縋る者 2
暫く道無き道を歩いていると、急に視界が開けて家のような建物が見えた。
ようなというのも、蔦が生い茂り、窓ガラスは割れ、蜘蛛の巣がそこらじゅうにあるのである。これを果たして家と呼んでよいものか。
ノアは躊躇なく敷地に入り込み(不本意ながら後を追った)、辛うじてドアについていた呼び鈴を鳴らした。
廃墟にあるものにしては綺麗な音が鳴った。
ややあって家の中から物音がする。
「ノアじゃないか。久しぶりだね」
「匿ってくれ」
ドアを開けたのは優しげな雰囲気の、銀色の長い髪を後ろで無造作にまとめた男性で、ノアは有無を言わさず結月を家に押し入れた。
そして荷物を男性に渡し、何の説明もなしに走っていく。
アダムを迎えに行くのだろうか。
お世話になるらしいようなので頭を下げる。
「ユズと申します。よろしくお願いします」
「ご丁寧にどうも。僕はエリヤ、ノアの友人だよ」
彼は微笑むとドアをゆっくりと閉めた。
すると埃まみれで薄暗かった家があっという間に嘘のように綺麗になっていく。
夢を見ているのかと口を開けて呆然としていると、彼は吹き出して部屋を案内してくれた。
「魔法は初めて?」
「マホウ、ですか」
「神が与えてくださった奇跡の力、というのかな。一般的にはそう言われているよ」
部屋について荷物を置くと(家に魔法がかかっているらしく、部屋は好きなだけ広くなり多くなる)、近くの椅子に揃って座り説明してくれた。一般的に、という言葉に引っ掛かりを覚えたが、それが顔に出ていたのか取り繕うように質問される。
「君はどこから来たの?」
「ええと、自分でも分からないのです。何かのまじないに掛かって、言葉も不自由になり、記憶も定かではないのです。最近やっと話せるようになったばかりです」
言葉の覚え始めてアダムからそう教えて貰った。メローブ達と出会った後の記憶しかないと説明されていたらしい。彼等はノアの同僚だったそうだ。ただその仕事が何なのかは誰も教えてくれなかった。
彼が指を振るとグラスに入った飲み物が現れた。驚きつつ、お礼を言って受け取る。ここには魔法のようなものもあるのか。ならばそれが自分たちを呼び寄せたのだろうか。
オレンジを絞ったものだろう。
柑橘の爽やかな香りが鼻をくすぐった。
「なるほど。だからしっかりした話し方をするんだね。アダムに教わったんだろう?」
「はい。彼は誠実に教えてくれます」
「言葉を教えるのに、彼ほどの適任はいないだろう。なんといったって彼は、」
そこで玄関のドアが勢いよく開く音がした。
目の前の彼はやれやれと肩を竦めて廊下に出ていく。後を追った方が良いのだろうかと躊躇っていると、アダムがひょっこりと顔をだした。
「ここにいたんですね、よかった。怪我は?」
「私は元気です。アダムは怪我はしてないですか?」
「俺も元気です」
元気というのだから、彼の頬の傷には触れない方がいいのだろう。結月はそう思ってグラスを彼に掲げてみせた。
魔法でエリヤがくれたと言うと、彼は楽しそうに笑みをこぼした。
「凄いですよね、エリヤさんの魔法。なんであんな魔法使いがこんな辺境の地に.....ああ、田舎って意味です。魔法使いは基本的に王宮に仕えたり、都市で活動してるんです。滅多にいないんですよ。そういう力は、ええと、一族.....血の繋がりのある家族、にしか受け継がれないんです」
「アダム、大丈夫です。理解できます。彼等は類まれなる人々なのですね」
「つまりそういうことです」