6章⑮ 一か八か
時間は、少し遡り三号館と二号館を繋ぐ渡り廊下。
「ふぅー....」
「もしかして、息切れかい?」
そう問いかけたのは、翡翠だった。
「....」
その問いかけに、仁は答えず木刀を両手で握り真横で縦に構えた。そして左足を前に踏み込み、勢いよくバットの様に振り抜いた。
すると、斬撃波が翡翠目掛けて放たれた。
「遠距離で攻撃する事にしたか...」
そう言って翡翠は、向かって来る斬撃波を槍で真上から叩き斬ろうとした時だった。
奥で仁が、振り抜いた反動を利用してそこから、逆足を前に踏み出して再び剣を振り抜いた。
「っ!」
仁が二度目に放った斬撃波が、一度目に放った斬撃波に追いつき重なった状態で翡翠に到達した。
翡翠は、既に槍を真上に上げていたため避ける事は出来ず、勢いよく斬撃波目掛けて槍を振り下ろした。
「ハァッ!!」
『ギィン!!』
ぶつかり合った音が響いたが、斬撃波が消える事は無かった。
そのまま翡翠を切り裂くと思われたが、翡翠は槍を振り下ろすと同時に、体重を槍にかけて飛び上がった。
そのまま、飛び越える形で斬撃波をかわし着地をしようとした箇所に、仁が走って突っ込んで来ていた。
「なにっ!」
翡翠は、すぐに槍を前方に持ってきて、着地地点に来る仁めがけて突いた。
だが、仁は翡翠が槍を前へと移動させる時に、木刀を顔の目の前で両手で握り左真横に構えた。
そして、翡翠が槍を突いたのと同時に、仁はそこから右回りに円を描き出した。
円を描いた木刀に翡翠が突き出した槍が、弾かれる。
「くっ!」
槍を弾かれた事により翡翠の体が、無防備に開いてしまう。
そこに仁は、木刀で半円を描いた後両腕を引っ込めて、勢いよく突き出した。
「オラァッ!!」
仁が突き出した木刀は、翡翠の腹部にめり込んで吹き飛ばした。
「ハァ.....ハァ....ハァ.....」
翡翠は、吹き飛ばされた先で仰向けで倒れており、仁は木刀を杖の様にして息を整えていた。
すると、翡翠がひょっこりと起き上がった。
それに驚きが隠せない仁。
「(何故、起き上がれる....腹部をえぐる様に突いたはずなのに.....)」
そして翡翠が、立ち上がると上着をめくり上げ腹部を晒すと、そこには腹巻の様に黒い物が巻かれており、先程仁に突かれた箇所は、破損し中からジェルが零れ落ちていた。
「備えあれば憂いなしってな。まぁ、1回限りだがな。」
そう言うと翡翠は、腹部に巻いていた物を後ろから外し端に投げ捨てた。
「いい、剣技だな。少し甘く見ていたよ、君の技を。」
「そりゃどうもっ!」
そう言って仁は、再び地面を蹴って翡翠に突っ込んだ。
「(壱ノ型 壊、参ノ型、弐ノ型の繋げ技でダメなら、アノ技を試すまで。)」
翡翠は、すぐさま近くに落としていた槍を拾い、槍を投げる様に構え出した。
一方仁は、木刀を左の逆手で持ち、翡翠に近付いた所で左腕を下から右斜め上へと振り上げようとした時だった。
翡翠が、振り上げた槍を仁に投げずに真下の地面に突き刺し、1歩後退した。
「っな!?」
いきなし目の前に立てられた槍に、仁が振り上げた左腕の脇に突き当たり、体が跳ね返った。
それを見て、翡翠が踏み込み両手の手掌を仁の胸に打ち付けた。
「ぐぅっ....!」
仁はそのまま数歩後退し、息つく暇もなく翡翠が突き刺した槍を片手で抜いた直後、再び目の前に槍を突き刺した。
そして、槍を両手で握り飛び上がって、仁にドロップキックを決めて吹き飛ばした。
「がはっ!」
仁は背中から地面に倒れてしまうが、すぐに上体を上げて木刀で反撃をし始めた。
しかし、それより早く翡翠は槍を地面から抜き仁に向かっていた。
仁が起き上がり始めたと同時に、木刀を握っていた手を右足で蹴り抜き、木刀を手放させそのまま右足で仁の左肩を押し倒した。
そして、左足で仁の右腕を踏み、完全に両手を封じてから槍を仁の顔めがけて振り下ろした。
『ギィン!!』
振り下ろした槍は、仁の顔スレスレで右にずれて地面に突き刺さった。
「勝負アリだな....」
「っ....!」
翡翠の言葉に仁の目は諦めていなかった。
仁はまだ動く余地がある、左腕を動かし踏みつけられていた翡翠の右足に手をかけて引っ張った。
「くっ!」
その行動に翡翠は、少し態勢を崩した。
仁は翡翠が態勢を崩した際に、右腕も踏まれていた箇所がズレ、両手を真正面に持って来て握り拳にして突き出した。
「お返しだ!」
「!」
咄嗟に翡翠は片腕で仁の拳を防いだが、槍からは手を離してしまい後退させられてしまう。
仁は、起き上がりながら顔近くに刺さっている槍に手をかけて引き抜いた。
「形勢逆転だ!」
仁が槍を突き出そうと踏み出した瞬間、遠くで何かが崩れ落ちる音が響き渡り、地響きが伝わって来た。
それを感じると、両者の動きが同時に止まった。
「な、何だこの揺れとあの音は....」
「始まったか....」
「始まっただと?何が始まったんだ?」
「もうここで、私達が戦う意味はなくなりました。」
「勝手に話を進めんな!」
そう言って仁が槍を翡翠に向かって突き出した。
だが、翡翠は冷静に仁に詰め寄って槍の正面から外れ真横に位置ずけて、脇で槍止めた。
「万城さんが、あの人と戦い始めたんですよ。」
「部長と戦うのは想定済みだ。」
「違いますよ。部長さんではなく、東堂さんと言う方ですよ。」
「何っ!?」
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「さぁ、このまま落ちてもらおうか。」
「ぐぅぅっ!!」
一空の腹部に剣を力強く押し付ける東堂。
「(このまま終われるかっ!)」
すると一空は、両腕を振り上げて拳を握って床に向けて叩きつけた。
『ドンッ!』
「?」
そしてもう一度叩きつけると、床が少し凹んだ。
「っ!」
一空が少し沈んだ事で、東堂が少し前のめりになった所で一空は、押し付けられた剣を下から両手で持ち上げ、片足でも押し上げて東堂を後ろに投げ飛ばした。
東堂は、投げ飛ばされ背中から倒れた。
「うっ!」
だが、東堂はすぐさま横に転がり上体を起こし、一空の方を向いた。
そして視界に入って来たのは、殴りかかって来る一空だった。
東堂は、反射的に剣を真横に振り抜いた。
しかし、東堂の振り抜いた剣は空を斬った。
「!?」
『ゴンッ!』
一空は、東堂に殴りかかると見せて真下の床に拳を打ち付けた。
「もう一丁っ!」
『バゴーンッ!』
再び拳を叩きつけた箇所の床が凹むと、ヒビが周囲に広がって行った。
「まさかっ!」
その光景を見て東堂が、一空に手を伸ばした時だった。
「これで、どうだっ!!」
同時に、一空は3度目の拳を床に叩きつけた。
そして、一空の拳が先に床に触れ一空の周りの床が崩れ落ちた。
東堂が伸ばした手は、落下していく一空を寸前で掴むことが出来なかった。
「くそっ」
一空の周りの床が崩れ落ちた事で、近付いた東堂も巻き込まれそうになったが、一旦後方に飛び距離を取った。
「何を考えているんだ、万城君....」
一空の行動に疑問を持った東堂だったが、落ちて行った先を見て理解をした。
「....そう言う事か。」
そして東堂は、剣で自分の周りを丸く斬り抜いて、勢いよく片足で床を踏みつけた。
『バゴンッ!』
そのまま綺麗に床と一緒に落下しに行った。
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『ガサガサッガサガサッゴロゴロゴロゴロッ』
渡り廊下の床を崩して落下して行った一空は、山の斜面を床の瓦礫と一緒に転がっていき開けた場所で止まった。
「止まった.....」
一空は頭を守る様に抱えた状態で、丸まって転がり落ちていたが止まった事で、態勢を戻して立ち上がった。
「一か八かってとこだったが、上手くいったわ.....ついてるな、俺。」
一空は転がり落ちて来た斜面を見つめながら呟いていた。
「よし、このまま行けば中庭に出るはずだ。」
そして、更に草木を分けながら進んで行き旧校舎の中庭に出た。
「ビンゴ。」
その頃には、夕日が完全に沈み辺りは暗くなっており中庭では、僅かな灯りが周囲を照らしていた。
「確かここを抜ければ一号館へ行けるはず。」
一空が中庭に一歩踏み出した時だった、上空から東堂が降って来て、剣を巨大化させ地面に突き刺した。
そのまま剣を縮めて地面に足を着けた。
「逃がさないと言ったはずだよ、万城君。」
「東堂さん....」