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第41話 白モフを命名する

自ら飛び込んできたモフモフに感動し、興奮し、暴走したカナタは、思う存分白黒モフモフを満喫するのだった。

「ふんふふふ~♪」


 思う存分、二匹のモフを吸い尽くしたカナタは、ツヤツヤになった顔に笑みを浮かべ、上機嫌で森の中を歩いて行く。


『『…………』』


 そのカナタに抱きかかえられた白黒の毛玉たちは、ぐったりと力尽きていた。


 いったい、いかなる扱いを受けたのか、二匹の毛並みはしんなりと湿っている。


『……先ほどの聖女様の行為は、いったい……?』


 未だ放心した様子で、白モフはつぶやく。


『……ふっ、知らんのか。まだまだだな、新参者』


 同じくぐったりしたまま、ザグギエルは鼻を鳴らした。


『き、貴様は知っているのか? あれが何なのか』


『知っているとも。あれは──』


『あれは?』


 食い入る白モフに、ザグギエルは得意げに言う。


『あれは──カナタの訓練よ』


『く、訓練、だと……? あれがか……?』


『そう、余を鍛え直すために、カナタはあのような特殊な訓練を唐突に課してくるのだ』


 もちろん訓練でも何でもないのだが、ザグギエルの中ではそういうことになっている。

 訓練によってザグギエルはまた新たな力を手にしたところなのだ。錯覚だが。


『あの過酷な訓練も、最初から来ると分かっていれば耐えられるのだが、不意打ちで来られると、さすがの余も疲労困憊よ。故にカナタはこう言っているのだろう。油断するな。いついかなる時でもそこが戦場であると思って備えよ、と』


『………………』


 的を射るどころか後ろを向いて矢を放つような答えに、白モフは目を見開いた。


『なるほど……!』


 なるほどではない。

 が、白モフにはそれが完璧な答えと感じたようだ。


『確かにこの疲れよう、過去の戦いでもこれほど疲弊したことはなかったかも知れない。さすがは聖女様だ! よもやこのような鍛錬法があったとは!』


『そうだろうそうだろう』


 そうだろうではない。

 が、ザグギエルは自分の主が褒められて、機嫌良く頷いた。


『カナタは凄いのだ。自慢の主なのだ』


『さすがは聖女様……! いついかなるときでもご自分のことより周りのことを気にかけて下さる……! 何千年経ってもお変わりないようだ……!』


 カナタを褒め称える言葉に、違和感を感じたザグギエルは片耳を動かした。


『……何千年だと? 何を言っている、カナタはまだ15歳──』


『はっ! こうしている場合ではなかった!』


 白い毛玉は、カナタの腕から身をよじってその場に飛び降りた。

 ぽよんと跳ねて着地したときにはカナタの前で、神妙にお座りしている。


『聖女様、先ほどは失礼をいたしました! 久方ぶりにお会いできた喜びで我を失っておりました! 本来ならば、我が迎えに参らねばならぬところを、聖女さま自らお出迎え頂き誠にありがとうございます!』


 ぺこりと頭を下げる白モフに、カナタはキューンと胸を押さえる。


「いえいえ、失礼どころか、結構なお点前で……。こちらこそありがとうございますありがとうございます」


 ナムナムと白モフのご尊顔に手を合わせるカナタ。

 お座りした白モフの可愛さに抱きしめたくなるが、今のカナタはたっぷりとモフったあとなのでやや賢者モードだ。


 カナタは改めて自己紹介をすることにした。


「わたし、カナタ! 初めまして! この子はザッくん! よろしくね!」


 カナタに抱き上げられたザグギエルは、ふんすと鼻を鳴らす。


『我が名はザグギエル。貴様がカナタの力になるとは思えぬし、カナタには余がいれば充分と思うが、それを決めるのはカナタだ。仲間になりたいというのなら、それ相応の覚悟はするのだな。余は厳しいぞ』


 ふたりの自己紹介を聞いて──白モフはショックを受けていた。


『は、初めまして……?』


「うん、初めまして!」


『そ、そんな……!?』


 白モフは愕然としたあと、よろよろとカナタの足元に歩み寄ってきて、後ろ足で立ち上がる。


『初めましてではありませぬ、聖女様! 我です! 神狼フェンリルです! 長き旅を共にした我をお忘れですか!?』


「二本足で飛び跳ねてる……! か、可愛い……!」


 必死で訴えかける白モフだが、当のカナタは別のところに注目していた。

 ぴょんこぴょんこと跳ねる白い毛玉の姿に、カナタのハートは打ち抜かれまくりだ。


『聖女様、思い出して下さい!』


「はい、思い出しますっ」


 話をちゃんと聞いていないカナタだが、モフモフが望むなら全力で応える気概だ。

 高性能な記憶力をフル回転させ、過去の記憶を呼び起こす。


『まず過去の偉業と言えば、あれがあります! アザムト帝国の圧政に苦しむ獣人たちの解放! あのときの聖女さまと言えば、何と凜々しいお姿をしていたことか!』


「え? アザムト帝国? お隣の国のことだよね? ……うーん、思い出せないかな」


『で、では、ファルクス王国で発生した飢饉を救ったときのことは!?』


「記憶に……ないですね」


『干ばつで砂漠化したファーレ大草原に雨を降らせ、多くの渇いた者たちを救ったときのことも!?』


「知らない子ですね」


『異界の邪神の尖兵を追い払ったことは!? 勇者と供に暗黒大陸の魔王を倒したことは!? さすがにあの大変な戦いは覚えておいででしょう!』


「ちょっとなに言ってるか分からないですね」


『そ、そんな……そんなぁ……』


 白モフこと神狼フェンリルは、聖女と供に成した数々の偉業を挙げるが、カナタには本当に覚えがなかった。


 魔物使いとなって以来、その記憶力の大部分をザグギエルの艶姿(モフモフ)を納めることに費やしているカナタではあるが、それ以前の記憶を掘り返してみても、そんな偉業を果たした記憶はない。


『本当に、覚えておられぬなんて……』


 耳を垂らして落ち込む子犬のような姿に、カナタはまたムラムラとしてきたが、深刻そうな様子のフェンリルに何とか落ち着きを取り戻す。


「うーん、でもやっぱり初めましてだと思うよ? そもそもわたし、聖女じゃないし……」


 選定の儀でカナタの前に啓示された職業は何千何万とあり、その中にも聖女はあった。

 しかしカナタの選んだ職業は聖女ではなく、魔物使いだ。

 この白モフはカナタのことを誰か別人と勘違いしているのだろう。


『いいえ! 我が聖女様を間違えるはずがありませぬ! この匂いは確かに聖女様のもの!』


「えっ、匂い? わたし、臭いかな……?」


『いや、カナタはいつも石鹸の良い香りがするぞ。そこの毛玉は風呂に入っていないのか、少々匂うがな』


 クンクンと自分の服を嗅ぐカナタに、ザグギエルはフォローを入れた。

 ほんの少し前まで自分が草の汁と泥にまみれた汚い毛玉であったことは棚に上げる。


『そうではありません! 聖女様だけが持つ魂の匂いです! この気高き魂の芳香を我が忘れるはずがない! 聖女様は聖女様です!』


 フェンリルは再びカナタの膝に前足を置いて、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。


「はわわわ……。尊い……尊すぎる……。こんな尊いものを見て良いの……? 課金、課金したい……」


『聖女様! 思い出して下さい! 聖女様!』


『ええい、キャンキャンとやかましい!』


 すれ違うカナタとフェンリルの間に、ザグギエルが割って入った。


『いい加減にせぬか! カナタは貴様の言う聖女ではないと言っておるだろう! 先刻も何千年と言っておったが、カナタはまだ15歳だぞ! それに貴様は知らぬだろうが、死ぬと人の魂は神の餌にされているのだ! 生まれ変わりなど存在しない! (たわ)(ごと)を抜かすな!』


『た、戯言などでは……! 信じて下さい、聖女様! 我は……!』


 神と人との関係を知るザグギエルだが、カナタが別世界から転生してきた人間であることは知らない。


 転生者であるカナタに前世の記憶はあったが、それは病院で管に繋がれてただ生きていた記憶だけだ。


 フェンリルの言う人物であった記憶は、カナタにはない。


 カナタの困った表情から、本当に自分のことを何も覚えていないのだと悟り、フェンリルはカナタから一歩下がってうなだれた。


「…………」


 カナタはフェンリルの前にしゃがんだ。


 手を伸ばして、しょんぼりと三角耳を伏せるフェンリルの頭を優しく撫でる。


「ごめんね。本当に知らないんだ。でも、あなたが嘘を言ってるなんて思ってないよ」


 自分に前世があるのだ、前世の前世があってもおかしくはない。

 魂の移動が異なる世界の間で起きるのなら、聖女の魂がカナタのいた世界に転生している可能性もゼロではない。


 カナタにはその記憶はないが、フェンリルと聖女の間にはとても大切な思い出があったのだろう。


 何千年もの間、大切な人を探し続けたフェンリルの悲しみをカナタは分かってやることは出来ない。


 それでも、こうして手を差し伸べてやることは出来る。


「わたしは聖女じゃないけど、あなたと仲良くなりたいな。一緒に色んなところを旅して、これから思い出をたくさん作ろうよ。それじゃ駄目かな……?」


 うつむいていたフェンリルは顔を上げてカナタを見た。


『……ああ、その優しい瞳は……やはり……』


 フェンリルはカナタの瞳を見て、古い記憶を鮮烈に思い出した。

 たとえ姿や名前が変わろうとも、この少女こそが、フェンリルがずっと探し求めていた聖女なのだと。


 聖女とは職業ではなく、その在りようによって呼びならわすものなのだ。

 カナタの全てを包み込むような慈愛に満ちた微笑みから、フェンリルはその確信を得た。


 決意を胸に、フェンリルはピンと三角耳を立てる。


『聖女様……いえ、カナタ様! やはり我は間違っておりませぬ! 我のことを覚えておられずとも、我がお仕えするのはあなただけです!』


「それって、わたしの仲間になってくれるってこと?」


『はい! あなたの居る場所が、我の在るべき場所です! どうか、今一度このフェンリルを従僕として下さい!』


「本当! すごく嬉しい!」


 カナタはフェンリルの申し出に、喜んで両手を広げる。

 フェンリルはその胸に躊躇なく飛び込んだ。


『必ずお役に立って見せますぞ! カナタ様!』


「うん! これからよろしくね! フェンフェン!」


『……フェンフェン?』

ついに新たな仲間モフモフをゲットしたカナタ。

カナタの名付けた愛称にフェンリルはどう反応するのだろうか。

次回『今日からフェンリルの名は捨てます!』


追記・本日4月17日、コミカライズ版『聖女さま? いいえ、通りすがりの魔物使いです!』が更新されております。漫画のズゾゾゾゾゾゾゾ回もお楽しみ下さいませー!

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『聖女さま? いいえ、通りすがりの魔物使いです!』が2020年3月10日にKADOKAWAブックスより発売されます!
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コミカライズも3月5日から配信決定!
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― 新着の感想 ―
[良い点] 吸引力の変わらないカナタさん [一言] 2匹が腎虚に……!(違)
[良い点] カナタある意味サキュバス [一言] 角川広告でかっ(笑)
[一言] ん?ファンファン大佐?(難聴)
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