から感じるが、愛しいフェンリルの言葉であれば聞かないわけにもいかない。いや、むしろ喜んで聞いちゃう。
『ありがとうございます、カナタ様! では、早くこの場を離れましょう! さぁさぁ!』
フェンリルがカナタを急かそうと、前足でカナタのふくらはぎを押したところで、男の太い声が轟いた。
「いたぞ!! あそこだ!!」
街中の人間が何事かと声の方向を向くと、全身に甲冑を着込んだ男が、カナタを指さしていた。 同時に、甲冑の鳴る音が大量に聞こえてくる。大勢の騎士たちが隊列を組んで押し寄せてくるところだった。
長い戦斧槍を携えた騎士たちは通行人たちを押しのけ、カナタを一斉に取り囲む。
『大聖堂の方から出迎えに来た、というわけではなさそうだな』
ザグギエルがカナタの頭の上でぽつりとつぶやく。
「おそらくあの毛玉のどちらかがマリアンヌ様のおっしゃっていた神狼だ! 生け捕りにしろ! 女の方は殺して構わんとのご命令だ!」
「潔く神狼をこちらに渡し、死ぬがいい! 魔女め!」
聖騎士たちは、カナタを何と伝えられたのか、異端の魔女として処刑するつもりのようだ。
「魔女? いいえ、魔物使いです。モフモフばんざい」
カナタは大勢の騎士に囲まれても、相変わらずの調子で答える。
「モフモフ……? 何を意味不明なことを……。もしやそれが噂の邪教の聖句か! 聖騎士の前で邪教の聖句を唱えるとは! 神聖教会を侮辱したな!」
カナタを取り囲む先頭の聖騎士たちは、怒りをあらわにハルバードを突きつける。一歩でも動けばカナタを貫くつもりだ。
「せ、聖騎士様! やめてください! その人は、その人こそが真の聖女様なのですよ!」
「やかましい! 聖都の聖女はマリアンヌ様だけだ! 邪魔立てすると、貴様も邪教徒とみなすぞ!」
「ひ、ひぃっ!」
「見せ物ではないぞ! 散れい!」
聖騎士たちがハルバードを振り回し、人々を追い払う。
『何ということだ……』
フェンリルは顔を青ざめさせた。恐れていたことが現実になってしまった。
この聖騎士たちを倒しても、もはや意味がない。
神聖教会全体が、カナタを神敵と認定してしまったのだ。
これからどこへ行っても邪教の徒として追われることになってしまう。
『申し訳ありません、カナタ様……。これは我の失策です……。もっと早く事情を話して聖都を離れるべきでした……!』
「フェンフェン……」
『せめて我が時間を稼ぎます……! その間にお逃げください……!』
駆け出したフェンリルは、懸命に足を掻くが、一向に前に進まない。
すでにカナタにキャッチされた後だった。
「フェンフェン、めっ」
『カナタ様……』
カナタはまっすぐ見据える。
「フェンフェン、わたしたちはもう仲間でしょう。だったら、自分一人で決めたりしないで。きっと何とかしてみせるから」
そう、まっすぐに言われ、フェンリルの瞳から涙がこぼれた。
そして、意を決して隠していた事実を話す。
『実は、あの聖堂には我の本体があるのです……』
『貴公が以前言いかけたことは、本当のことだったのだな』
『ああ、この姿は本体から切り離した分け身に意識を移したものなのだ』
『なるほど、神狼は精霊に近い種族なのか。我ら魔族には馴染みのない能力だ』
『代わりに力のほとんどを失ってしまったがな』
フェンリルは自らの姿を見回し、自嘲した。
『……カナタ様、神聖教会は汚職にまみれた偽の聖女に支配された恐ろしい組織です。一度怒らせれば何千万という信徒が敵に回るでしょう。我もまた卑怯な罠にかけられ、長く囚われてしまいました……。ですが、寂しさに耐えきれず逃げ出そうとせずに、最初からあそこで大人しくしていれば、こんな事態にはなっていなかったでしょう……』
「んーん。フェンフェンはそうまでして、わたしに会いにきてくれたんだね。ありがとう、フェンフェン」
『カナタ様……』
フェンリルはぐすぐすと鼻を鳴らした。
「大聖堂に行けば、フェンフェンは元の姿に戻れるのかな?」
『はい、ですがカナタ様を危険な目に遭わせられぬと、誤魔化してきたのが裏目に……申し訳ありません……カナタ様……!』
「謝るのはもうなしだよ、フェンフェン」
カナタは慈母のような微笑みで、フェンリルを抱きしめた。
『か、カナタ様ぁ……!』
フェンリルは感動で耳がじんじん鳴り、涙で視界が歪んで何も見えなくなってしまった。
ゆえに、カナタがどんな表情で、何をつぶやいていたかまったく聞こえていなかった。
「そう……あそこに大きいフェンフェンが……モフモフ……モフモフ……うふふふ……うふふふふふふふふふふふふふふふ……」
目をハートにさせたカナタは、自らの欲望を解放するため、一歩前に進む。
「き、貴様! 動くな!」
「もういい! 殺せ! 毛玉にだけは当てないようにしろ!」
聖騎士たちがハルバードを槍のように突き刺す。
鋭い刺突は、逃げ場のない鋼の雨となって、カナタに降り注いだ。
神聖教会の聖騎士はエリート中のエリート。幼い頃から神聖教会の守り手となるべく鍛えられた彼らの戦闘能力は、冒険者ギルドの等級を基準にすると、最低でもB級を超えている。
その強者が、法儀式済みの祝福された鎧を纏い、同じく強力なハルバードを持ち、訓練された動きで連携を取って襲いかかってくる。
魔物の群れに遭遇するより遙かに恐ろしい状況だ。
彼らはしかるべき準備さえすれば、暗黒大陸に棲まう凶暴な魔物でさえ屠れる自信があった。
『無駄なあがきよ。貴公らは誰を相手にしているか分かっていない』
そう、聖騎士の眼前にいる少女は、その暗黒大陸からやって来た魔物の軍勢をただ一人で倒しきった存在なのだ。
カナタの柔肌に突き立とうとしていたハルバードの切っ先は、ねじれ、折れ曲がり、砕け散った。
「「「ば、馬鹿なぁっ!?」」」
カナタが発動した防御魔法は、あらゆる攻撃を防ぐ障壁となって、聖騎士たちのハルバードを防いだ。
「はい、通ります通りまーす」
カナタの歩きに同じ速度で移動する障壁は、聖騎士たちを無理矢理に押しのけた。
「ぐ、ぐおおおっ! 止められんっ! 何なんだこの壁は!?」
「お、応援だ! 応援を呼べ! 全軍で相手にしないと、この女は止まらん!」
『果たして、全軍程度でカナタが止められるかな?』
ザグギエルがニヤリと笑う。しかし彼は特に何もしていない。カナタの頭の上で箱座りをしているだけだ。
大量の聖騎士たちが通りを進むカナタに群がり、しかし障壁に押しやられて、まるで自ら道を空けているかのように、二つに割れていく。
「なんという……! まるで海を割って民を導いたという始まりの聖女のようだ……!」
「これは奇跡よ……!」
「やはりあのお方こそ、真の聖女様なのだわ……!」
聖都の民はまるでカナタに誘われるように、その後を追いかけていく。
カナタがこれから起こす奇跡を予感し、その瞬間を目に収めるために。
見ろ、人が海のようだ。
騎士団を障壁ではねのけながら進行を始めたカナタ。
背後には奇跡を拝むために大量の人々が付き従い、それはまるで聖者の行進だ。
果たして聖騎士団たちはこの行進を止めることが出来るのだろうか──
次回『聖騎士団、崩壊!』






