第52話 たくさん依頼をこなす
「それで、なんで私のところに来るんですかー!」
メリッサは泣いた。先程ようやく盗賊やオーガ・ゴブリン事件の書類が片付いたところなのだ。ほっと一息ついた瞬間、目の前にカナタが転移してきて、メリッサはこの世に神はいないと信仰心を失った。
「向こうで仕事を探そうと思ったんですけど、聖都にはギルドがなかったので……」
「それを言われると苦しいのですが……。あそこは神聖教会の影響力が強すぎて、我々冒険者ギルドも食い込めないんですよね。問題ごとは聖騎士団が解決してしまいますし……」
「なら、聖都に住む人からギルドへの依頼はないんですか?」
「……実はあります」
メリッサは棚から依頼書を引っ張ってきた。
「神聖教会は喜捨の多寡で露骨に対応に差を作っていまして……。貧しい信徒は問題に対応してもらえない人も多くいます」
『なるほどな、あの上辺だけ清楚に整えた都ならば有り得そうな話だ』
「そんな人達が手紙でギルドに依頼書を送ってくるのですが、そうは言っても我々冒険者ギルドもあまりに安い額では冒険者に紹介することもできず……」
冒険者ギルドは非営利団体ではない。冒険者に仕事を紹介する責任がある。
「とりあえず依頼書だけは受け付けて、そのままの状態になっていますね……。私もどうにかしたいんですが、こればっかりはどうにも……」
「見せてもらってもいいですか?」
「あ、はい、どうぞ。でも、本当に低額の依頼ばかりですよ。下水道掃除のような歩合制のものもないですし。カナタさんの実力では割りに合わない依頼ばかりです。お金が必要であれば、私が依頼を見繕いますが」
急ぎではないが高難易度の依頼がいくつかあるのをメリッサは覚えている。カナタの実力ならば難なくクリアできるだろう。報酬も金貨百枚以上だ。
しかし、カナタはすべての依頼書に目を通すと、パタリと書類を閉じた。
「これ全部受けます」
「ぜ、全部ですか!?」
「はい。全部受けたら、ちょうど大聖堂に入るお金に足りそうなので」
一つ一つの依頼は銅貨数枚の子供の小遣いのような額だが、チリも積もればなんとやらだ。
「し、しかし、すごい量ですよ……。クエストとしての難易度はまちまちですが……。カナタさんの場合はむしろ高難易度を一つ受けたほうが楽なくらいかも知れません」
「でも、誰も受けてくれなくて困ってるんですよね?」
「それは、そうですが……」
「丁度いいじゃないですか。わたしはお金をもらえて、聖都の人たちはクエストを受けてもらえて、ギルドは溜め込んだ依頼書を掃除できる。みんなの問題が一度に解決できてお得です」
「お得ってそんな……。カナタさんの割にあってないですよ──」
「じゃあ、いってきまーす」
「ああっ、また話を聞いてくれないっ!」
カナタは依頼書をまとめて受け取ると、空間転移で聖都に戻っていった。
† † †
「それで、追い返してしまったと?」
聖女マリアンヌの視線に、聖騎士は震え上がった。
「は、はっ! 申し訳ありません!」
その騎士のところに、あの少女の話が伝わったのは、彼が追い返してしまったあとだった。
すっかり萎縮してしまった騎士を部屋から退出させ、マリアンヌは窓の外を眺めた。
「そうですか、やはりこの聖都にやってきましたか……。何が目的かはわかりませんが、女神様のおっしゃるとおり、見逃してあげましょう。そちらが何もしないのであれば、ですが」
しかし、何か言い知れようのない予感がマリアンヌの胸をざわつかせるのだった。
† † †
「お母ちゃん、苦しいよ……」
「ごめんね……ごめんね……。うちの家計じゃ、お医者さんに診てもらうこともできないの……」
外からでは見えない、聖都の貧民街。みすぼらしい家の中で、病に苦しむ息子に何もしてやれない母親が嘆いていた。
「こんにちはー。ギルドから依頼を受けてきましたー」
『患者はどこだ? すぐに診せるがいい。すぐさま治してくれよう』
『治すのはこのカナタ様だがな』
「「え、ええっ!?」」
カナタの回復魔法は子供の病気をまたたく間に治療してしまう。
「ああ、冬を越せないと言われていた坊やがこんなに元気に……!」
「ありがとう、お姉ちゃん!」
親子に何度もお礼を言われ、クエスト完了のサインを受け取ったカナタは、民家を後にする。
「一件目終わりー、次行こー」
『カナタの腕ならば、まとめてこの聖都の人間を癒やせるだろうが、これはクエストだからな。ひとつひとつ見て回らねばならないのが面倒だが、やっていくしかないだろう』
『初日は治療系でまとめた方が楽でしょうな。次は三軒隣のテイラーからの依頼です』
「はいはーい」
そしてその翌日は清掃作業だ。
聖都が大きくなる前からある古い教会の敷地には貧民たちが埋葬される共同墓地があった。
しかし、この教会にいるのは老いたシスターが一人で住んでいるだけで、まともな葬儀はおろか、墓地の清掃や浄化すらままならず、下手をすればアンデッドになって魔物化する死体も出るおそれもあるほど荒れ果てていた。
「きれいになーれー。きれいになーれー」
しかし、それもカナタの浄化魔法にかかれば、なんと言うことはない。
墓石は新品のように光り輝き、墓の下で苦しんでいた死者たちも安らかな眠りに再び付くことができた。
「なんという清浄な光なのでしょう……! この灰色に汚れた墓地が、また純白の輝きを取り戻す日が来るなんて……!」
老シスターは両手を組んで、カナタに感謝した。
『次は失せ物探しか』
『指輪、財布、ペットなどという依頼もありますな』
「探知魔法を全開にするよー」
どこかで落としてしまった結婚指輪。盗まれた財布。形見の古時計。
カナタは依頼人からなくした物の特徴を聞くと、魔法でどんどん探していった。
「ペットだけは、どうしよう……」
カナタは動物に怖がられる体質だった。体質というか、普通の動物ではカナタの纏う強者のオーラに本能的恐怖を感じてしまうのだが。
『ふっ、任せよ、カナタ』
『今度こそ、名誉挽回してご覧にいれます!』
意外なことに、本当にザグギエルたちは役に立った。
迷子になったペットたちは、見事ザグギエルたちが集めきったのである。
『おい、よせ……。余は猫と恋仲になる趣味はない』
『我は犬ではない……犬ではないのだ……』
動物たちにまとわりつかれたザグギエルとフェンリルがぐったりしている。
フェンリルとザグギエルの今の姿は犬猫にモテモテらしい。
そこらを歩き回るだけで、行方不明だったペットたちがどんどん集まってきたのだ。
「さぁ、どんどん行くよー!」
カナタの快進撃は止まらない。怒涛の勢いでクエストをこなしていく。
遠く離れた場所の親類に会いに行きたいが自分の足ではもう歩けない老婆を背負って神速で送り届け、希少ではないが量が沢山必要な鉱石をアイテムボックスで大量に集め、孤児院の子どもたちの遊び相手となって、将来冒険者になりたいという彼らのために剣や魔術を教えてやった。
そうして、たった数日で聖都の貧民たちの問題をカナタはすべて解決してしまったのである。
報酬は手垢のついた大量の銅貨と、助けた人たちからの惜しみない感謝の言葉だった。
「ありがとう……! ありがとう……!」
「誰も助けてくれなくて、もう諦めていたのに……!」
「手を差し伸べてくれたのは、あなただけです……!」
そして感謝はやがて信仰に変わっていった。
カナタを大勢の人々が取り囲み、カナタを口々に称える。
「神聖教会は何もしてくれなかった! だけどあなたは! あなただけは我々を救ってくださった!」
「あなたこそ、真の聖女様に違いない!」
「「「聖女様! 聖女様! 聖女様!」」」
カナタを取り囲んだ大勢の人々が、カナタを称える。
「いいえ、魔物使いです。モフモフをください」
「「「モフモフ! モフモフ! モフモフ!」」」
言葉の意味もわからないまま、住民たちは聖句としてそれを唱える。
また間違った信仰が広まってしまうのだった。
図らずも聖都で信者を増やしてしまうカナタであった。
果たしてモフモフの聖句はどこまで広まってしまうのか。
一方その頃、偽聖女マリアンヌの心境はいったい──
次回『信仰を乗っ取られそうで超焦る』






