1章⑥ 覚醒する獣
吹き飛ばされた彩音は、そのまま背中から地面に打ち付けられた。
その反動で痛々しい声がホールに響く。
「グハァッ!」
そのまま、倒れた勢いでうつ伏せになる彩音。
「教えてやるよ、お前の敗因は相性だ。言ったろ、お前らを抹殺するために来たって」
そして、キメラは彩音に片手を向け、黒い球が手首辺りで回り出す。
「オレの体は、お前のような何かに変化させる魔法は効かない。やるんだったら物凄い切れ味の刀でも持って来るんだったな……まぁ、今更こんなこと言っても仕方ないよな」
そう言ってる間に、キメラの手首で回っていた黒い球が光りながら手の前へと円を描くように移動してくる。
「さぁ、これで塵になれ……」
そして、キメラの片手から大きな衝撃波が彩音に向かって放たれる。
そのまま、衝撃波に飲み込まれる彩音に、今まで恐怖で固まっていた一空が初めて大声を出した。
「彩音!!」
直後、彩音に衝撃波が直撃すると大きな音と共に煙が周囲を覆っていたが、煙が晴れて彩音がどうなったかを目を凝らして確認する一空。
「……!」
そこには、倒れながらも片手で短刀の鉄を変化させ、風で自らを守っていた彩音がいた。
「よかった……」
一空は安心して、大きく息を吐いた。
そしてキメラも彩音が、まだ生きている事を確認していた。
「防いでいたのか……」
すると彩音に向かって歩き出すキメラ。
一空はそれを見て、考えもなく体が何故か動き出していた。
向かった先は彩音の前に立ち、キメラの進行方向を防ぐように立ち塞がった。
「なんだお前? あいつより先に死にたいのか?」
「いっ……一空……」
掠れた声で目の前に立ち尽くす一空を呼ぶ彩音。
しかし、一空はキメラの前に立ち、小刻みに震えながら険しい表情で睨みつける。
一空は、なぜ立ち塞がってしまったのか、自分でも分かっていなかった。
だが、あのまま彩音を見捨てて逃げる事は出来ないという気持ちがあったのは確かだった。
そして、そこへ苦しそうに話しかける彩音。
「一空……作戦を忘れたの……」
「分かってる! ……分かっているけど! 目の前で殺されそうになる奴をやっぱり放って行けねぇよ!」
「そんな綺麗事言ってないで……早く部長を……そのままじゃ、一空も殺される……」
一空は彩音と違い、ストラップ魔法を持っていないし戦える人ではない。
だから、今の状態でキメラから破壊力のある攻撃を受けたら確実に2人共死ぬと彩音は分かっていた。
だが、それでも動こうとしない一空。
「綺麗事かもしれないが、俺は教わったんだよ。あんちゃんから、目の前で死にそうな知り合いを見捨てる事は、自分の良心もそこで死んでしまうって!」
キメラは首を傾げて聞いていた。
「助ける事ができるのなら、どんな手を使っても助け出せ! 可能性がある事は全て試せ! そうすれば必ず何かは起こる!」
一空はキメラに向かっても言い続けた。
「なんだそりゃ? それは、ただ無駄な行動じゃねぇか。圧倒的な力の前に、そんな綺麗事と無駄な行動で何か変わるわけないだろう!」
キメラは、右手の拳を一空の腹部めがけて叩き込む。
その拳を一空腹部へえぐり込む。
「ぐごっぁぁ……」
何から口から出そうになる感覚に襲われ、胃酸が逆流したのか口の中が一瞬酸っぱくなる。
そのまま殴り飛ばされる一空。
「一空!!」
彩音は殴り飛ばされる一空を見て叫ぶ。
一空は地面に倒れ込んだが、ふらふらしながらも立ち上がる。
これには、キメラも彩音も驚く。
「ただの人間が、あの一撃を食らってどうして立てる?」
キメラは疑問を口に出していた。
「日々、鍛えていたからかな……」
腹部を抑えながら少し虚ろな目で答え返す一空。
「ふざけるな! そんな事で無事でいられる訳ないだろうが!」
キメラが怒鳴り、彩音も同時にあり得ないという表情をした。
だがその瞬間、キメラが一空に視線が行ってるのを見て、彩音は態勢を前かがみにして、折れかけの短剣を手にとってまた、小さく唱えだす。
「もう1発食らっても、同じことが言えるか!」
キメラは叫びながら、一空へと足を踏み出した。
しかしそこへ、いきなり目の前に折れた短剣の先が目に入った。
次の瞬間には、キメラの両目は短剣の折れた刃で横に斬られていた。
「うぅぅぁぁぁあああーーーー!」
両目を斬られ、物凄い叫び声を上げるキメラ。
そのまま、両手で目を覆いながら後ろに下がっていく。
「あ、彩音」
「本当に……何やってんのよ……」
そう言うと、その場で全身から力が抜けるように彩音は膝から崩れを落ちた。
それを見て一空は、痛みを堪えながらも彩音へと近寄った。
「よかった、まだ死んでなくて」
「勝手に殺さないで……それより今ので時間稼ぎになるはず、今のうちに部長を……」
一空は、それを聞き彩音の片腕を首の後ろに回し立ち上げて、一緒に立ち上がって行こうとしたが、彩音は一緒に立ち上がらなかった。
「何してんだ、早く立て彩音!」
「何言ってるの? 私を抱えながらじゃ、追いつかれる……私を置いて部長の所に行って! 私なら、まだ力も使えるし部長が来るまで持ち堪えられる!」
そう言う彩音を、一空は信じなかった。
「そんな体で、対等に渡り合える訳ないだろう!」
彩音の体は誰が見ても正常ではなかった。
全身には切り傷があり、血が滲み出ていた。更に、今一空に持たれた片腕には力が入らず、動かすこともできないでいた。
そんな状態で逃げようとせず、彩音は覚悟を決めたのか今にも痛みで泣きそうな顔を出さずに、一空の腕を掴み上目遣いで話していた。
「お願い……言う事を聞いて……」
言い終わると彩音は、下を向いて掴んだ腕から手を離した。
そんな姿を目の前で見た一空は、何か言いたそうな顔をしていたが、目を閉じてグッと奥歯に力を入れて言いたいことを堪えた。
次の瞬間、大きな怒号がホール中に響き渡った。
「よくも目を潰してくれたな!! クソオンナがーーー!!!」
怒号の主は翼を大きく広げ、目を傷つけられた怒りを爆発させているキメラであった。
既に傷つけられた目は治っていたが、目の周りの傷は残っていた。
そして両手を前に突き出し、一空と彩音に向ける。
それを見た、彩音は一空に小さく呟いた。
「行って」
「……ごめん……」
その場から一空が離れて行くと彩音は、キメラの方へ視線をずらす。
「(それでいいの……分かってくれてありがとう……)」
「全力の衝撃波で消してやるーーーー!!!」
キメラの突き出した両手の周りを、全ての黒い球が光ながら回り始める。
そして、彩音は立ち上がろうとするが、足にも力が入らず膝を地面につけ、手も前についてしまう。
「(ああは言ったはけど、もうほとんど体を動かせないのよ……でも私まで行くわけにはいかない。一空は部長の元へ行ったのだから最後まで悪あがきしてやるわ)」
そう考えていると、いきなり前が影に覆われて暗くなった事に気が付き、彩音は顔を上げた。
そこには彩音を庇うように一空の背中があった。
「な……何してるの一空! さっき、私を置いて出てってたんじゃ」
「やっぱり、行けねぇよ……俺も昔、彩音みたいに自分を犠牲にした事したんだが、そん時スッゲェ怖かった。でも、ある人がこう言ってくれて、凄く嬉しかったんだ」
「え?」
「1人で解決しようとするな! 誰かを頼れ! って、そう言って貰えただけで、なんか気が楽になったんだ……綺麗事かもしれねぇが、俺がこうしたのは間違ってるとは思わねぇ!!」
「……綺麗事だよ……偽善者だよ……間違ってるよ……」
そう彩音は下を向きながらポツポツと呟くが、心の何処かでは、本当に置いていかれずに1人で『死』という恐怖に立ち向かわずに済んで、ホッとしている自分がいる事に、嫌悪感がしていた。
「オンナを庇って死んでも、カッコよくねぇんだぁよーー!!」
徐々にキメラの両手にエネルギーの様な物が溜まり、今にも解き放たれそうになっていた。
「彩音、無謀かもしれないが貰った御守りにかける!」
そう言って後ろに座り込んでいる彩音にあるものを見せた。
「それは……あの時見せたストラップ……」
一空が見せた物は、部室で1度見せた鎧の様なストラップだった。
「でもそれは、ただのストラップじゃ……まさか!」
「あぁ、彩音の考えている通りだ」
一空は自分のストラップにも魔法が宿っている事にかけた博打な行動だった。
「そんな事はないって言ったでしょ! 何考えてるの!」
そう言っている瞬間に、キメラが叫んだ!
「キィーーエェーーロォーーー!!!」
そして溜まりきったエネルギーが放たれた。
一空めがけて衝撃波が迫って来る。
彩音は目を瞑る一方、一空はある記憶を思い出していた。
――――――
一空が9歳の時。
「これ何、あんちゃん?」
「これはな、御守りだ。必ずお前の絶体絶命を救ってくれるもんだ。肌身離さず持ってろよ」
「分かったよ、あんちゃん! ありがとう!」
「いいってことよ!」
――――――
「あんちゃんから貰ったこれで、この絶対絶目を切り抜けられると信じてる!」
そして、一空の中で眠っていた獣の様な存在が目を覚まし、一空はその存在に後押しされた様に、ストラップの紐を思っ切り引っ張った。
直後、衝撃波が一空と彩音を襲い大きな爆発音が響き渡った。