好きな君が殺したものと愛したもの
ふと思ったので思いつくままに書きました。
なぜ、他人を殺してはいけないのだろうか。
人が死んだ。殺人事件があったようだ。別に事件当時にいたわけじゃないから、詳しい状況を知っているわけじゃない。周りの様子からするに、いわゆる「痴情の縺れ」というやつらしい。なんでも、相当大きい声で喧嘩していて、周囲に人が集まってきたあたりで男のほうが焦って逃げようとしたところ、女のほうが隠し持っていた刃物で首元をバッサリ行ったらしい。死因は出血死だそうで、救急車が来た時にはもう息がなかったそうだ。
淡々と事件の様子を語っているようだけど、僕自身はすごく動揺していると思う。なにせ、事件の当事者は僕のサークル仲間達だったのだから。しかも、男のほうはそれなりに仲が良く授業のノートを見せ合う仲だった。でも、それよりも衝撃的だったのは、刺した女のほうが男のことを好いているどころか付き合っていたことに加えて、僕の好きだった人だ、ということだと思う。特に誰かにこの気持ちを言ったことはないから、気づかれてなければ誰も知らないと思う。
当然、好きになるからにはそこそこ仲が良かったわけなのだが、彼女があいつと付き合っていることは全く知らなかった。サークル内の他のカップルは大体知っているはずだから、隠すのが本当に上手かったのだろう。サークル内での痴情の縺れの末の殺人事件ということで、警察の事情聴取とマスコミが殺到した。僕が彼女のことを好きだったと言えば、世間的にはおいしい「三角関係」になるわけで、当然僕は黙秘させてもらった。
それにしても、彼女はなぜあいつのことを殺してしまったのだろうか。警察による取り調べが行われているみたいだけど、動機とかはまだ黙秘しているみたいだ。テレビを見る限りでは何もわからない。それどころか、テレビではこの事件はお茶の間を沸かすのに丁度いいニュースらしく、ワイドショーでは連日この話題で持ちきりだ。サークル内の誰かが噂とかを言ったのか、結構近くにいた僕が知らないような、本当か嘘かも分からないようなことを流していて、それに対してコメンテーターがドヤ顔で解説している。友達にテレビを批判するやつがいるが、今だけはすごくそれに同意できる。ただ、ネットでもあることないこと議論されているから、一概にテレビ嫌いに、というわけでもないと思う。
さて、あの事件から一週間が経ったわけだが、彼女から借りている本のことを思い出してしまった。彼女とはたまに面白い本を互いに見つけてきて、互いに貸し合って読んでからそれぞれ感想等を言い合うというのが二人の間の慣習だった。今回の本はヒトとその他の生物との違い、みたいなテーマの本だった。事件の二日前に貸し借りをしたことが事件の遠因になると思うのは、僕のエゴなのだろうか。ただ、テレビで彼女の家からその本が見つかったことが報じられていて、コメンテーターがそれについてこういう一面があったのかもしれないと言っていたので、僕もそれに感化されてしまったのかもしれない。
そして、僕の手元には、彼女からの贈り物とでも言うかのように彼女から借りた本がある。あんなことがあり、彼女に返す機会を逃してしまったのだ。借りた日はレポート締め切り前だったこともあり、まだ読んでいなかったため、思い出した機会に読もうと思ったわけだ。しかし、読もうと思った矢先に、出鼻を挫かれてしまった。
本を開くと、目次のところに封筒が入っていた。僕はとても驚き、さらに少し興奮が抑えられなくなった。彼女からの手紙なんて初めてだったし、こんな事件があったときに借りた本から手紙が出てきたのだから、衝撃的だった。少し気を落ち着かせ、封筒を開くと、中身は数枚の手紙が入っていた。
恐る恐る手紙を読んでみると、彼女からのメッセージが好きだった文字で綴られていた。
「突然こんな手紙を書いてごめんね。
少し悩んでいて、相談に乗って欲しくて手紙を書かせてもらいました。
私には、好きな人がいます。ですが、その人とは違う人と現在付き合っています。お付き合いしているのは、彼から告白されて、当時は好きな人がいなかったから、付き合うことにしました。もう一年半くらい前のことになるかな。
でも、数か月前くらいから、ある人のことが気になり始めました。普段から仲良くしている人だけど、飲み会の後にしつこく絡まれているところを助けてもらってから、少しずつ気になり始めました。人って気になり始めるとそう思い込んでしまうのか、どんどんその人のことが気になってしまい、最終的にはもう、その人のことが好きで好きで、どうしようもなくなってしまいました。
そんな時、この本に出会いました。あんまり書くとネタバレになっちゃうからざっくり書くけど、人って、他の生物とは違って、言語的なコミュニケーションを取るけど、結局それは理性であって、感情自体は他の生物と大差ないんだって。
そこで、私考えちゃったんだよね。なんで動物は弱肉強食で他の動物を殺しちゃうのに、人間は殺しちゃダメなんだろうって。もちろん、殺人は法律で禁じられているからダメ、っていうのはわかるんだけど、じゃあどうして法律で禁じられているのかな? そりゃあ、殺人なんて非生産的だし、倫理的にもどうかと思うけど、だからと言って絶対悪になるのもどうかと思うんだ。
こんなこと書いてて頭のおかしい殺人狂だって思われたら嫌だし、この辺でやめておきます。つまり何が言いたいのかっていうと、なんで殺しってそんなに忌避されるのかなってこと。人ってストレスを感じたらそれを何かしらで発散するものだし、人が殺しを決意するにはそれ相応のストレスがあると思うし、そのストレスをかけた方も悪いのではないかと思います。
こんな長々と脱線してしまいました。すみません。
話を戻しますね。私がその人を好きになってから、彼と上手くいかなくなってきてしまいました。そりゃあそうですよね。カップルの片方が違う人を好きになってしまったのですから。俗に言う浮気ですね笑。
そう、私は浮気をしてしまったのです。なので、彼とそのことで相談をしてみました。ですが、結果は彼を怒らせるだけで終わってしまいました。今になって思い返してみれば、あれは私がバカでした。彼に、『好きな人ができちゃったんですけど、どうすればいいでしょうか』なんてことを付き合っている人に言うなんてさすがにバカだったと思います。
それがこれを書いている二日前のことになります。それから彼とは音沙汰なく、話をしていません。ですが、さすがに話をしなければいけないなと思い、こうして相談をさせていただいています。今更ですが、本当に急な相談ですみません。
私は、このまま彼と付き合うのがいいのでしょうか。それとも、叶うかもわからない初恋の相手を追いかけるべきなのでしょうか。
最後に、こんな長い文章を読んでくれてありがとうございます。明日この手紙をあなたに貸し出す本と一緒に渡していると思いますが、できることなら返事をもらえると嬉しいです。」
彼女からの手紙にはこう書かれていた。
手紙を読んだ僕は、しばらく何も考えられなかった。
ようやく戻ってきた思考回路では、僕のせいではないか、という自責の念がよぎっていた。
なぜ、僕はこの手紙をすぐに見つけなかったのだろうか。
なぜ、僕は彼女の助けになってあげられなかったのだろうか。
なぜ、僕は二人の関係に気づけなかったのだろうか。
なぜ、どうして、という感情だけがぐるぐると頭の中を回っていた。そうしてどのくらいの時間が経ったのだろうか。気がついたら出ていた日も傾いていた。昼ご飯も食べずにいた僕は、お腹は空いていたが、夕飯を作る気にもならず、またしばらくボーっとしていた。
ふと、彼女がなぜこの本を選び、貸してきたのかが気になり、本を読むことににした。でも、頭が回っていないのか、なかなかページは進まず、読み終わるころには日付をまたいでいた。普段なら二、三時間程度で読めてしまうはずなのだから本当に頭が回っていなかったのだろう。
読んでみた感想としては、たしかにタイトルや彼女が言っていた通り、ヒトと他の生物の違い、みたいな内容だった。でも、そこから殺人とかに考えは、少なくとも僕はいかなかった。この内容から「殺し」という単語にとんだ彼女は、少し変わっていたのだろう。もしかしたら、日ごろから鬱憤をいつの間にか溜め込んでしまっていて、それが急に飛び出してしまったのかもしれない。そうだとしたら、どうして気づいてあげられなかったのかと、また自責の念が絶えない。
最後のページをめくると、驚いたことに、手紙が貼ってあった。手紙というよりは、付箋かもしれないが、テープで淵をきれいにしっかりと張り付けられていた。
手紙にはこう書いてあった。
「追伸
私の好きな人はあなたです。」
「は?」
思わず、バカみたいな声が出た。
僕は、今度こそ頭が真っ白になった。
僕が好きな人には実は付き合っている人がいるけど、本当は僕のことが好きで、それが遠因となって彼氏とケンカして僕に相談してきていた?
なんのドラマだ、これは。いや、夢なら今すぐ覚めてほしい。
これじゃ、テレビでやっているドロドロ愛憎劇そのままじゃないか。
「ははは」
こんなの乾いた笑いしか出てこない。
感情が麻痺して泣けない。
泣いたら楽になれるだろうに。そんなことを頭の片隅で考えながら、僕は静かに膝を抱えてうずくまった。
彼女の罪は重く、すぐには出られないだろう。
それでも僕は、返ってきた君を笑顔で出迎えたいと思う。
おかえり、って。
この作品はフィクションです。
決して殺人を仄めかすものではありません。