6章⑲ 決着の朝焼け
無防備になった一空に東堂は、剣で振りかかるのではなく剣を地面に突き刺し、それを支えとして左足蹴りを腹部に叩き込み吹き飛ばした。
一空は飛ばされた先で、片手には折れた剣を握ったまま、ゆっくりと立ち上がった。
「っくぅぅ・・・最悪だ・・・」
すると『ガン!・・・ガン!・・・ガン!』と何かを叩く音が聞こえて来た。
その音の正体を知り、一空は驚いた。
「な、何やってんだ・・・」
その音は、東堂が自らの剣を殴る音だった。
『ガン!・・・ガン!・・・ガン!』
「(・・・っ!まさか、あれで衝撃を与えてるんじゃ・・・)」
一空は東堂の剣が打撃技の衝撃を吸収して、斬撃として放つ事が出来ると知っておりそのための行動ではないかと判断していた。
その後、剣を叩く音が止むと、東堂は右手の逆手で剣を地面から抜いて一空の方を見た。
「・・・」
「・・・」
両者は、黙ったままその場を動くことはなく暫く静寂の時が流れた。
直後、先に動いたのは一空だった。
地面を強く蹴って東堂に一直線で突っ込み、東堂もそれを見て一空に向かって走り出す。
両者の距離が縮まると、東堂が剣を勢いよく振り抜き、先程溜めたと思われる衝撃を斬撃波として放った。
『ギィン!!』
と一空は、両手で折れた剣を振るって斬撃波にぶつけた。
そのまま声を上げながら、斬撃波の軌道をズラし握っていた剣を投げ捨て、斬撃波をかわし突っ込んだ。
そして正面にやってくる東堂目掛けて右腕を振りかぶった。
東堂も既に右手で握っていた剣を振り抜き始めており、両者の攻撃が激突すると思われた瞬間だった。
「っ!!」
突然、東堂は力が抜けたように少し体が沈み、振り抜いた剣の軌道が変わってしまう。
それにより一空が振り抜いた拳が、東堂の顔に直撃した。
「ハァァァァァァアアアアア!!!」
そのまま腕を振り切り、東堂を殴り飛ばすと東堂は壁に背中から直撃し、うつ伏せに地面へと倒れた。
一空も振り抜いた勢いのまま、コケるように倒れた。
「・・・ぅぅっ・・・体が・・・」
一空は急激に体全体が重くなり動けなくなっていた。
「イレギュラーなゲージ使用の代償か?・・・」
自身のストラップ魔法の代償は、ゲージを使うごとに体が重くなっていくものであると理解していたが、今まで感じていた重さ以上のものが体に襲いかかって来ていた。
そんな状態でいると遠くの方から、聞きなれない音が聞こえて来た。
「くぅっ・・・くぅっ・・・はぁっ・・・」
その音の正体は、東堂の異常な呼吸の音だった。
「東堂・・・さん?」
一空が東堂の方に顔を向けると、東堂は倒れたまま苦しそうな呼吸をしたまま何かに手を伸ばしていた。
その先には、細い筒状のものが転がっていた。
「っ!まさか、呼吸が・・・」
東堂の状態を見て、一空は呼吸困難な状態だと判断して自分が東堂が手を伸ばしている物を取り動こうとしたが、思うように体が動かせず立つことすら出来なかった。
一方、東堂も自身の状態に焦っていた。
「(ま、マズイ・・・呼吸が・・・うまく・・・できない・・・)」
先ほど一空とぶつかる直前に、突然と息ができなくなり動きが止まり一空の拳を直接食らってしまっていた。
その場で這いつくばるように、東堂は自身が落とした細い筒に手を伸ばすが、先に意識が遠のき始めた。
「(っう・・・目の前が・・・ぼやけて・・・)」
そこに、『ザッ・・・ザッ・・・』と足を引きずるように近付いてくる音がした。
東堂は音の方に目を動かすとそこには、一空が立ち上がって一歩一歩近づいて来ていた。
「うぅぅっっ!うらぁ!・・・うぅぅっっぉぉおお!うらぁ!」
一歩前に足を出すにも重すぎる体を気合で進めるかのように、声を上げながら進んできていた。
そして、あと数メートルで手が届きそうなところまで来るとその場で歩みを止め
「ウゥォォォオオオオ!!」
声を上げながら一空は片手を伸ばしながら、重さに耐えられず地面に倒れる。
だが、伸ばした手には細い筒を掴んでおりそれを東堂に向かって滑らせるように投げた。
それを受け取り東堂は、震える手を顔に近付けて細い筒を口に挟んで大きく息を吸った。
そして数分後、息が整った東堂が一空に話しかけた。
「助かったよ、万城君。」
「それりゃ・・・良かったです・・・あんなんで死なれたら困ります・・・」
「・・・まったくだ・・・」
また、しばらく間が空いて東堂が問いかけた。
「ところで万城君。そんな状態じゃ、もう戦えないかな?」
その言葉に、一空は力強く答えた。
「俺は、あなたがやる限りどんな状態であろうとやりますよ。」
そう言って重くて動かすのも精一杯の体を起こしながら答えた。
それを見て東堂が小さく笑って答えた。
「そうかい・・・だが残念。もう俺が動くことができない。」
「っ!」
その言葉を聞き一空は、ほっとしたのか力が抜けて仰向けに倒れる。
「ストラップの使い過ぎで、もう戦闘できる状態じゃないんだよ。それに、君も同じような状態だろ?」
「・・・それは・・・」
その問いかけには、一空は鮮明に答えなかった。
「まぁ、何にしてもこれ以上の戦闘は2人共無理っというわけだ。」
「っ!」
その時、一空は再び体に力を入れて立ち上がろうとしていた。
「何をしているんだい、万城君。」
「何って、今のうちに1号館へ行くんですよ。体が直ったら、また東堂さんと戦わないといけなくなるだろうし。今のうちに進むんですよ。」
それを聞いた東堂は、やさしく話しかけた。
「何言ってんだ。この勝負、君の勝ちだよ。」
「ふぇっ?」
東堂の言葉を聞くと『ズンッ!』と一空の重い体は地面へと倒れ込んだ。
「何に驚いてんだ。最後に俺の顔面に拳を叩きこんだの忘れたのか?」
「いや、でも、あれは・・・」
一空は、その攻撃は東堂に想定外のことが起こったため決まったもので、勝負に勝ったという考えがなかった。
「おいおい、命を懸けた戦いでもそんなこと言うのか、お前は?相手にどんなことが起ころうがそれも運だ。お前はその運を掴んで勝ったんだよ。」
「・・・」
それに一空は、ぽかんとした顔で見つめていた。
「ピンと来ないもんかね?とりあえず勝ったのは万城君、君だよ。だから、俺が君が進む道にどうこう言う権利は無くなったわけだ。」
「は、はぁ〜・・・」
「ひとまず今は、体を休めるべきだ。この先にいる部長とも戦うのであれば。」
「・・・そう・・・だ・・・な・・・」
突然一空はスイッチが切れたように、その場で意識を失った。
「張っていた気が一気に緩んで、体が休息に入ったか。」
そう呟いて東堂は、上半身を起こして座ったまま背中を壁に寄りかかった。
「俺も少し休息を取るか。」
そのまま瞼を閉じて、ゆっくりと眠りについた。
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「・・・い・・・きろ・・・」
一空の耳に途切れ途切れの声が聞こえ始めた。その声は徐々に鮮明になって行った。
「・・・きろ、万城・・・起きろ、万城!」
「っ!」
その声に反応し、目を開けるとそこには仁が片手で体を揺らしながら声をかけて来ていた。
「み、御神楽?」
「やっと起きたか。」
ゆっくりと体を起こすと、その場には仁以外に翡翠もおり、翡翠は東堂の治療をしていた。
また、空はまだ薄暗いが東の空が少し明るくなり始めていた。
「何でここに・・・」
「お前を探していたが、ここで東堂と一緒にいたから急いで来たんだよ。」
「探してたって、御神楽は大丈夫なのかよ?」
「大丈夫って何が?」
一空の問いかけに仁は、少し首を傾げながら答えた。
「え?だって東堂さんにぼこぼこにされたんじゃ・・・」
「俺が東堂に?」
そこで両者の意見がかみ合っていないことに気付き、東堂が声をかけた。
「あぁ、そのことだけど万城君。君には嘘をついていたんだ。」
「え?」
「あの場で、そういった方が君の説得に役立つと思って東堂と五代君を勝手に倒した設定にしたんだよ。まさか、本当に手を組んでくるとは思ってなかったけどね。」
それを聞き、一空はさらっと嘘を本当のように話す東堂のことが少し怖くなっていた。
「それで、君たちはどうして手を組んだんだい?」
と東堂は、手当てをしてくれた翡翠と仁に問いかけた。
それに翡翠が答え始めた。
「それは、私が彩音様のことを見捨てることなどできないからです。」
「ほぉ~。それらな、どうして部長に従っていたんだい?従う必要はなかったんじゃないか?」
「いえ、部長さんは私に2度目の命を授けてくれた恩人です。そんな方に何も恩返しをしないのは、私としては考えられないのです。ですから、部長さんの元で役立てることをさせてもらっていました。・・・ですが、彩音様のことを忘れたわけじゃないのです。」
翡翠は真剣な表情で、東堂や一空にも話続けた。
「私はあの日、彩音様を必ず守ると誓ったのです。それは私にとって、どんなことよりも生涯守るべき約束なのです。なので、私は彩音様を探しに行くと言ったあなた達の実力を見て、共に行くことを決めたのです。」
「実力って・・・っ、部長との決闘でか?」
一空の問いかけに翡翠は頷いた。
「それもそうですが、実際に手合わせをして私が決めたことです。」
「・・・っもしかして、あの決闘の提案をして笑っていたのは実力を見れると思ったからか?」
仁は、思い出したかのように翡翠に問いかけた。
「・・・まぁ、そうですね。」
「なんだよそりゃ。紛らわしいことすんなよな。」
そんな翡翠と仁のやり取りを見て一空は、溝が少しなくなっていると感じていた。
そして、一空が立ち上がって声をかけた。
「よし、体も軽くなったし日も昇って来たことだし行くか。」
「そうだな。」
仁と翡翠も立ち上がるが、東堂はその場で腰を掛けた座ったままだった。
「東堂さんは、行かないのかい?」
一空の問いかけに東堂は、軽くあしらうように答えた。
「行かねえよ。勝負には負けたが、お前たち側に付いたわけじゃないしな。」
「そうですか。」
そう言い残して、3人は1号館へ向かって歩き出した。
そして、残った東堂はポケットから小型通信機を取り出し、耳に当てると東の空の朝焼けを見ながら話しだした。
「すいません。不覚にも、負けてしまいました。」
すると通信機側から小さく一言、
『そうか・・・』
と聞こえてきた。
そのまま通信機は切れてしまい、東堂は通信機をポケットに再びしまった。
「さてと、俺も最後まで見届けないとな・・・」
東堂は、ゆっくりと立ち上がり1号館へと歩き出した。
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その後、一空達は先に1号館へたどり着き何事もなく通り抜け下駄箱に辿り着き、校門へと外へ出た。
外に出ると、ちょうど朝日が昇っており明るく校門から下駄箱までの道を照らしていると、そこに1人の人影があった。
その人影を見て仁は小さく呟いた。
「・・・そう簡単には行かせてくれないか。」
その人影の正体が分かり、一空が声に出した。
「・・・部長」
3人の前に最後に立ちはだかった人物は、部長であった。