6章⑰ 一空の決断
「...っぅう....」
意識を失っていた一空が意識を取り戻し目を開けた。
入って来た視界は真っ暗な空であり、その視界は上へと流れるようにズレていた。
そして同時に片脚が引っ張れる感覚が分かり、そこで一空は、自身が引きずられている事に気付いた。
「っんぁ!」
まともな声は出ず、今の状況に反応した声が漏れ出た。
その声に反応したのは、東堂だった。
「おや、万城君。目を覚ましたのかい?」
「.....ぅと、東堂....さん.....」
一空を引きずっていたのは、東堂であり目を覚ました事に気付き、その場で東堂は止まり振り返っていた。
「思っていたより、目が覚めるのが早かったね。」
「な....何を、してるんです....」
一空はおぼつかない口調で東堂に問いかけた。すると東堂は、その問いかけに素直に答えた。
「何って、君を連れて行っている途中だよ。意識が無かったし、都合も良かったから引きづらせて貰っていたんだ。」
「離して下さい....俺は行かなきゃいけないんです!」
一空はジタバタしながら、掴まれた片脚を離して貰おうとしたが、東堂は離すことなく掴んでいた。
「全く、お前らはどうしてあの子にこだわる?」
「っ、お前らって?」
「そう言えば君は知らないか。俺が君の元に行く途中で、御神楽と伍代君に会ってね。説得を受けたよ。2人で君を見逃して欲しいとね。」
「っ!?」
「彩音君を助けに行きたいと、俺にも部長を説得して欲しいとまで言われたよ。」
「(何で伍代まで?どんな経緯でそんな....)」
東堂の言葉を聞き、一空は信じられない顔をしていた。
「何にしろ、断ったけどね。そしたら、力ずくで来たから仕方なく戦闘をしたよ。向こうもボロボロだったから、対したことなかったけどね。」
「っ....」
淡々と話す東堂を見て、一空は言葉を失った。
それを見て東堂が、問いかけた。
「万城君。何故、そこまで彩音君にこだわる?前も言ったが、君が彩音君にこだわる理由が分からない。それに君にはやるべき事があるんだろう?」
「....彩音は、俺の相棒で仲間だからだ。それを簡単に見捨てられない!アイツは、あんな事をするわけが無いんだ、絶対に理由があるはずなんだ。それを聞くまでは諦めない!」
それを聞き東堂は、少し黙ったのち口を開いた。
「それは、君が生き返るためにすべき世界征服よりも大切なのかい?」
「っ!!な、何でそれを....」
東堂の口から思いもしない言葉を聞き、一空は驚き動揺した。
「まぁ、君の会った閻魔とは知り合いでね。君の事情は知っているんだよ。....話を戻すが、君は自分が生き返る為に使える期間を自分の為ではなく、知り合って間もない彩音君に使うのかい?」
「....あぁ、そうだ。」
「なら、彩音君を助け出したとして君の世界征服は、進むのかい。というより、君は世界征服を何を持って達成したと考えているんだい?」
「っぅ、それは...」
東堂問いかけに、一空は答える事が出来なかった。一空自身もその事に疑問を持って未だ答えがでずに悩んでいた為であった。
すると東堂は、握っていた一空の足を離した。
「君は目的が具体的に決まってないようだね。そんな事じゃ、世界征服など無理だ諦めろ。そしてそんな奴が、誰かを助け出すなど出来るはずがない。」
「何っ」
「自身の事すら決めきれず、ただ目の前の問題に逃げているだけじゃないのか?」
「そんな事はっ....」
「ないと言えるのか?なら、この場で君の世界征服は何をするか答えてくれ。」
「ぅっ.....」
「君は、1年という短い命で約束を果たし生き返りたいのだろ?なら、本気でどうすれば、閻魔との約束を果たせるか考えるべきだろ。他人の事など考えてる暇はない。」
「俺は...」
「君は自身の死を取り消す為に、存在しているんだろ?それを達成する為に取るべき行動を考えるべきだ。......それに、それを達成してからでも彩音君を探しに行けばいいじゃないか。」
「っ!」
東堂の提案に一空が強く反応した。
「優先順位を考えれば、今言った事は可能だ。だから今はどう世界征服をするかを考えるべきだ。俺も一緒に考えてあげるから。」
そう言って東堂は、地に倒れている一空に手を差し伸べた。
「.....確かにそうだ。俺は生き返る為にあんな約束をしたんだ。それにこの力を使えば、約束を達成出来る筈だ。それから彩音を探しに行ったていいじゃないか。」
一空は独り言を呟いていた。
「東堂さんも一緒に考えてくれる。何も悪い事はない。彩音も見捨てたわけじゃない。ただ、自分の事を先に終わらせるだけだ....」
一空はまるで自分に言い聞かせるように、ブツブツと呟くと差し伸べられた東堂さんの手を見て、自分の手を伸ばし始めた。
そして東堂の手を握り立ち上がった。
東堂は一空を少し微笑むように見ていたが、一空は少しうつむいたまま握った手を見ていた。
「万城君。俺も一緒だ、君は一人じゃない。俺が手を取って、一緒に目的を達成出来るように考えよう。」
「....手を取って、一緒にか....」
そう一空が呟いた時だった。
今まで忘れていた記憶が急に呼び起こされた。
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「おーい、一空こっちだ。」
「....あんちゃん、何で外に行くんだよ。」
幼き頃の一空は、嫌々あんちゃんに呼ばれた方へ歩いて行った。
「まぁまぁ、ここ座れって。」
あんちゃんは、木の下にあるベンチに座り『ポンポン』と叩きながら呼びかけた。
一空はそのままベンチに座り問いかけた。
「で、あんちゃん。わざわざリハビリ抜け出して来たこの場所は何なの?」
「ふ・ふ・ふ。一空、そのまま上を見てみろ。」
そう言われるがまま、真上を見上げるとそこには木々が風に揺れ、木々の隙間から心地よい木漏れ日が差し込んでいた。
「どうだ?いい場所だろ。気持ちよくて、昼寝したくなる場所だろう〜」
「あんちゃん、俺この場所知ってるよ。」
「えっ!?」
「もしかして、これだけの為だった?」
「そうだよ。何だよ、知ってたのかよ〜。」
あんちゃんは、少し拗ねた表情だった。
そのまま2人は無言のまま、目をつぶりもたりかかって真上を見上げた。
そこに心地よい風が吹き、木々が優しく揺れた。
「なぁ、一空。お前は、誰か友人はいるか?」
急な質問に少しビックリした一空だったが、そのままの態勢で答えた。
「あんちゃんくらいかな。他はいないや。」
「そうか、ならこれからはたっくさん出来るな。」
「?何でそう言えるの?」
あんちゃんの言葉に一空は問い返した。
するとあんちゃんは、ゆっくりと体を起こして一空の方を見て答えた。
「こんな俺と友人になれたんだ。どんな奴でも出来るって事だからだよ。これは、友人である俺が保証しよう。」
「ふっ....何だよそれ。」
一空は少し笑いながら答えた。
「後な、お前が親友と呼べる人物がいなくなりそうだったら、絶対に手を離すなよ。離したら後悔するぞ。」
「?」
一空は、この時は理解がほとんど出来ておらず、とりあえず話を聞いている状態だった。
「そいつはな、必ずお前に手を差し伸べてくれる奴だ。お前が、どんな状態・状況にあろうと、真っ直ぐに向き合ってくれる。だから、絶対に手を離すなよ。」
あんちゃんは、正面を向きながら話しており、どこか自分に言い聞かせている様な雰囲気もあった。
「.....分かったよ、あんちゃん。今はあんまり分からないけど、そんな人が出来たら絶対に手を離さないよ。」
「.....あぁ。そうしてくれると嬉しいよ...」
一空の答えに、あんちゃんは少し微笑んで答えた。
その後、2人は再びもたれかかって木漏れ日に当たりながら瞳を閉じた。
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一空は走馬灯の様に?あんちゃんとの記憶を今思い出した。
キッカケは、本人でさえ分からないがあんちゃんが、あの時言っていた言葉を思い出し一空の気持ちに再び変化が起きた。
「...東堂さん。もし、あなたの大切な人があなたの元を離れる時、あなたはその人の手を取りますか?」
「何だ、急に....それが何なんだ。」
一空の突然の質問に東堂は、疑問そうに顔を見つめた。
だが、一空の真っ直ぐな目を見て東堂は聞き流す事を諦め、質問に答えた。
「はぁ....もし、俺なら手が届きそうなら手を取るが、届かないなら諦める。それと相手が嫌がるなら手を引く。...これで十分か?」
東堂の答えを聞き、一空が少し間を空けて口を開いた。
「多分、東堂さんの考えが正しいと思う。だけど俺は、その手は離さないって約束したんだ。だからやっぱり東堂さんの手は取れない。」
そう言って一空は、東堂と握っていた手を離した。
「....急にどうした。さっきまで賛同していただろう。何か不満でもあるのか?」
東堂の問いかけに一空は首を横に振る。
「俺は、やっぱり俺で決めた道を行きたいんだ。また昔みたいに、ただ後ろを歩くのは辞めたいだけなんだ。」
「.....」
「俺の選択は間違っているかもしれない、でも後悔はない。彩音は俺の相棒で、親友になれると思ってる奴だ。アイツなら俺の抱える問題も一緒に歩きながら考えてくれるはずだ。逆にアイツが困っているなら俺が一緒に考え解決する。だから、今俺は彩音の手を離したくないんだ。」
一空の答えを聞き、東堂は暫く沈黙した後問い返した。
「....それは君の一方的な考えじゃないか?」
「そうだ。俺の想像だ。」
「それが本当になる保証もないし、無駄になるかもしれないんだぞ?」
「承知の上だ。これは俺の選択で俺の時間が減るだけだ。」
「そもそも、それが出来るとでも思っているのかい?既に実力差は分かっているだろ。足掻くことすら無駄な事さ。」
「一度きりで俺は諦めない。何度でも何度でも、繰り返す。それに、俺は今決めたんだ。」
「?」
「俺のこの力は、最優先とする約束を果たす為に使う。世界征服もそうだが、今は友の手を離さないようにする為に使う。」
そう言って一空は、両腕を前に構え戦う姿勢を取った。
それを見て東堂は大きなため息をついた。
「....万城君、君は誰かに似て強情だね。その目、もう何を言っても、その意思は変わらないんだろうね。」
東堂は、誰かと重ねるように離しそのまま腰に手を当てると、ストラップを引っ張り目の前に剣を出現させた。
「次は、何本か骨を折ってそのまま動けないようにさせてもらうよ。覚悟は出来てるね。」
そのまま東堂は剣を逆手で握り、戦闘態勢になった。
そして最後に小さく呟き、一空目掛けて踏み込んだ。
「....君には誰かさんと同じ過ちを冒して欲しくないんだよ...」