1章② 世界征服の一歩を踏み込む
一空は、空いた口が閉じずにいた。
「なんだ、聞こえなかったのか? ならもう一度言ってやろう、世界征服をして見せろ!」
一空はけして、聞こえなかったわけではない。
目の前の人物が何を言っているか、すぐ理解出来なかったのだ。
また、想像もしていなかった条件を出されたことも、一つの要因でもあった。
「いやっ……世界……えっと……世界征服って言ったか?」
「あぁ、言ったぞ。それくらいのことが出来なければ、死んだ奴を生き返らせる理由にはならないからな。」
「(世界征服だと!? 何言ってんだこいつ! てか、何をもって世界征服したって言うんだよ! 意味が分からん!)」
一空は、勢いよく心の中で訴えた。
だが、閻魔を名乗る人物は一空に世界征服をさせる方向で話しを進める。
「何も一人でやれと言ってるわけじゃない、協力してくれそうな奴は紹介してやるぞ」
「(誰だよ協力してくれる奴って! そもそも、世界征服に協力する奴って絶対ヤバそうな奴らだろ! てか、なんでそんな奴と知り合いなんだよ!?)」
一空は更に心の中で叫ぶ。
「で、どうする。生き返る為に世界征服をするか?」
閻魔を名乗る人物は、一空にとっての希望を目の前にぶら下げて、再度一空の意思を確認してきた。
一空は少し考えたが、どう考えてもそんなことができるとは思えなかった。そのため、別の条件にしてもらえないか考えだす。
すると、昔ある人が自分に言っていた事をふと、思い出した。
――――――
「どんなことにだって、やってみると想像してたことと違う所が必ずある。だから、立ち止まらないで、一歩踏み込んでみるように俺はしてるぞ! それに、その方が人生を謳歌してるだろ」
――――――
一空は、そこで少し微笑み小さく呟いた。
「そうだった。あんちゃんのそういう生き方に救われたんだった……」
そして一空は、両手で頬を軽く叩くと閻魔を名乗る人物の目を真っ直ぐ見つめて高らかに宣言する。
「生き返る為だったらな、世界征服ぐらいやってやるよ! どうなっても知らねぇからな!」
「そうか、そうか。やるか世界征服!」
閻魔を名乗る人物はその言葉を待っていたように笑いながら頷いた。
すると、閻魔を名乗る人物は、一空が同意した条件にとって衝撃の一言を放つ。
「あ、言い忘れたが期限は1年な」
「……ハァ!?」
元々、無謀な条件を1年という短い期間でやれと後出しで言われ、一空は声を大きく張り上げ叫んだ。
「いやいやいやいや!!! 何で1年だけなんだよ!? お前、俺を生き返らせる気がないんだろう!!」
一空は閻魔を名乗る人物に当然の質問をぶつけると、閻魔を名乗る人物は腕を組み答えた。
「そもそも前提として、お前はもう死んでいて、魂だけみたいな状態なんだぞ。それを生きた体にさせたとしても、保てるのが1年だからそう言ってんだ。」
その言葉を聞き、一空はすぐ反論する。
「そう言う事は、先に言えよ。1年で世界征服なんて無理過ぎるだろ!」
「もう、契約は成立してるので、変更はできませーん」
「……うぅぅ」
「それに、何度も言うが、死んだ奴を生き返らせるのは禁忌だし、私だってリスクがあるんだぞ! と言うか、もう既にこの世界に1年いられるようにしたんだぞ。もう少し、私を敬え」
一空は、閻魔を名乗る人物の少し子供っぽい言い方に反論しようとしたが、その後の言葉に引っかかり反論せずに聞き返していた。
「ん、既にこの世界に1年いられるようにした?」
「そうだ。そもそも、契約成立した時点でお前に、私から1年の寿命を分けている。もし、契約を達成しようがいまいが、1年は自由に生きられるってことだ」
「……えっ、どう言うこと?」
一空の理解が追い付かず少し沈黙の後、閻魔を名乗る人物が口を開く。
「お前の今の状態は魂とさっき言ったろ。いわゆるオバケの状態だ。基本その状態では、誰にも認識されない。だが、私の寿命を1年分けることで、オバケの状態でも生きた人間と同じように寿命分生きられるようにしたということだ。」
さらりと重要な事を話す閻魔を名乗る人物に驚きを隠せない一空。
「じゃあ、今の俺は生き返ってるのか?」
「正確に言うと、生き返ってはない。寿命を持った事で、生きているように認識させているだけだ」
そこで、一空は自身の状態を改めて把握した。
「ちなみに、痛覚とかも普通に感じるぞ。オバケだからって、無理ができるわけじゃないからな!」
と、閻魔を名乗る人物は釘をさした。
一空は、咄嗟に胸に手を当てて心臓の鼓動を確認した。
「……心臓が脈打ってる……」
改めて生き返ってないが、心臓が動いて生きていることを噛み締めた。
「それじゃ、改めて契約を結ぼうか」
閻魔を名乗る人物は自分が出した条件内容を一空へ向けて再び宣言する。
「万城一空! お前は私と1年で世界征服をする契約を交わし同意した。達成の暁には、お前を生き返らせる事をここに誓おう」
宣言が終わると、周囲に魔法陣の様な模様が一瞬現れる。だが、すぐに消えてしまう。
「そうだ。そう言えばさっき、契約を達成しようがしまいが的な事を言っていたが、あれは……」
「そのままの意味だ。世界征服の為の1年を渡しが、それを使うのはおまえ自身だ。どう使うかは、お前が決めていい、決して世界征服を強制はしない。言ったろ、無理難題だって」
「それは、つまり生き返らせる気はないってことか」
「そうは言ってない。もし、世界征服ができた時には完全に生き返らせてやる。その契約は先ほど済ませたしな。だが、どうしようもない壁を前に心が折れることもあるだろ? だから、強制はしないと言ったんだ。その時は余生を楽しむといい。寿命が尽きた際には、自動的にあの世に来るようになっているから、心配するな」
一空はこの時、閻魔を名乗る人物の手のひらで転がされていると感じた。しかし、もう反論することはなく、一つの決心をしていた。
「そっちこそ、覚悟しとけよ。俺が絶対に世界征服をやってやるからな!」
「威勢がいいじゃないか。楽しみに見させてもらうよ。それじゃ、最後に君の世界征服に協力してくれそうな奴を紹介しておこう」
そう言うと、何処からともなく4つ折りされた紙を出し一空に渡した。
「その紙に協力してくれそうな奴の場所を書いておいた。まずは、そこに行くのがいいだろう」
「(何で紙? あと言い方が、ゲームで言われてそうな言葉だな)」
閻魔を名乗る人物から紙を受け取ると、一空の真後ろに黒く丸いゲートが突然出現した。
一空はそんなことに気づかず、渡された紙の中身を見て驚く。
閻魔を名乗る人物に確認しようとし、顔を上げる。
「おい、これって……」
その時だった自分の体が後ろに倒れて行く事を感じた。
それは、閻魔を名乗る人物が両手で一空を突き飛ばす様に押されていたためだった。
そして最後に、笑顔いっぱいで閻魔を名乗る人物が言い放った。
「じゃあ! 期待してるからな、オバケの世界征服!」
「ちょっと、待て!!」
その言葉を最後に、一空は黒く丸いゲートに飲み込まれてしまう。
そして、一空を飲み込んだゲートは徐々に小さくなり、最後には消えて無くなった。
それを見届けた閻魔を名乗る人物は、独り言を呟いた。
「あんちゃんか……まさか、この運命にまた大きく関わってくるとはな……」
――――――
黒く丸いゲートが道の上に突如出現する。
そこから一空の背中が現れ、黒く丸いゲートから吐き出される様に、硬いコンクリートの道の上に投げ出される。
その直後、黒く丸いゲートはすぐに消滅する。
「痛ってぇぇ……」
一空は上半身を起こし辺りを見回すと、そこには見慣れた建物があった。
「ここ、学園の正門前じゃねぇか」
何故こんな所に飛ばされたのかは、ある程度理解していた。
それは、閻魔を名乗る人物に渡された紙のメモが理由であった。
「何で俺が通ってる学園の名前を書いてるのか聞く前に、こんなことしやがって」
文句を言いながら立ち上がり、服を叩きゴミを落とす動作をする。
「文句言ってても仕方がない。まずは、この紙に書かれた事を解読するしかないが……どういう意味なんだ?」
そう呟きながら、渡された紙の内容を読み直した。
――――――
十色学園へ行け
世界征服をする者がそこにいる
部を束ねる長であり、共に進む仲間となるだろう
特徴は髪が長く、上着を肩にかけてなびかせている
だが、けして撃たれてはならない
by閻魔
――――――
「……最後の撃たれてはならないが分からん。そもそも、学校にそんな特徴した奴なんていたかな? まぁ、この学園に協力者がいる事は分かった」
そして、読んでいた紙をポケットに押し込んだ。
「とりあえず、探してみるか。何故か正門ももう開いているし、あの閻魔がここに飛ばすって事は、今ここにいるって事なんだろうしな。あと、さっきのゲートは何なんだ……」
疑問が残りながらも、一空は前に一歩踏み出し学園に入って行く。
――――――
1年通い慣れた学園だが、今は誰もいないのか静かで、床と靴が擦れた音だけが周囲に響く。
誰かいそうな職員室にも誰もおらず、部活も行われていなかった。
学園自体は、明日が入学式の予定であり、誰にも会えないのが変だと思っていながらも、早朝の為だと勝手に判断していた。
「ふぅ〜〜……結構歩き回ったが誰もないな。ちょっとここで、休憩するか」
教室や部室や資材部屋など、行った事がある所を回ったが誰にも会えず疲れた一空は、階段に座り込んでいた。
「やっぱり朝早すぎて誰もいないだけなのか? にしては、いなさすぎる気もするんだが……」
誰もいない事を時間のせいにしていたが、さすがに少しおかしいと思いながらもこの後どうするか考えていた。
そこへ自分以外の足音が聞こえてきた。
その足音は、こちらに徐々に近づいて来ていた。
一空は、足音が近づいていたので目の前を通ると思い、その場に座りながら待った。
そして、一空の前に足音の人物が通りかかる。
「あの……」
そう、一空が語りかける。
その声を聞き取り、足音の人物がこちらを向く。
一空はその人物の正体が、見た目ですぐ分かった。
何故なら、この学園の制服を着ており、少し胸に膨らみがあり、髪は後ろでまとめてポニーテールが特徴的な女子だったからだ。
そして、何故か腰の後ろに横向きに帯刀をしていた。
ポニーテールで帯刀している女子は、呼び止められたことに驚きながらも一空を見て、口を開いた。
「あなた、何でこんな所にいるの?」
その質問に一空はすぐに答えた。
「やっと同じ生徒に合えた。急にすまないが、ある人を探しているんだ。特徴を言うから知ってたらいんで、教えてくれないか?」
そう言うとポケットから押し込んだ紙を取り出す一空だったが、帯刀ポニーテール女子から衝撃的な答えが返って来る。
「貴方は、すぐあの世に行くべきよ……だって死んでいるのだから」
「え? 何言ってんだ。俺が死んでる? 死んでたら、こうしてあんたと話せないだろうが。つまり、あんたと話してる俺は死んではいない。だろ?」
一空は自身の状態を簡単に言い当てられたことへの動揺を隠しながらも、帯刀ポニーテール女子に言い返す。
だが、帯刀ポニーテール女子は更に詰め寄ってくる。
「何で死んでたら、私と話せないんだ? 私だって死んでいるかもしれないだろ? それに、貴方の手が少し震えているぞ?」
「おっ、お前がいきなり変な事を言うからだよ!」
冷静に帯刀ポニーテール女子は言葉を投げかけてくる一方で、苦し紛れに一空はその問いかけに答えた。
「何にしろ、貴方をここに居させるわけにはいかない」
そう言うと、帯刀ポニーテール女子は腰につけた帯刀の持ち手に右手をかける。
そして、奥に腕を伸ばしていき、鞘から刃の部分が見え始める。
一空は、帯刀ポニーテール女子は冗談じゃなく本当に斬りかかって来ると感じ、咄嗟に自分の目的を早口で話し出す。
「俺はただある人を探してるだけなんだ! この紙に書いてある人を!」
それを聞いても、帯刀ポニーテール女子の動きは止まらない。
鞘から刀を抜ききり、そのまま一空目掛けて斬りかかった。
それを目にした一空は、動きを止めたままならばまた死ぬと直感で理解し、目を瞑りながら、刀が来る方とは逆の方に顔を避けながら、言葉を発し続けた。
「俺は世界征服に協力してくれる奴を探してるんだ!」
それを聞いた途端に、帯刀ポニーテール女子の動きがその場で止まった。
「それ、どう言う意味?」
今にも斬りかかりそうな状態のまま、一空へと問いかける。
一空は瞑っていた目を開き、持っていた紙を帯刀ポニーテール女子に押し付ける様に見せつけた。
目の前に出された紙を受け取り読み終えると、一空に向けていた刀を元の鞘に戻し始めた。
刀を鞘へ戻し終えると睨みつけるように問いかける。
「(……助かった?)」
「貴方、何者なの?」
「俺は、この学園の生徒だよ……」
帯刀ポニーテール女子は、一空から取った紙切れをもう一度見直すと、その場で振り返り来た道を戻り始めた。
「えっ……どこに行くの? それと、その紙」
すると、帯刀ポニーテール女子は立ち止まりポニーテールをなびかせて、一空の方を振り返った。
「とりあえず、ついて来て」
その言葉に一空は少しためらいながらも、小走りで帯刀ポニーテール女子の後を追いかけた。
――――――
付いていく道中は何も話す事なく、無言で帯刀ポニーテール女子の後を付いて歩いた。
何度か廊下を曲がり、部室が連なる廊下を超えた先のとある部屋の前で帯刀ポニーテール女子は止まった。
「ここよ」
と、小さく一空に向かって話す。
「こ、ここは……」
そう言いながら部屋の名前を確認した。
部屋の名前はドアの枠の上にプレートが置かれており、そのプレートに記載されていた。
そこに書かれていた名前に一空は驚いた。
「……世界征服部?」