第46話 ゴブリン退治の依頼を受ける
「なんとまぁ、あなたは村の恩人です! ぜひ我が家に泊まっていってください!」
帰ってきたカナタにそう言ってくれたのは、村を預かる村長だ。
「風呂も沸かしてありますので、旅の疲れを落としてください」
「お風呂!? やったー!」
『風呂か……』
『カナタ様、我がお背中お流しいたします!』
カナタは喜び、ザグギエルはげっそりし、フェンリルは張り切った。
「さぁさぁ、どうぞどうぞ」
村長に招かれたのは村で一番大きな家だった。
道中村の様子を見たが、特に貧しい印象は感じなかった。
モルモじいさんが食糧を届けなければならないほどの危機に陥っていたとは到底思えないが、何か事情があるのだろうか。
「まぁ、それよりまずはお風呂だよねっ。フェンフェンを綺麗にしてあげなきゃ」
『そ、そんな、カナタ様直々になど畏れ多い』
「遠慮しない、遠慮しない」
『うむ、そうしてやるといい。余は数日風呂に入らなくともなんともないからな。今日のところは遠慮しておく』
「うふふー。駄目でーす。ザッくんもピカピカにしてあげる」
『ぬおお、せめて一人で、せめて一人で入らせてくれー!』
黒白の毛玉を両脇に抱えて、カナタは風呂に突撃するのだった。
† † †
カナタは宣言通り、ザグギエルとフェンリルをピカピカに磨き上げ、お返しに肩車状態になった二匹に背中を洗ってもらったりした。
どちらが上になるかで一悶着あったが、これはまた別の話。
「ふー、良いお湯だったー。村長さんにお礼を言わないと」
風呂場から上がって寝間着に着替えたカナタは、自分の髪を風魔法で乾かしながら、二匹をブラッシングしてやる。
『ふぉぉぉぉぉっ、なんなのだ、この言い知れようのない心地よさはぁぁぁぁっ……!?』
『貸してやるだけなのだからな。そのブラシはカナタが余のために作ってくれたものなのだからなっ』
そうして、風呂上がりでまったりしていると、部屋の外から怒鳴るような声が聞こえてきた。
「じゃあ、このままやつらに奪われっぱなしになれって言うのか!」
「そこまで言っておらん。だが、戦力がないまま戦っても意味がないと言っておるのだ」
剣呑な様子で話し合っているのは、村長とその息子のようだった。そばにはモルモじいさんの姿もある。
「モルモじいさんが届けてくれた食糧のおかげでまだしばらくは保つ」
「でも、その後は? 外に食糧を買い付けに行くにも限界がある。この食糧だって、奴らに目を付けられたら根こそぎ奪われちまうじゃないか」
「だから今、村人総出で分散して隠しているだろう。ギルドがそのうち冒険者を送ってくれるはずだ」
「そうやって、もう何ヶ月経つんだよ!」
だんっと村長の息子がテーブルを叩く。
『穏やかではないな』
「いま出て行ったら話の邪魔になっちゃうよね。もうちょっとここで見てようか」
『ですな』
カナタたちは廊下の角にこそっと隠れて、彼らの話を聞いた。
口論の内容をまとめるとこうだ。
モルモじいさんが荷馬車で運んできたのは大量の食料で、彼は元々馬車で世界中を旅しながら魔物の生態を調査していた。
だが、故郷の危機の知らせを聞いて、私財を処分して食料を買い込み、村まで帰ってきたらしい。
その危機というのが、ゴブリンによる盗難被害だそうだ。
まだけが人などは出ていないが、食料を頻繁に盗まれるらしい。
被害は徐々に大きくなり、このままだと村が飢えるのは時間の問題だ。
モルモじいさんの食料のおかげで当面の間は持ち堪えられるが、これもまたいつゴブリンたちに奪われるかわからない。
ギルドに依頼はしたが、未だ受けてくれる冒険者は現れない。
ゴブリンは討伐報酬が安い上に群れるので、リスクに見合わず人気がないからだ。
だが、ゴブリンは元々臆病で一匹一匹はそれほど強くないため、村人たちが戦えば追い払うことは可能なのだ。
しかし、追い払えない理由があった。
ゴブリンを率いているのが、別種のオーガであるということだ。
家の屋根に届こうかという巨体に、巨木を素手で引き抜くほどの腕力。
そんな者がゴブリンの群れを率いてやってきたら、村人たちは家に閉じこもって、魔物たちが立ち去るのを待つしかない。
ギルドがやってくれるのはあくまで冒険者の仲介までだ。
職員が担当している冒険者に頼んでくれる場合もあるが、それでも報酬が安ければ受けてはくれないだろう。
決して裕福ではないこの村では、多額の討伐報酬を用意することはできないし、強力な魔物であるオーガを倒せる冒険者も一握りだ。
そんな魔物と戦うのは命がけになる。
安い報酬でも快く引き受けてくれるなんて奇特な者は、おとぎ話に謳われるような始まりの聖女でもなければありえないだろう。
今のところ、村人にはけが人などは出ていないし、連れ去られた女子供もいない。
だが、それも持ち去る食料がなくなれば話は変わってくるだろう。
代わりに持って帰る肉は家を壊せば簡単に手に入るのだから。
重苦しいため息を吐き、うつむく村長たちの様子を見て、モルモじいさんがおもむろに立ち上がる。
「わしがゴブリンの巣へ行って、話をつけてくる!」
「なっ!?」
「む、無茶だ、じいさん!」
鼻息荒く家を出ていこうとするモルモじいさんをふたりは必死に止める。
「ゴブリンの巣なんて、そんな危ない場所に行かせるわけにはいかない!」
「食料まで運んでもらって、これ以上世話にはなれん!」
「この村はワシの故郷じゃぞ! 故郷のために老い先短い爺が命を張って何が悪いんじゃ!」
「そうは言っても、じいさん一人が行ったところでどうにもならないだろ! 魔物使いだからってオーガを手下にできるのかよ!?」
「それは……」
村長の息子に言われ、モルモじいさんは黙り込む。
「話は聞かせてもらいました!」
そこへ登場したのは、腰に手を当て、五指を突き出す決めポーズのカナタだった。
ついでにザグギエルとフェンリルも、カナタの足元で格好良いポーズを取っている。
「あ、ああ、お客さん! 聞かれてたんですか!? 恥ずかしいところをお見せしてしまって申し訳ない。すぐに食事の用意を……」
頭を下げる村長に対して、息子は何かを思いついたように瞳を輝かせた。
「そうだ! あんた、盗賊を一人で退治したって言ってたよな!? そんなに強いなら……」
「やめんか馬鹿者! モルモじいさんの命の恩人だぞ! この上村まで救ってもらおうなど厚かましい!」
「だけど、誰もクエストを受けてくれないんだ。この人に頼むしか……」
「いくら腕が立つからって、まだこんな若い女の子なんだぞ! ゴブリンの巣になんて送り込めるわけがないだろう! モルモじいさんの食料で当座をしのいで、勇敢な冒険者がクエストを受けてくれることを祈るしかないんだ!」
「受けてきました!」
「「「えええええええええええええええええええええええええ!?」」」
空間転移でギルドへ向かい、死んだ目で残業をしていたメリッサから意中の依頼書を受け取ったカナタの早業だった。
ちなみに事情を聞こうとしたメリッサの声は届かず、カナタが去った後、よよよと机に泣き崩れた。
「じゃあ、明日、さっそく行ってきますねっ」
「ほ、本当にいいんですか?」
「いいんですいいんです。情けは人の為ならず、情けはモフモフのためなのです」
ゴブリンの巣で新たなモフモフに出会える可能性はゼロではない。
それに尊敬するアルバート・モルモが困っているのであれば、同じ魔物使いとして助けないわけには行かないだろう。
「そ、そんな、こんな何の得にもならないクエストを引き受けてくれるなんて……!」
「ま、まるで聖女だ……」
「聖女様……!」
「いいえ、魔物使いです」
神速で依頼を受けてきたカナタたち。
しかし、意外な人物がカナタたちに同行を求めてきた。
その人物とはいったい──
次回『「やはりゴブリンか……。いつ出発する? わしも同行する」「モルモじい(さ)ん!」』






