6章㉖ 爪の恐怖
「(コイツが『爪』。京介と同じ『牙』と対等な位)」
「おや、思っていたよりあまり驚かないな。もしかして、別の奴に会ってる?」
『爪』は腕を組んで首を傾げていた。
すぐに攻めてこない『爪』を見て、東堂が一空達に口を開いた。
「アイツが本当に獣王の幹部の1人なら、ここで全員で戦うより先に進む事を優先すべきだ」
「何でだ!ここで倒す方がいいだろ。あっちは1人でこっちは複数いるんだぞ!」
仁が東堂に訴えかける。
だが、東堂は揺るがなかった。
「ここに来た目的を忘れるな!俺達は、彩音君に会いに来たんだろ!アイツらを倒しに来たんじゃない!」
「っ!」
その言葉に仁は気付かされた。
自分が少なからず獣王への恨みを晴らす事を優先していた事に。
「だから、ここは俺が受け持つ、お前達は先に行け。幹部を名乗る奴がここにいるくらいだ、あの建物も近いはずだ」
「東堂さん....」
「行けお前ら!」
一空が東堂の決断を受け入れて皆と右側の森へ動き出そうとした時だった。
『爪』がその動きに反応して、姿勢を低くして再び突っ込んで来た。
「行かせるわけないだろ!」
『ギィン!』
再び金属音が響き渡る。
「それはこっちのセリフだ!爪野郎!」
「いい〜ね〜....でも、俺だけ見ててもいいのかな?」
「?」
東堂が『爪』の腕を弾き飛ばして一空達の方を見ると一空達が森の前で立ち止まっていた。
するとその森の奥から見覚えがある人間が現れた。
「何!?」
「どういう事だ!?」
東堂は、一空達に続いて驚き目を疑っていた。
その目に映ったのは、先程東堂の目の前にいた『爪』であった。
「お〜やっと来たか。何処行ってたんだよ?」
「それは、こっちのセリフですよ。貴方こそ勝手に行かないで下さい!」
この場に『爪』が2人いる事に一空達は困惑していた。
「何でもう1人いるんだ!?」
「(2人だと?どうなってる、『爪』は2人いるのか?)」
一空達はそのまま下がり、東堂の方へと戻る。
「おい、御神楽『爪』ってのは2人いるのか?」
「そこまでは分からない。だが、現状2人いるなら、そういう事なんだろ」
一空と仁が攻撃態勢を取ると、後方の森から声が聞こえて来た。
それに気付き、一空達が顔を向けるとそこから想像もしていない人物が現れた。
「こっちにいたか。ここの森は広くて困る、目印をもっと増やすべきだな」
左の森からそう言って現れたのは、3人目の『爪』だった。
「おいおい、どうなんてんだよ....」
「3人目だと....」
「同じ人間が3人」
一空と仁が動揺し始めると、翡翠が口を開いた。
「何動揺してるんですか。やる事は簡単でしょ、全員でここを切り抜ける事でしょう!」
すると翡翠に続いて桃瀬達も武器を取り出した。
「そうですよ!私達もいるんです、ただのお荷物じゃないんですから!」
双葉と楯守も桃瀬の意見に頷く。
「こうなっては仕方ないな。全員でやるぞ!俺は前方のを。万城君と御神楽は、右方のを。伍代君と桃瀬君、楯守君、双葉君で左方を。それぞれ各個撃破で行くぞ!」
「おぉっ!!」
東堂の指示で一空達はそれぞれ目の前にいる『爪』に意識を向ける。
「おぅおぅ、立ち向かうかコイツら」
「コイツらが侵入者ですか。だったら殺すしかないですね」
「おっ、早速戦闘か。ラッキー!」
3人の『爪』がそれぞれに鉤爪を装着し、戦闘態勢になる。
そしてそれぞれの戦闘が始まる。
一番先に動きだしたのは、東堂の目の前に居る『爪』だった。
一瞬で東堂の懐に飛び込み、斬りあげる様に鉤爪を振り上げた。しかし、東堂は体をのけ反りかわす。そのまま東堂は剣を振り下ろす。
『ギィン!』
東堂は剣を止められるが、止まる事なく右足蹴りを『爪』の顔面目掛けて振り抜く。
「っ!」
だが、東堂の右蹴りは両腕で防がられるがそのまま吹き飛ばされる。
「ぐぅっ!」
飛ばされた直後『爪』が顔を上げると正面に東堂が剣先が迫っていた。
「なっ!?」
咄嗟に右腕の鉤爪で剣先を挟み押し出しかわす。『爪』が一安心した瞬間、右頬に東堂の蹴りがめり込み後方の木の幹へ吹き飛ばされる。
「ガハッ!....」
そのまま背中から打ち付けられ、地面へと落ちて気を失う。
「(思っていたより手応えがないな)」
そう東堂が感じた直後、右方から大きく木が倒れる音が響いた。
ーーーー
東堂の正面にいた『爪』が動きだした直後に、一空達の正面にいた『爪』は挑発する様に、鉤爪で引き寄せる動きをした。
「さぁ、かかって来なさい。苦しみながら殺してあげますよ」
「これ、挑発されてるのか?なぁ、御神楽」
「そうみたいだぞ、万城。流石幹部だな、自信満々だぞ」
一空と仁は、『爪』の挑発に乗らず冷静に話していた。
「なら、その鼻っ柱折ってやらないとな!」
一空はそう言って『爪』目掛けて突っ込み顔面目掛けて右腕を振り抜いた。しかし、その攻撃は『爪』がすぐさま後退した事で空振りに終わり、『爪』は森の奥へと入るがすぐさま仁が距離をつめ木刀を振るう。
「ハァァァッ!」
『コンッ!』
直後乾いた音が響く。仁の攻撃が『爪』が鉤爪で斬り落とした木に当たっていた。
「くっ!」
「何やってんだ、御神楽!」
そう言いながら一空は、『爪』の真横から拳を振り抜くが『爪』は近くの木に鉤爪を引っ掛けて、飛び上がり一空の攻撃をかわす。一空の拳は木に直撃すると、大きな音を立て倒れ始めた。
『爪』は、空中で別の木へと移り一瞬で一空の背後を取り、両手の鉤爪で挟むように振り始める。
『ゴギィッ!』
「ぐぅっ!?」
鈍い音と共に『爪』の横っ腹に仁が突き出した木刀がめり込んでおり、体が押し出される。そのまま体勢が崩れた『爪』に一空が振り返り、顔面目掛け真下に拳を振り抜き叩きつけた。『爪』はそのまま地面に強く叩きつけられ、気を失う。
「【獣王】の幹部ってのは、こんなにあっさり倒せるもんなのか?」
「俺に聞かれても困るな。だが、京介が同じ地位にいたと考えて比べると手応えがないな」
一空の問いかけに仁が『爪』を見下ろしながら答えた。
ーーーー
一空と仁が『爪』を追って森へ入った直後、翡翠と桃瀬、楯守、双葉の前に現れた『爪』が近付き始めた。
「ごちゃごちゃ考えるより、目の前敵を消すってのが分かりやすいよなぁ!!」
翡翠達の前にいた『爪』は大きな声を出して翡翠達を威圧した。そのまま緩急つけずに低い姿勢で翡翠目掛けて突っ込んで来た。
突っ込んで来た『爪』は鉤爪先を地面につけ引きずる様に翡翠へ近付くが、翡翠は牽制する様に槍を真横に振り抜いた。だが、『爪』は翡翠の動きを先読みし足でブレーキを掛けて勢いを落とすと、引きずっていた鉤爪を翡翠目掛けて振り上げた。
その瞬間、地面の砂が舞い上がり翡翠の視界を奪い瞳を閉じさせた。そして途中で『爪』を見失った翡翠の槍は空を斬り、タイミングをズラして『爪』が砂埃の中を突っ込み両腕の鉤爪を体を右に捻った状態から斜め左下へと振り抜いた。
『ガンッ!』
だが、『爪』の攻撃は何かに弾かれてしまう。弾かれたと同時に後方へ一旦下り、正体を確認した。
「なんだ?」
砂埃が晴れると、翡翠の正面に盾が構えられていた。すると盾の大きさだ縮み、後ろから楯守が現れた。
「大丈夫ですか?」
「ありがとうございます」
「私達も戦えるのよ!」
そう言いながら、桃瀬が鞭を縦に振り抜いた。鞭先は一直線に『爪』へと鋭く襲い掛かるが、『爪』は左へと回避するとそこにタイミングよく双葉が二本の短剣を逆手に持って構えたまま突っ込み斬りかかった。
「よっと!」
だが、『爪』は華麗に双葉の片方の肩を掴み倒立し、双葉を押し出し宙へと飛び上がった。
「っう!」
「残念だったな〜丸分かりだっつうの〜!」
逆さのまま翡翠達に余裕の表情を見せる『爪』であったが、その時翡翠が薄っすら笑う顔が目に入った。直後翡翠が声を上げた。
「桃瀬さん、お願いします!」
「任せて!」
桃瀬は鞭を宙に浮いた『爪』の足首目掛けて振り抜くと、宙にいた『爪』は避けられず鞭が足首に巻き付く。
「んっ!?」
「こっちに来なさい!」
そのまま桃瀬が、鞭を両腕で引っ張ると『爪』は引っ張られる。
「ぐっ、この!」
『爪』はすぐさま鉤爪で鞭を斬り裂こうとするが、同時に翡翠の声が聞こえる。
「楯守さん、双葉さんお願いします!」
「了解!」
「行くよ、ミチ!」
すると双葉が楯守目掛けて走り出すと、楯守が『爪』の方に盾を斜めに向けると双葉がそこに走り込み、盾を踏み台として盾を蹴って『爪』に迫り二本の短剣を真上から真下に叩き付ける様に振り抜いた。
『ギィン!』
「ぐぅっ!」
咄嗟に『爪』は鉤爪で双葉の攻撃を防ぐが、防いだ反動でそのまま後ろ向きのまま真下へと落下し始める。
「(くそっ!)」
そして『爪』が自分の落下地点を確認しようと目だけ地面の方へ向けると、そこには槍を地面に付けて待ち構えている翡翠が立っていた。
翡翠は、落下地点に先回りしており『爪』を確認すると槍を180度回転させ石突きの面を上にして槍を地面に突き刺した。
「なっ!」
直後、翡翠が突き刺した槍の真上に『爪』が勢い良く背中から叩きつけられるとえび反り状態になり、そのまま意識を失う。
「宙に逃げた時点で貴方の負けは確定してたんですよ」
翡翠は小さく呟くと、『爪』が載っている槍を引き抜き『爪』を地面へと転がした。
そして翡翠の周囲に桃瀬達が集まった。
「上手く行きましたね、伍代さん」
「えぇ、事前にこう言う事態になった時の相談をしておいて良かったです」
「初めてやった連携だったけど、失敗せず出来たのはビックリした」
「私も同じだよ、のぞみちゃん」
楯守が双葉の意見に同意すると、翡翠が軽くお辞儀をした。
「皆さん、今回は私の指示に従っていただきありがとうございます。この成功は、皆さんが仲間を信じたからこそ出来たものですよ」
「伍代さん」
直後、地面に転がした『爪』に異変が起きる。突如意識がないまま体が震え出す。そして、突然体が溶けて一瞬で消えてしまった。
「っ!?」
突然の事に翡翠達は、驚きが隠せずにその場で固まっていた。
「な、何が起こったんだ?」
するとそこに東堂が戻って来た。
「皆んな、無事か?」
「会長!私達は大丈夫です。でも、さっきまで戦っていた『爪』って奴が急に消えてしまって」
「そっちもか....」
東堂の反応を見て翡翠が問いかけると、東堂が自分も戦っていた『爪』も同じ様に急に消えてしまったと聞かされる。
「会長の方もなんて、気持ち悪いですね」
楯守の言葉を聞き翡翠が東堂に発言する。
「と、なると残った万城達の『爪』が本物と言う事になりますかね?」
「....順当に考えればそうなるが....」
東堂の言葉は少し濁っていた。するとそこに一空達が森から出て来た。
「皆んな」
一空が東堂達が集まっているのを見つけて小走りで近付いて来た。
「信じてもらえないかもだけど、倒した相手が突然目の前で溶けて消えたんだよ!」
「っ!」
一空の言葉に東堂達は驚いていた。
そこに仁がフォローする様に口をはさんだ。
「本当に信じられないと思うが、万城の言ってる事は本当なんだ。俺もこの目で見たんだ」
「御神楽、先に言っとくが俺達は疑ってはいないぞ。」
「えっ」
東堂の言葉に少し戸惑う一空達。
「その感じだと、全員が対峙した相手は全員同じ消え方をしたと言う事ですね」
「そうなるな」
翡翠の言葉に東堂が腕を組んで頷いた。
「どう言う事だよ?」
一空達は何が起きていたか理解出来ておらず、頭を傾げていると桃瀬が説明し、現状を理解した。
「じゃ、本体は何処別の所にいてまた分身体を送り込んで来るんじゃないのか?」
仁の言葉に東堂も賛同し頷く。
「御神楽の言う通りだな。ここで相手の謎を考えても仕方がないです。次の追手が来る前に先に進むぞ」
東堂の発言に一同が納得し急ぎ足で森へと向かうが、正面の森から新たな『爪』と数名の部下と思われる者達が現れた。
「ぐっ....」
東堂達は足を止め、少し後退した。
「遅かったか....」
「なるほど、私が急に三体も消えたと思って来てみれば、侵入者にやられたのですね」
そのまま『爪』が東堂達をじっくり見つめて再び口を開いた。
「さっさと片付けろ」
その言葉の後に、『爪』に着いて来ていた部下達がいっせいに東堂達の方へ走り出した。
「これじゃ、きりがない」
「つべこべ言わずにやるしかないだろ!」
一空と仁がすぐに構えると、そこに翡翠が割って入って来た。
「このまま全員で戦っていては、いずれ相手に囲われてしまうかもしれないです。なので、ここは私に任せて皆さんは先に言って下さい!」
「急に何言ってんだ伍代!」
すぐさま一空が翡翠の決断を止めようとするが、翡翠は一空と仁の間から抜け出し、向かって来る敵に対し槍で振り払った。
すると、道が出来一空達に着いてくるように手招きするとそのまま『爪』へと突っ込んで行く。
「アイツ勝手な事しやがって....」
「伍代君の言っている事も分かる。それに、今更止められるものじゃない。今は彼が作ってくれた道を行くべきじゃないか」
そう言って東堂が、仁の肩を軽く叩いて翡翠の後を追って行った。
「あーーっ!もうっ!」
その場で頭をかき回した後、一空も東堂の後を追って行った。その後を桃瀬達が走り抜け、最後に仁が走り出した。