第42話 顔をはさむ
カナタが自分の仕えていた聖女とは別人と知り、ショックを受けるフェンリル。
しかし、その全てを包み込む微笑みに、かつての聖女の面影を見たフェンリルは晴れてカナタの仲間入りを果たした。
気をつけろフェンリル。その微笑みはモフモフしか包み込まないぞ。
『……フェンフェン?』
「そう、フェンフェン! 仲間にはニックネームを付けるのが魔物使いの常識なのです」
むふー、と自分の考えた名前に自信を持って言うカナタ。
それは生まれ変わる前のカナタの、しかもゲームの常識なのだが、そんなことを知らないフェンリルは苦悩するように目を閉じている。
『ふっ、無理もなかろう』
ザグギエルは自らが名付けられたときのことを思い出す。
いきなりザッくんと名付けられたときは戸惑ったものだ。
自称とは言え、相手は神狼を名乗る魔物だ。
フェンフェンなどという威厳の欠片もない名前には抵抗を覚えて当然と言えた。
『だが、この試練も超えられぬようであれば、カナタの従僕を名乗る資格はないぞ』
やはりカナタには余こそが相応しき魔物であるな、とザグギエルは頷いた。
一方フェンリルは深く瞑目したままだ。
『フェンフェンですか……』
「うん、フェンフェン!」
嬉しそうにその名を呼ぶカナタに、フェンリルはカッと目を見開いた。
あまりにふざけた名前に怒ったのだろうか。
ザグギエルはフェンリルがカナタに何かしでかさないか警戒する。
フェンリルは目を見開き、背筋をピンと伸ばし、尻尾を千切れんばかりに振った。
『畏まりました! 神狼フェンリルの名は捨てます!』
いっそ清々しいまでの潔さで、フェンリルは告げる。
『我は今日よりカナタの第一の従僕フェンフェン! 身命をカナタ様に捧げることを誓います!』
『な、なんと……! それで良いのか貴様……! フェンフェン、フェンフェンだぞ……!?』
自分はザッくんという名を与えられていながら、ザグギエルはフェンリルの潔さに戦慄した。
『いや、それより第一の従僕とは聞き捨てならん! 余こそがカナタの第一の従僕であるぞ! 貴様は二番だ、二番!』
『む、そう言えばお前は何だ。先ほどからカナタ様の周りをウロウロと……。弱そうな毛玉が、カナタ様の従僕を名乗るとは不敬だぞ』
『だから貴様も毛玉だろうが! それにこれは余の真の姿ではない!』
ザグギエルはつばきを飛ばして憤ると、カナタの肩から飛び降りる。
『力の差が見抜けぬ愚かな貴様に改めて教えてやろう。余の名はザグギエル! 戦乱の世にあった暗黒大陸を統一し、長きにわたって支配した魔王よ!』
飛び降りながら変化を解いたザグギエルが、黒い光を放ちながら姿を変える。
光が収まったとき、そこには長身の美丈夫が黒いマントを纏って立っていた。
その武威と膨大な魔力が颶風を巻き起こし、フェンリルをころころと転がした。
『ま、魔王だと!?』
『左様、貴様のような自称神狼とは違い、余は本物の魔王よ』
『ば、馬鹿な……! 魔王が何故こんなところに……!?』
『ふっ、それはカナタとの奇跡の出会いを経て、強い絆を結んだからで──』
得意げにそこまで言ったところで、ザグギエルは背後に視線を感じた。
「……じ~~~~~」
振り返れば、カナタが半眼でじっとりとした視線をこちらに向けている。
『……どうした、カナタ?』
「じ~~~~~」
『今、余は此奴に格付けをしているところなのでな。話があるのなら後で……』
「じぃ~~~~~~~~~~~っ」
『…………』
カナタの目は明らかに不満げで、それはどうやらザグギエルの名乗りに問題があるようだった。
ザグギエルは焦った様子で前を向き直り、宣言した。
『よ、余の名はザッくん! 魔王ザグギエルなどではない! カナタを慕うただ一匹の魔物よ!』
黒い毛玉猫に姿を戻し、後ろをチラリと見る。
「うふふー。ザッくんはザッくんだもんね」
どうやら正解だったようだ。
機嫌が戻ったカナタに、ザグギエルはホッと息をつく。
カナタはザグギエルの元の姿が好きではない。
好きではないというか、この毛玉の姿こそがザグギエルの正しい姿であると認識している。
前に真の姿を取り戻したときは、髪の毛に触れるまで自分がザグギエルであると認識すらしてもらえなかった。
『か、カナタ様!? いったいどういうことなのですか!? 魔王と行動を共にするなど! こやつは世界の大敵ですぞ!』
フェンリルは短い前足でザグギエルを差し、カナタに訴えかける。
『ふん、いま言ったとおりだ。余はもう魔王ではない。ただのカナタの従僕よ』
『な、なんと……!』
フェンリルはのけぞり、そして目を輝かせた。
『さすがはカナタ様です! まさか邪悪の権化たる魔王すらも改心させてしまうとは! やはりあなたこそ、真の聖女様です!』
「いいえ、魔物使いです」
カナタは言って、白黒の毛玉を抱き上げる。
「聖女だったら、こんなモフモフなことは出来なかったもんね。魔物使いで良かったぁもふもふもふもふもふもふっ!」
二匹の間に顔を突っ込み、カナタは思う存分、毛並みを味わう。
ザグギエルはサラサラとした触り心地で、きめ細かい毛並みはしっとりとした冷たさも感じる。
フェンリルはフカフカとした触り心地で、まるでタンポポの綿毛のようにふんわりと暖かい。
どっちも違って、どっちもいい。
カナタは幸せの絶頂にあった。
『ふん、まあ貴様が仲間になるのは認めてやろう。他ならぬカナタが認めているのだからな。だが、第一の従僕というのは認めん! 最初に仲間になったのは、余なのだからな!』
『出会いの順番など、たいした問題ではない。これからの働き如何によって誰が第一の従僕か分かるだろう!』
『ぐぬぬ……!』
『むぬぬ……!』
顔を突きつけてにらみ合う二匹とその間に挟まって幸せそうな笑顔を浮かべる少女という、非常に理解に苦しむ光景を見るものは誰も居なかった。
二匹が仲良くなって嬉しいカナタ(錯覚
三者は仲良く(?)森を歩くが、誰も自分の現在地を把握していなかった。
果たしてカナタたちは無事、森を抜けることが出来るのだろうか。
次回『ちょっとそこの山賊さん、道を教えてくれませんか(物理』
追記・ワンワン物語のコミカライズ版が更新されてるよ(コソッ