1章① 潰れるトマト
まだ、朝日が昇っていない早朝の時間帯。
少年は参道脇の道を歩きながら、大きな背伸びをした。
「うぅーーーーん……気持ちいいな〜」
そう独り言を言いながら、桜が咲く道を歩く。
左に桜並木が続き、右は道路だが、時間帯のせいもあるのか全く車の影はない。
「この時間は静かでいいな、でももうすぐ日が登りそうだな」
桜並木の隙間から朝日が差し込みだす。
少年は、そのまま坂道を登り続けると目的の場所に辿り着く。
そこは、見晴台になっており、中央にベンチが1つだけある場所。少年は、そのベンチに座り朝日が完全に昇るのを待ちながら休憩する。
「いい運動になるが、やっぱり坂道は疲れるな……さて、もうすぐかな?」
少年は立ち上がると、腰のあたりまである柵へ手を付き朝日に照らされる街を一望する。
「やっぱりここが、いっっちばんいい場所だな!! この街に来て7年経つが、ここから見る景色はいつ見てもいいな」
そして、その美しい景色を堪能する少年の名は、万城 一空。
来月4月に高校2年になる男子生徒だ。
「さて、そろそろ帰るか!」
一空は、少しだけ名残惜しいような表情をしながら来た道を戻り始めた。
帰り道も来た時と同様に静寂が続いていた。
桜を見上げながら歩いていると、突如この静寂を打ち破るある音が響き渡った。
『キキィーーーーーー!!』
硬いゴムと硬いゴムを強く擦り合わせた時のような音が響いて来た。
「なんだ!?」
一空は、突然響き渡った聞きなれない音に驚き、辺りを見回す。
しかし、周りに音の発信源となるものが見つからなかった。
「あんな音、よくここに来てるが初めて聞くぞ……」
そう言いながら、その場で立ち止まり音の発信源を探してた。
その時、後方から同じ音が再度響き渡る。
「!!」
一空は音の方へと振り返ると、目を大きく見開いた。
視界に入ってきたのは、蛇行をする大きな1台のトラックだった。
更に、そのトラックは猛スピードで一空目掛けて近づいて来ていたのだ。
一空はとっさに右に体重を乗せ、道路側へ大きく飛び込むように飛ぶ。
その直後、元いた場所の後ろのガードレールにトラックが突っ込んだ。
受け身を取った一空は、すぐに後ろ振り返った。
「ハァッー……ハァッー……ハァー……」
息を切らしながら、ガードレールに突っ込んで止まったトラックを見つめる。
「……とりあえず、すぐに警察に連絡だな」
ズボンの右ポケットから携帯を取り出し警察に連絡をしようとする。
だが、その手が震えて上手く操作ができない。
「くそっ! ただ電話するだけだぞ俺! 冷静になれ!」
死を目の前で感じたことから、無意識に体が震えていたのだ。
一空は声に出して行動を起こそうとしていたが、体の震えが止まらず動くことすらままならなった。
そんな一空に追い打ちをかけるような出来事が起こる。
『ギギギィーーーーーーーー』
重さに耐えきれず何かが倒れてくる音。
そして、徐々に一空が手にしていた携帯が影に覆われ始める。
それに気づき、咄嗟に一空は顔を上げる。
するとそこには、トラックが自分めがけてゆっくりと倒れて来ている所だった。
「いやっ……ちょっ……!!」
だが、気づいた時には、もう遅かった。
そのまま一空の上にトラックが覆い被さると、トマトを潰した時のような音が、静寂な空間に一瞬だけ響くのだった。
――――――
次に一空が目を覚まして見た景色は、青く広がる空と桜の花びらが舞い散っている景色だった。
「あ〜ここが天国か?」
そう呟いた。
だが、直後に激しい頭痛が一空を襲う。
頭を抱え、うずくまると時間が経つにつれ、痛みが引いていった。
「やっと、頭痛が引いた……なんだったんだ」
そう呟き、仰向きになっていた体を起こし胡座をかいた。
少し頭を左右に振り、ふと後ろを振り返る。
すると、そこに飛び込んでいた景色に顔が青ざめた。
「あっ……あれは……さっきのトラック……」
自分の目を疑ったが、見間違えることはなかった。
何故なら、轢かれそうになり最後に自分が潰されたトラックなのだから、見間違えることの方がおかしい。
「……」
頭の中で整理しよとしたが、そんなことができることもなく、ただそれを眺め沈黙が続いた。
そして小さく呟いた。
「……俺……本当に死んだのか?」
何かを確認するかのように立ち上がり、トラックの側に向かおうとした。
その時、後ろから言葉をかけられる。
「そうだ、お前は死んだんだよ」
いきなり声をかけられ、体がビクッとしたが、誰の声だか確認する為、一空は恐る恐る振り返った。
「だっ……誰です……か?」
少し歯切れが悪くなった声で一空が質問する。
「私か? 私は……閻魔だ。聞いたことがあるだろう、閻魔大王だよ」
一空の目の前にいる方が、質問にそう答える。
口周りに白い髭が生えており、顎髭は喉仏程まである。
頭には王冠のような帽子に服装は、閻魔大王と聞いて、イメージできる服をそのまま着ていた。
一空は、その服装に先程驚いて歯切れが悪かったのだ。
「……」
「……」
両者とも何故か沈黙が続いた。
しかし、その沈黙を破ったのは、閻魔と名乗る人物だった。
「万城一空よ、お前は先程トラックの下敷きになって短きその一生を終えた。このまま私について来なさい。私があの世に送ってやろう」
淡々と少し言い慣れていないのか、少したどたどしく一空は聞こえた。
だが一空は、相手の話を聞かず質問をする。
「本当に俺は死んだのか? 本当に死んでいるならこの状態はなんなんだ?」
少し早口になりながら質問した。
一空は、自分の状態を知るであろう人物が現れたため、今の疑問をそのままぶつけていた。
すると、閻魔を名乗る人物は目を瞑った。
「ハァァ〜〜〜」
大きく深いため息を漏らす。
そして左手で自慢の顎髭を触りながら、眉間にシワを寄せて話し出した。
「またか! なんで死んだやつは、そういう質問をする奴が多いんだ。少しはすぐ受け入れる奴がいてもいいだろ!」
愚痴のように一空に向けて発した。
「だいたいな、この閻魔が死んだと言っているのだから死んでるんだよ。お前も自分が死んでいることは分かっていながら、認めたくないだけだろ!」
「そ、それは……」
図星を突かれたように回答に困る一空。
「お前がなんと言おうと、お前は死んだんだ! 大人しく私に着いて来い!」
最後は少しイラついたように口調が強くなった。
閻魔らしき人物は振り返り、右手で正面に出し丸いゲートのようなものを目の前に突然出現させた。
一空は少し間黙っていたが、何かを決意したかのように口を開く。
「俺は……俺はあんたについてはいかない!」
閻魔らしき人物は、その言葉を聞きピタッと動きが止まる。
そして、顔を左にゆっくりと回し一空を見下しながら冷たくドスの効いた声で一言放った。
「あ゙ぁ!?」
その威圧的な言葉に怯むことなく一空は続ける。
「あんたになんと言われようと、俺はあんたについて行かないと言ったんだ!」
最後まで言い切ると同時に、更に威圧してくるように閻魔を名乗る人物は一空へ近づきだす。
「それは困ったな……それじゃあ、お前は死んだ状態でこの世に留まるというのか?」
体を正面に向け、一空より背が高い為、見下す形で質問し返した。
「どんな状態だとしてもここに残る! 俺はまだ約束を果たしてないんだ! その約束を果たすまではあの世にだって行けねんだ!」
一空はここに残る理由を宣言する。
さらに続けて、閻魔と名乗る人物に図々しく要求をした。
「お前が本当に閻魔と言うのならば、俺を生き返らせることぐらいできるだろ?」
少し口が引きつりながらも一空は閻魔を名乗る人物の目を真っすぐ見て言い切る。
それを最後まで聞いた閻魔を名乗る人物は、どこからか扇子を取り出し、右手で一空に突きつけた。
「なんと強欲な奴だ。私に向かって生き返させろとまで言うとは……」
閻魔を名乗る人物は鋭い目で一空を睨み続ける。
一空はその睨みに冷や汗が出る。
その汗は頬を辿り、顎に流れ、水滴となり地面に落ちていった。
そして、再び閻魔を名乗る人物が口を開く。
「お前など生き返らせるはずがないだろう! たった、十数年生きた奴を生き返らせて何の得になる? これ以上反抗する場合は、ここでお前を消すことになる。消すというのは、お前という魂はここで無くなることを意味するぞ」
そして、突きつけた扇子を下げ、左手を一空に差し出した。
「だが、ここで私に付いて来れば来世も保証されるぞ。お前の言ったやりたい事も、来世で出来るよう特別に記憶を引き継いでやろう」
最後は、今まで話していた口調より優しい口調で伝えた。
一空は差し出された手を見て、閻魔と名乗る人物の目を見た。
そして、目をつぶり軽く左右に首を振った。
「それじゃ意味がないんだ、この体でないと……あの約束は果たせないんだ……だから、この俺を生き返らしてくれ!」
一空は、少し微笑みながら左手を胸において、自分の意思を伝える。
閻魔を名乗る人物は、少し唖然としていた。
だが、すぐに元の険しい表情に戻る。
「そうか……反抗するというのだな」
差し出した左手も下げ、少し俯く閻魔を名乗る人物。
一空は、その間に更に訴えた。
「お前が俺を消そうとするならば、俺は全力でお前と戦う! そして、どんな手段を使っても必ず生き返らせてもらう!」
そう話すと、一空はゆっくりと戦闘態勢をとる。
閻魔を名乗る人物はその言葉を聞き、俯いていた顔を上げる。
「私と戦う? それに勝つだと? フッ……馬鹿馬鹿しい、もう説得は無用だな……」
そうして、右手に持った扇子を再度一空へと向ける。
「……本当にお前は、その約束とやらを果たす為だけに私と戦うのだな?」
再度確認するように、一空に向かい質問する。
一空は躊躇うこともなく、二つ返事のように高らかに答えた。
「もちろんだ!」
その返答に納得したかのように小さく話した。
「分かった……」
と、次の瞬間、一空と閻魔を名乗る人物の間にあった多少の距離を一気に詰め、扇子が一空のおでこに押し付けられていた。
「!?」
一空はいきなり扇子を当てられたことに驚く。
そして、閻魔を名乗る人物が距離を詰めて来ていたことに、そこで初めて気付くのだった。
「(ヤバイ! このまま消される!)」
そう、瞬時に思った一空だったが、体がその思考について来れるはずもなく、硬直していた。
そして、閻魔を名乗る人物は大きく息を吸うと、大きな笑い声が辺り一帯に響き渡った。
一空は響渡った笑い声に驚き、鳩が豆鉄砲食らったような顔をして立ち尽くしていた。
「アハァーハハハハハッァ!! ッゲホッゲホ……」
最後は咳き込むほど大きい笑い声が響いた。
「なっ……何笑ってんだよ?」
閻魔を名乗る人物は、突きつけていた扇子を自分の口元まで持って来て、軽い感じで答えた。
「いや〜すまん、すまん」
先程まで、存在を消すなどと威圧してきていた人物が、いきなり笑いだした為、一空は余計に今がどういう状態なのか分からなくなっていた。
「何か言いたそうな顔だな? 情緒不安定だと思ったか? まあそう思われても仕方ないわな」
閻魔を名乗る人物は自虐するように話すと、どうして笑ったのかを話し始める。
「いやな、ここまで歯向かって来るやつは初めて出会って、それに少しムキになった自分が改めて考えたら面白くってな……」
まさか、自分行動を振り返って思い出し笑いをしていたのだと思いもよらなかった一空は、顔が引きつった。
「いや〜久しぶり笑ったわ! 私を笑わしてくれたお前に、ちょっとした提案をしてやろう」
一空は、その言葉にすぐ食いついた!
「てっ、提案ってのはまさか、生き返らせてくれるのか!?」
一空は勝手に、閻魔を名乗る人物の提案は自分の願いを叶えてくれるものだと思ってしまい口にしていた。
「それは、無理だ」
一空の願いはすぐ一刀両断された。
だが、閻魔を名乗る人物は続けて話す。
「だが……お前が、私が出す難題を達成できるのであれば考えてやってもいい……」
その言葉に、また一空はすぐに食いつく。
「やるよ! どんな難題だってやってやるよ!」
一空は何の根拠もなく、即答していた。
この時の一空は、冷静に判断などできていなかった。
今まで見えなかった希望がいきなり目の前に現れたものだから、どうやっても必ず掴み取ろうとしての行動だった。
「ホォ〜〜、言うではないか。なら私が出す条件を達成できるのであれば、お前を本当に生き返らせてやろう!」
そう、閻魔を名乗る人物は言い切った。
「言ったな閻魔ヤロウ! どんな条件だか知らないが、すぐ達成してやるよ!」
「私に反抗しただけあって威勢はいいな! では、私が出す条件はだな……」
閻魔を名乗る人物は、少しそこで溜めを作る。
一空はその瞬間をソワソワしながら待ち、その瞬間がやって来る。
「世界征服をして見せろ!」
「……ハァ?」