第27話 ドラゴンを鎮める
人間どもに囚われたこの屈辱、絶対に許さん。
ドラゴンは怒りをあらわに、天へと咆吼する。
「に、逃げろぉぉぉっ!」
「お、押すなよ! 危ないだろ!」
「うるさい! 俺は死にたくないんだっ!」
民衆はパニックになり、将棋倒しになりながらも一斉に逃げ出した。
立ち止まったカナタの横を人々が激流のように通り過ぎていく。
『むぅ、あの目、怒りに我を忘れておる。放っておけば街は火の海になるぞ』
ザグギエルはカナタの肩でうめいた。
人間たちを助けてやる義理はないが、カナタの住む街だ。
一声命令されれば、命を張る覚悟がザグギエルにはある。
「うん、じゃあザッくん」
『ああ、今や矮小な我が身ではあるが、カナタの命とあればこのザグギエル、命を賭して止めて見せよう』
「ちゃんとしがみついててね」
『ぬ?』
残念ながら、張り切るザグギエルの出番はなかった。
肩に乗ったザグギエルの背中に手をやると、カナタは一歩を踏み出した。
押し寄せてくる民衆を風のように飛び越して、ドラゴンの前に着地する。
「な、何をやってるんだ! 食われるぞ!」
その場を逃げ出すわけにはいかないギルド職員が、震える声でカナタに警告する。
しかし、カナタは気にせずドラゴンにさらに歩み寄った。
『カナタよ、ここで倒すのか? やつは見境がなくなっている。街中で戦えば被害が出るやもしれぬぞ?』
「ううん、戦わないよ。説得してみる」
『なんと!? カナタよ、それは不可能だ! こやつは洗脳魔法を受けているとは言え、敵であるぞ! それにこのように怒り狂っていては話が通じるとは思えん!』
「大丈夫。動物と仲良くなるには、一切の恐れを捨てて、裸で向き合わなきゃいけないって。心を無にしなさいって、動物王国の偉い人も言ってた」
ザグギエルにとっては意味不明の言葉をカナタは言う。
ゆっくり歩み寄るカナタに、ドラゴンが気づいた。
「GORURURU……」
最初の獲物はお前かと、怒りに染まった瞳で見下ろす。
そして、カナタの姿を確認すると、ピタリと動きが止まった。
「おお、見ろ……!」
「ドラゴンが、動きを止めた……!」
逃げ出していた人々が、ドラゴンの変化に気づいて足を止めた。
「大丈夫、怖くない……怖くない……」
カナタは優しい笑みを浮かべて両手を広げる。
ドラゴンが襲いかかってくる様子はない。
『なんと! 本当にカナタの想いが届いたというのか……!』
ザグギエルは驚愕する。
だが、ドラゴンの様子がおかしいことにすぐ気がついた。
突然ガクガクブルブルと激しく震えだしたのだ。
「GO、GORURURURURURU……!?」
それは恐怖による震えだった。
ドラゴンの脳裏に浮かぶのは、世にも恐ろしい敗北の記憶。
いや、敗北という言葉すらなまやさしい。
あれは蹂躙だ。
何一つあらがうことが出来ず、逆鱗をむしり取られ、脳天に穴が空いたと錯覚するほどの強烈な一撃を受けた。
ドラゴンの長い生の中でも、カナタほど恐ろしい存在に出会ったことはなかった。
抑えようのないこの震えがそれを物語っている。
その小さな体に自分を遙かに超える力を内包した怪物を前にして、ドラゴンは一切の希望を捨てた。
「GO、GORURUUUN……GORURUUUN……」
せめて楽に殺してもらおうと、か細く鳴きながら頭を垂れる。
「ほらね、怖くない」
『いや、これ以上ないほど怯えておるように見えるが……』
ドラゴンの鼻先をなでるカナタに、ザグギエルが突っ込む。
同時に、固唾を呑んで様子を見守っていた民衆から歓声が上がる。
「すごい! あれほど荒れ狂っていたドラゴンを鎮めるなんて!」
「奇跡よ! 聖女の再来だわ!」
「ああ、あの慈愛に満ちた微笑み! 彼女こそ聖女に違いない!」
民衆は救世主に大歓声を送る。
ちなみに、当のカナタは『ドラゴンの鼻はなで心地が悪いなぁ……。やはりモフ度が足りない……』と思っていた。
ドラゴンを見事(恐怖で)鎮めたカナタはまたしても聖女と賞賛される!
大人しくなったドラゴンは、果たしてカナタの仲間となるのだろうか!
次回『この旅についてくるには、モフ度がたりない』






