縋る者 3
アダムに手を引かれて廊下に出る。やはり触れられる事には羞恥心を感じるが慣れるしかないのだろう。
廊下にはランプが灯されて、高そうな花瓶と美しい花が飾ってあった。
「ああ来たね。少し早いけど夕食にしようと思ってたんだ」
「お手伝いします」
「私も何かお手伝い致します」
広いリビングに通された。ふかふかのソファと暖炉がある。
ノアは部屋にはいなかった。
「手伝いなら一人で十分だよ。君は風呂に入りなさい。そんなに汚れていると気分が悪いだろう?」
「.....お言葉に甘えて」
アダムは頭を下げて部屋から出ていった。
きっと怪我をしていることに気づいていたのだろう。歩き方もぎこちなかったので体中を負傷している筈だ。
しかし自分に出来ることはない。
「じゃあ温かい物を作ろうか。久しぶりのお客様だから張り切っちゃうね」
「何を作りますか?」
「うーん。シチューにしようかな」
彼は魔法を駆使して料理を作っていた。もし使えなくなったらどうするのだろう。
そんな質問をすると、彼は虚空を見つめてしばらく考える素振りをした。
その間にも皿はひとりでに洗われ、芋の皮が剥かれていく。自分のいる必要はないのではないか。
「僕が魔法を使えなくなったら、か。考えもしなかったよ。魔法使いは自然にある魔力を使うから体力面の問題はあるにしても、無限に魔法を使えるんだ」
「無限にですか。では永遠に生きていられるのですか?」
「それは禁止されているよ。その魔法は昔誰かが作ったけれど、今はバスティリアに保管されているんだ。.....ああ、ここから森を挟んで西に行ったところにある国だよ。あそこは魔法使いを重視していてね、皇帝、つまり国の偉い人が魔法使いになった時もあったんだ」
「ではエリヤもコウテイになれますか?」
「ふふっ、どうだろうね。でもそうだな、僕が皇帝になったらノアの盗み癖を治そうか」
彼はえいと指を振って、どこからか見つけてきたパンを頬張っていたノアにたくさんのクッションを振り下ろした。
「匿ってくれ」
テーブルを囲んで夕食を頂いている時、唐突にノアが言った。
アダムは食器を置いて頭を下げる。慌てて結月も同じ動作をした。
「理由は?」
「食後にな」
「今聞いてはいけないの?」
ノアもエリヤもお互いを見ないまま会話している。
それだけの仲ということだろう。
ただ少し緊迫している気がした。
ノアはちらっとアダムを見た。
「俺は平気です。というか、隠し事はしたくありません」
「そうか」
ノアは大きく息を吐いて食器を置いた。
そして結月にも関係があるからよく聞くようにと前置きして話し出した。
「アダムはナンドン王国の第3王子だった。後継者争いで暗殺されそうだった所で俺が助けたんだ。そこからあの家でずっと暮らしてた」
彼が王子。
結月は目を見開いてアダムを見つめた。
彼は何かを堪えるように下を向いていた。
「フォルトはナンドンからの回し者だが、害はないから放っておいたんだ。ただアベラス帝国に巫女が来たんであっちも傍観者じゃいられなくなったんだろ」
「巫女、とはなんですか?なぜ巫女が来るとアダムが行かなければならないのですか?」
「それは、」
「俺が話します」
今まで黙ったままだったアダムが口を開いた。
彼はこちらに体を向ける。
「これを話すには少し昔の事も話さなくてはいけません。長くかかりますがご了承ください」