第51話 冒険者活動をする
馬車はどんどんと聖都に近づき、美しい模様が描かれた大きな門をくぐり抜ける。
「ここが聖都ローデンティアだ」
神聖さを絵に描いたような、白い都だった。
清浄なる鐘の音が、風に乗ってここまで響いてくる。
「じゃあ、俺たちはここで。本当にありがとうお嬢ちゃん。おかげで助かったよ。チビ助たちもな」
「こちらこそ、ありがとうございました」
『ご苦労、褒めてつかわす』
『素直に礼も言えないのか、この魔王は……』
この街で商売をするらしい隊商の人たちと別れ、カナタたちは聖都を見て回ることにした。
神聖な町並みは美しく、通りにはゴミひとつ落ちていない。
教会の総本山だけあって、道を歩くものは聖職者が多く、そうでないものも大聖堂に向かって祈りを捧げている。
しかし、よくよく見ると、聖職者の着ている服は高級な生地が使われ、袖に隠れた腕には貴金属のたぐいを着けているのがチラホラと見えた。
信徒からの喜捨はあまり正しく使われていないようだ。
『ふん、先程は美しいとも思ったが、外側ばかりの演出で吐き気がするな』
『同感だ、見た目だけを取り繕った信仰など、何の価値があるのか』
「モフモフはいるかなぁ……」
カナタたちは聖都を見て三者三様の感想を述べる。
『なにはともあれ、ここは神聖教会の総本山だ。女神の痕跡が見つかるかもしれんぞ』
『な、なんと! カナタ様はあの女神と戦うおつもりなのですか!?』
「違うよー。モフモフの匂いを感じてやってきたのです」
『モフモフ……? あの、カナタ様、カナタ様がおっしゃるモフモフとはいったい?』
「モフモフがいったいなにか? 改めて問われると、難しい質問だね……。モフモフとは、癒やし、ぬくみ、柔らかさの極地、幸せそのもの……」
カナタは自らの思考に沈み始めてしまう。
『ふっ、知らんのか』
ザグギエルが優越感たっぷりに笑った。
『貴様は知っているというのか、魔王!?』
『無論、無学な貴様に教えてやろう、モフモフとは!』
『モフモフとは!?』
『強さの象徴よ!!』
『つ、強さの象徴だとう!?』
カッと目を見開き断言するザグギエルに、フェンリルは大きくのけぞった。
『モフ度とは強さを表す単位! すなわちモフモフとは圧倒的強者を指す言葉なのだ』
『なんと、モフモフにはそんな意味が……!』
『カナタは余を指し、よくモフモフと言っている。余を指す言葉といえば最強以外にほかあるまい。モフモフは最強なのだ!』
「モフモフは最強……! 確かに……! ザッくんの言うとおりだね……! 間違いない……! さすがザッくん……! 深い、深いよ……!」
何も深くなかった。
『なるほど……、モフモフとは最強を指す言葉なのですね。ならばカナタ様! 我もモフモフを目指します! 魔王などよりカナタ様にふさわしい従僕となるために!』
「ええっ!? フェンフェンまで!? 今よりもっとモフモフに!?」
『はいっ! なってみせます!』
カナタは感動と喜びでめまいがした。
「お父さん、お母さん。カナタは幸せです。魔物使いになってよかったぁ……」
両親が住む方向に手を組んで、じ~んと胸を押さえる。
『しかし、モフモフの匂いをたどってやってきたとは、もしや……!』
フェンリルには思い当たる節があった。
大聖堂に残してきたフェンリルの本体だ。
「最初はフェンフェンなのかと思ったけど、まだ匂いを感じるんだよね」
鼻をクンクンと動かすカナタ。
カナタのモフモフに対する嗅覚はあまりに正確だった。
「特にあの大きな聖堂から強く感じるの」
『!? そそそ、そうですか!? 我にはなにも感じませんがっ!?』
すっとぼけようとするフェンリルに、ザグギエルが呆れたように嘆息する。
『犬のくせに人間のカナタより鼻が利かんとは、役に立たん毛玉だな』
『貴様だって何の役に立ったというのだーっ!』
「ふたりとも役に立ちまくりだよー」
頭の上と胸の前で喧嘩する二匹をモフモフしながら、カナタは大聖堂に向かっていく。
大聖堂が建つ切り立った山には、入り口へとつながる長い吊り橋がかけられている。
下は滝壺になっていて、落ちたら助からないだろうが、毎日参拝を求めて大勢の信徒たちが集まってくるのだ。
カナタは列に並んで自分の番が回ってくるのを待った。
『むむぅ……、どうするのだ、我……。カナタ様のなさることの邪魔はしたくない。だが、あの大聖堂にはあの偽聖女が……』
『何をブツブツ言っておるのだ』
『な、なんでもないっ! 気にするなっ!』
『……変なやつだ』
「変なフェンフェンもかわいいよぉ」
よしよしされながら、結局フェンリルはカナタを止める手段を思いつかなかった。
カナタの順番が回ってくる。
「わー、高いねー」
橋の登り口から下を覗き込んだカナタの前に交差した槍が立ちはだかる。
「わっ」
登り口に控えていた全身に甲冑を着込んだ騎士が、その面頬の中からギロリとカナタを見下ろしていた。
『何をする……!』
ふしゃーっとザグギエルが怒ると、騎士は一瞬たじろいだ。
「魔物は通っちゃ駄目なんですか? わたしは魔物使いなのですけど」
「いや、そうではない」
騎士が視線を移すと、そこには盆台が設置されてあった。上にはいくらかの貨幣が乗せられてある。
「喜捨を」
なるほど、この橋を渡るには金銭の支払いが求められるようだ。
「いくらですか?」
「神聖教会の信徒か?」
「いいえ。特定の神は信仰していませんけど」
「……不届き者め。ならば聖堂への立ち入りには、金貨百枚の喜捨で罪を洗い流さねばならん」
『金貨百枚だと……!』
『暴利にもほどがある……!』
「ならば、改宗を宣言せよ。略式ではあるが、我ら聖騎士には洗礼を授ける資格がある」
「信徒にはなりません」
カナタはきっぱり言った。
これは余談であるが、選定の儀の日、神を信仰しないカナタに聖女の職業が掲示されたのは、理由がある。
聖女になるには高いステータスの他に、強い信仰心が求められる。
だが、カナタは神を信仰していない。代わりに別のものを信仰していた。
モフモフである。
モフモフのすることは全て正しい。モフモフに全てを捧げよ。
そう心の底から思える頭のおかしい信仰心を持つカナタに聖女の職業が提示されてしまったのは、大いなる神のミスだろう。
「わたしが信仰するのはモフモフだけなのです。あとお金はないです」
「……では、帰るといい」
変な女だと思われたカナタは、その場から追い払われた。
「金貨百枚かぁ」
カナタは口をとがらせながら来た道を戻る。
『ほっ……。時間を稼ぐことができたか……』
『どうしても大聖堂へ行きたいというのなら、また稼ぐしかあるまいな。カナタならば金貨百枚程度すぐに稼げるだろう』
「よーし、冒険者活動がんばろー!」
お金がなければ稼げば良いじゃない。
と言うことで冒険者活動を始めることにしたカナタたち。
この聖都ローデンティアで依頼を受けることにしたが、聖都には冒険者ギルドがないことが判明する。
困ったカナタが頼った先とはいったい──
次回『メリッサ「なんでわざわざ私のところへ来るんですかぁ!」』






