第44話 魔物使い仲間に出会う
仲間になって早々ケンカばかりのザグギエルとフェンリル。
しかしお互いに力がないので、貧弱な戦いにしかならない。
そんな二匹を見てご満悦のカナタだったが、盗賊に追われる馬車を見つけ、暗殺者ばりの身のこなしで助けるのだった。
ついに馬は力尽き、馬車がその車輪を止める。
「ここまでか……。すまぬ、みんな……! 荷は届けられんかった……!」
御者席に座っていた老人は手綱から手を離し、諦めのため息とともに、馬車から降りる。
そこには下卑た笑みで待ち構える盗賊たちが──いなかった。
「な、なんじゃ?」
よくよく見れば、道の向こうへ点々と盗賊たちが倒れている。
「い、いったいこれは……!?」
驚く老人の前に、馬車の影からひょっこり顔を出した少女がいた。
「のわっ!?」
「大丈夫ですか、おじいさん」
驚いて腰を抜かした老人にカナタは手を差し伸べる。
「こ、これはあんたがやったのか……?」
「はい、おじいさんが襲われているように見えたので」
「ありがとう、助かったよ……。お嬢さん強いんだなぁ。こんなに沢山の盗賊をあっという間に……。いったい何の職業なんだい?」
「魔物使いです」
「ま、魔物使い!?」
老人が驚く様子はいつもの人たちと同じだったが、その後に続く言葉が違った。
「わ、わしも魔物使いじゃ!」
† † †
街道に戻った馬車が、ゆったりとしたペースで進む。
馬車の後ろには老人のロープで数珠つなぎにされた盗賊たちが、列をなして行進している。心を完全に折られた彼らは非常に従順だ。
カナタに助けられた老人は礼がしたいと、村へと招待した。
宿を探していたカナタたちにとっては渡りに船だ。老人の厚意に甘えることにした。
「この年になって、わし以外の魔物使いを初めて見たよ。しかもこんなに強い魔物使いとは、常識外れのお嬢ちゃんじゃのう」
「カナタ・アルデザイアです。よろしくおねがいしますねっ」
馬車の御者席で並んで座った二人は握手を交わした。
「ほっほっ。あれほどの数の盗賊を仕留めた強者とは思えん可憐さじゃ」
『余はザッくん。カナタの従者をやっている』
『我はフェンフェン。同じくカナタ様の従者だ』
カナタの両肩に載った白黒の毛玉が老人に挨拶する。
「ほほう、わしも見たことのない魔物じゃのう。念話まで使いこなすとは、なんとも珍しい。よほど高位の魔物のようだが……」
魔物使いとしての血が騒ぐのか、老人はザグギエルとフェンリルを興味深げに眺める。
『よく分かっているようだな、ご老公』
『ふっ、隠しきれない我の強さを感じ取るとは。翁はさぞかし高名な魔物使いと見た』
高位と褒められたザグギエルとフェンリルは、カナタの肩の上で得意げになった。
「おっと、わしの自己紹介を忘れておった。わしの名はアルバート・モルモじゃ。人はワシのことをモンスターおじいさんと呼ぶよ。そっちの馬に見える魔物はバイコーンのバイコじゃ」
「ヒヒーン!」
モルモ翁の紹介に答えるように、二本の角の生えた馬がいなないた。
『ほう、礼儀正しいではないか、バイコとやら』
『同じ魔物使いの従僕同士、仲良くしよう』
「ヒヒン! ヒヒーン!」
ザグギエルたちはバイコの言葉が分かるのか、三匹で話し始めた。
一方カナタはカナタで、老人の名乗りに驚いていた。
「アルバート・モルモ!?」
カナタは慌てた様子で、アイテムボックスから古びた本を引きずり出す。
「こ、ここ、この本!」
「おや、それはわしが昔自費出版したモンスター図鑑じゃないか。若気の至りで一冊だけ書いたが、流れに流れてお嬢さんの手に渡っておったのか。いやはや、恥ずかしい」
「ふぁ、ファンです! サインください!」
「お、おう? わしの名前なんぞで良ければ……」
「やったー!」
カナタがモフモフのこと以外で喜ぶ珍しい光景だった。
この【伝説の魔物使いアルバート・モルモが記したモンスター辞典(全部含めてタイトル)】はカナタが幼い頃両親に買って貰って以来、ずっと愛読してきた大切な本だ。
まさかの作者に出会えたカナタにとっては望外の喜びだった。
サインを貰ったカナタはご満悦で本を抱きしめる。
「やっぱり仲間にした魔物には愛称をつけるものですよねっ」
「うむ、その通りじゃ。カナタちゃんは分かっておるのう」
二人はすっかり意気投合した様子で、著書について語り合う。
「魔物を従えるには必ずしも戦う必要はないのじゃよ。ようは主として相応しいかを見せられれば良いのじゃ」
「なるほど、二六〇ページに書かれてあることですね」
「現に、バイコーンであるこの子は森で怪我をしているところを助けてやったら、懐いてワシの魔物になってくれたんじゃ。恩や友誼、何でも良いが、心を通わせることが肝要なのじゃ。それに魔物使いの激減した身体能力では、まともに戦って倒せるのはスライムくらいのもんじゃからのう」
「ふむふむ。なりたがる人が少ないのはデメリットが多すぎるからでしたね」
「この本には書けなかったが、ワシが世界中を旅して調べた結果、遠い昔はそうではなかったそうじゃ。魔物使いになる者は、とある神によって呪いをかけられてしまったと古い文献に書かれてあった。魔物と人が仲良くなるとその神にとってどんな不都合があったのかは知らんが、その日を境に魔物使いになる者はありとあらゆる能力が激減するハズレ職となってしまったのじゃよ。それを知ってなお、あえて魔物使いになろうとする変わり者が、ワシ以外にもおったとはのう」
「えへー。モフモフのためなら何でもしますとも」
「魔物と人は理解し合える。魔物使いはその橋渡しになれる職業だと思っておるよ。カナタちゃんには沢山の魔物たちと仲良くなってもらいたいのう」
「任せてください! 世界中のモフモフと出会ってきます!」
「ほっほっ。頼もしいのう」
胸を叩くカナタに、モルモじいさんは微笑ましく笑った。
ちなみにモフモフの意味は理解していなかった。
にこやかに談笑するふたりの魔物使いの後ろでは、二匹の魔物が厳しく声をかけていた。
『キリキリ歩け、盗賊ども!』
『悪党の末路は悲惨だぞ。覚悟しておくのだな』
「「「へ、へーい」」」
馬車の後ろに繋がれた盗賊たちが力なく答える。
特に盗賊退治の役には立っていない二匹は、幌の上から悠然と彼らを見下ろすのだった。
憧れのモルモじいさんからサインをもらい、嬉しいカナタ。
馬車に乗って村へと向かうのだが、そこで新たな問題に直面する。
新たなる問題とはいったい──
次回『盗賊たちが邪魔すぎる』