第47話 ムキムキになる
翌日、支度を終えたカナタは村人たちに見送られて、村を出発した。
ゴブリンたちは北の森からやって来ているらしい。
まずは巣を探すところから始めるべきだろう。
そう思って森に踏み入ってすぐのことだった。
「隠れているのは分かっていますよ。出てきてください」
カナタが大きな樹に向かって話しかけた。
「隠れん坊には自信があったんじゃが、カナタちゃんにはお見通しかのう」
木の陰から顔を出したのは、杖を手にし、鞄を肩にかけたモルモじいさんだった。
『ふ、ふっ。もちろん余も気づいていたぞ……!』
『な、なんだとっ……!? くっ、魔王が気づいているのに我が気づけないとは……! なんたる不覚……! お許しをカナタ様……!』
「ふふふ、いいんだよぉいいんだよぉ。そのままのふたりでいいんだよぉ」
虚勢に声を震わせるザグギエルと、悔しさで震えるフェンリルを見て、カナタはまなじりを下げる。
『カナタ様……! なんと慈悲深いお言葉……! ありがとうございます……!』
『やはりカナタには見抜かれてしまうか……。余も精進が足らんな……』
感動するフェンリルと反省するザグギエルを抱き寄せ、カナタは幸せそうに頬ずりする。
そんなカナタにモルモじいさんは声をかけた。
「カナタちゃんや、ワシも連れて行ってくれんか」
モルモじいさんがゴブリンの巣に向かうのは、村人に止められていたはずだが、こっそり村を抜け出てきたらしい。
「カナタちゃんならきっとゴブリンたちにも負けないじゃろう。じゃが、ワシが心配しているのはそのことではないんじゃ」
モルモじいさんは、長年の経験から異変を感じ取っていた。
「ゴブリンは昔からこの辺の山にはよく棲んでいたんじゃが、村人が襲われたことなど一度もなかった。ゴブリンは世間で広まっているような凶悪な魔物ではないんじゃよ」
モルモじいさんは魔物を長年研究してきて、ゴブリンは臆病で戦いを好まないことを知っている。
理由もなく人里を襲うような性質は持っていないのだ。
彼らを率いるオーガの話も気になる。
ゴブリンとオーガの組み合わせなど聞いたことがない。
「今回の件は明らかにおかしいんじゃよ。ぜひ調査に同行させて欲しい。ワシの安全のことは気にせんでええ」
『だが、ご老公、やはり危険ではないだろうか』
『その年では付いてくることもできないのではないか? 無理はせず村で大人しくしているといい。話は帰ってから我が聞かせてやる』
ザグギエルとフェンリルの意見も村人たちと同じだった。
山道は険しいし、これから行くのは魔物の巣だ。
何が起こるか分からない。
カナタも同じ考えだろうと二匹は顔を主に向ける。
すると、カナタはこう答えた。
「いいですよ! 一緒に行きましょう!」
『『ええっ!?』』
驚いたのはモルモじいさんも同じだった。
「良いのかの?」
断られるのを承知で頼んでいたのだ。
こっそり後をついていこうと考えていたのに、まさか承諾してもらえるとは思っていなかった。
「その代わり……」
「そ、その代わり……?」
モルモじいさんは、どんな無茶な報酬を言われても、自分で払える限りのものは払おうと覚悟する。
「その代わり、モンスター辞典の二巻を楽しみにしてますねっ。わたしが読者第一号ですっ」
「! ああ、ああ……! もちろんじゃよ! このこともきっと本にしてみせるとも!」
「ではでは、ゴブリンの巣を探して出発です!」
嬉しさで涙ぐむモルモじいさんの手を引いて、カナタたちは森を進むのだった。
† † †
『ご老公。バイコのやつは連れてきてはおらぬのか』
「あいつも年じゃからのう。村で休ませておるよ。遠いところから村までよく走り抜けてくれたものじゃ」
『なるほど。それにしても翁よ。意外に健脚だな。カナタ様の足に遅れていないとは』
「魔物使いはあらゆる能力が一般人以下まで落ち込むからのう。その分鍛えて補わなければならん。ワシも若い時分から相当鍛え込んだものよ──あいたたたたっ」
言ったそばから腰を痛めたのか、モルモじいさんはその場にうずくまる。
『ご老公、余の肩を貸そう』
『否、我の背に乗るがいい』
モルモじいさんに敬意を表したザグギエルとフェンリルは、モルモじいさんを運ぼうと互いに力を貸そうとする。
だが、非力な二人が老人一人の体重を支えられるわけがなく、乗った瞬間ぺしゃりと潰れてしまう。
「ザッくん、フェンフェン、がんばれー!」
カナタはそんな二匹を応援した。
それは極大の支援魔法となり、ザグギエルとフェンリルの身体能力が限界を超えて強化された。
『お、おおおおおお、力が沸いてくる!』
『これならば、行ける!』
オーラを全身から噴き出し、力を取り戻したザグギエルとフェンリルは、モルモじいさんを乗せたままぐんと立ち上がり、足をシャカシャカと動かしながら前に進み始めた。
しかしやっぱり元が非力なので、すぐに力尽きてしまった。
『ぬ、ぬうう……』
『む、無念……』
「ワシ、思ったんじゃが、今の支援魔法をワシにかければいいんじゃないか?」
『『「あ」』』
盲点であった。
「んんっ。改めて、強くなーれー、強くなーれー」
カナタの支援魔法がモルモじいさんを取り巻き、力を与える。
「む、むおおおおおおおおお……!? こ、これはぁぁぁぁぁぁぁっ……!?」
モルモじいさんの衰えた肉体は、カナタの魔法によって生まれ変わろうとしていた。
枯れ木のようだった手足は巨木のように膨らみ、胸板は岩壁のように分厚くなる。
支援魔法をかけ終わった後そこにいたのは、筋骨隆々の怪物だった。
『……かけ過ぎたのではないか』
『……熊も絞め殺しそうだな。このままオーガを退治に行けるのではないか?』
『余もそう思う』
「す、素晴らしい……! 長年ワシを苦しめておったリウマチが跡形もなく……!」
「良かったですねっ」
喜ぶモルモじいさんに、カナタは拍手を送る。
「それにこの姿、まさしくワシの若い頃の体格そのままじゃ」
『なん、だと……? 昔はそんな姿だったと言うのか、ご老公……』
『どれだけ鍛えればそんな姿になるのだ……』
「なに、魔物使いは鍛えに鍛えてようやく人並みなんじゃ」
筋骨隆々であっても魔法使い以下の筋力しか出せないハズレ職、それが魔物使いだった。
「何はともあれ、これならばいくらでも走れそうじゃ。ゆくぞ皆の者! ワシに続けー!」
「おー!」
勢いよく駆けだしたモルモじいさんと共に、カナタたちはゴブリンの巣を探して森を進んだ。
ゴリゴリのマッチョになったモルモじいさんに率いられ、カナタたちは洞窟の奥へと進む。
そして、ゴブリンたちを支配するオーガに遭遇するが、どうも様子がおかしい。
オーガの様子がおかしい理由とはいったい──
次回『これは王都の下水道で見たことがあるやつですね……』






