港の街 4
それからは食後にアダムの言葉の授業が定着した。
子供ではないのでジェスチャーで何がしたいのかわかるが、発音が慣れないので思いの外難しい。
また、紙は貴重な物らしく、メモを取ることもできないので復習するのも簡単にはいかない。
こんなことならあの森に書けるものを置いていかなければよかったと遅い後悔。
因みにアダムの仕事は家事全般であった。食事を作り、風呂を沸かし、部屋を掃除し、買い物へ行く(時々お菓子を作ってくれる)。その合間に授業をしてくれるのだからなんて出来た人間なのだろう。
一方ノアの仕事は、結月にはよく分からない。厳つい男が家に来たかと思えば小さな少年が花を持ってやって来る。美女が人目を気にしながら訪ねたと思えば老婆が本を持ってやって来る。
そして夜遅くに出ていくこともある。
まあ触らぬ神に祟りなしというやつだ。
服はどうやらいつもアダムが贔屓にしている店の奥さんがくれたらしい。ついて行ったときにこの子がという顔をされた。そして服のセンス。若いころも変わらなかったらしい。
言語については、日常生活に支障がない程度とまではいかないが、赤ん坊くらいまでは話せるようになったと思いたい。
こそあどと疑問詞はマスターしたが、難しい言葉はまだよく分からない。食い意地がはっているので好きな食べ物は言える。
さて、そういう訳でなんとか生活しているのだが、共に森にいた女性達とは連絡が取れていない。あの森がどこの森なのか、自分は誰に連れ去られたのか。地図を見せてもらったのでここが別の世界だと悟ったが、どうして自分たちがここへ来てしまったのか。
全てが謎だらけだ。なるようになるかと楽観的に暮らしてはいるが。
それが起きたのは結月の顔が港の街の人々に覚えられてきた頃だった。