6章④ 決闘当日
部室は一空の発言で一度静まり返った。
そして部長が、一度溜め息を漏らした。
「ふぅ〜.....冗談で言ってるんじゃないよな。」
「冗談なんか言うか。決闘だ部長。」
そして少し間が空くと、部長が体を一空の方に向けて目を真っ直ぐに見て答えた。
「辞めておけ、お前じゃ私に勝てない。それどころか、勝負にすらならない。」
「っ!?」
一空は思ってない返答に顔が引きつる。
「やった所で結果は分かっている。私とお前じゃ、実力差がありすぎて一方的にやられて終わるだけだ。」
「ふざけるなっ!そんなのやってみ...」
「やって見なければ分からないか?もう、その時点でお前の勝ち目はない。」
部長が一空が言う前に、話す言葉が分かったかのように話し出した。
「やって見なければと言う言葉は、自身の不安を表してるんだよ。もし出来なくても仕方ない、しょうがないと、あたかも自分の責任で無いように思い込むんだよ。そんな言葉を使う時点で勝つ気がない、もしくはイメージが無いと言う事だ。」
「そんな事はっ!」
「それじゃ、私に勝てるから勝負をふっかけたのだな。」
「うぅっ.....」
部長の言葉に一空は詰まってしまう。
また部長から、異様な威圧感を感じ一空は少したじろぎ始めた。
そんな一空の右肩に、仁が後ろから右手で『ポン』と乗せた。
「!」
急に肩に手を置かれた一空は振り返った。
すると仁が一空の目を見てから、手を下ろして部長の方に視線をずらした。
「部長、この勝負俺も加わるぜ。」
「御神楽....」
仁の言葉を聞き部長は呆れる様に小さく呟いた。
「部長、俺も今日はアンタに彩音の件で話そうと思ってたんだ。」
「お前もか。」
「やっぱり、あの彩音がそんな事をする様には考えられなくてな。万城と同じく彩音を信じたいんだ。だから、俺は万城側に付くぜ。」
「御神楽。」
仁の発言に、部長は腕を組んで少し俯いて溜め息を漏らした。また、一空は仁がそんな事を言うと思っていかなかったため、少し驚いた表情をしていた。
そして少しの沈黙の後、部長が口を開いた。
「そこまで言うなら、受けてやるよ。2対1でも問題ない。」
「っ」
「もう、お前達は私の話を聞く気は無いんだろう。なら、お望み通り私が、お前達の考えを粉々にしてやるよ。」
部長は、冷たい目を2人に向けて低い声で伝えた。
「決闘日は、来週の金曜でいいな。前日が終業式で夏休みに入った初日だ。」
「問題ない。」
「審判は、提案者の伍代にやってもらう。いいな。」
「仰せのままに。」
そう言って翡翠は軽くお辞儀をした。
「そして万城。お前には決闘参加にあたって条件を付ける。」
「条件だと?」
まさかの事に一空は首を傾げた。
そして部長が出した条件は、万城にとって当然のものだった。
「来週からの期末考査で赤点を取ったら決闘は無しだ。学生の本分は学業だ。学業を疎かにする奴が、決闘なぞしてる場合じゃないからな、いいな。」
「お、おう。」
考えてもいなかった条件に少し気が抜けた返事をする一空だった。
そして、部長は振り返って部室を出て行った。
その後を付いていくように、翡翠も部室を出て行った。
2人が部室を出て行って少し沈黙があった後、仁が一空に話しかけた。
「おい、万城。お前さっきの勢いで言ったろ。」
「うぅっ....」
仁の問いかけに一空は何も言い返せなかった。
「まぁ、俺もそれに乗った側だし、今更後悔などないが、結果的には最悪だな。」
「確かに、ちょっと頭にきて勢いで言ったけどよ、最悪って程じゃないだろ。」
「言葉が足りなかったな。お前が言い出した事や発言には俺も賛同した側だ。最悪と言ったのは、その相手だよ。」
「相手か...」
一空は、両腕を組んで少し考え始めた。一空自身、部長が強いと分かっているがそこまで言う程なのかを考えていた。
そこに仁が部長についての助言をした。
「いいか、万城。お前もアイツが強い事は分かっているだろうが、今までお前が見てきたのは、ほとんど全力を出してない部長だ。」
「!?」
「俺も全力かは分からんが、俺はお前が見てきた以上の力を見ている。お前が考える以上の力を部長は、隠し持っている。2対1と言って勝てるかどうかも怪しい程にな。」
「そんなになのか?」
仁の言葉に一空は、少し驚きながら聞き返した。一空は、実際にそれ程の力は見ていないので、実感は出来ないが仁の話し方や表情などで本当にそうだと感じ取っていた。
仁の頷きを見て暫く沈黙していた一空だったが、一度深呼吸をして口を開いた。
「それじゃ、特訓だな。」
一空の言葉に仁は『キョトン』としていた。
「御神楽、アンタも彩音を信じるならまずは、部長に勝たないといけなくなったわけだ。想像だけで怯えている時間は、ないだろ。今以上の力を身につけて、アイツとの決闘に挑み、そして勝つ!」
一空の決意に水を差すかのように仁は、部長から出された条件について問いかけた。
「確かにその通りだな。でも、お前勉強の方は大丈夫なのか?」
「それなら問題ない。任しとけ。それより、早速特訓と行こうぜ。」
「それならいいが。」
そんな言葉を交わして、2人は特訓場へと向かった。
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そして、あっという間に8日後の7月19日金曜日になった。
一空と仁が部室に入ると、そこには翡翠が立って待っていた。
「部長は?」
部室に部長の姿がない事を確認すると、一空が翡翠に尋ねた。
「部長さんは、今はまだ業務中なので先にお2人をお迎えに来ました。」
「そうか...で、何処に連れていく気だ?」
仁の問いかけに翡翠がすぐに答えた。
「地下の特訓場です。部長さんから、そこに連れていくように言われていますので。」
「じゃ、さっさと行こうぜ。」
そうして、一空と仁は翡翠を先頭にして地下の特訓場へと向かい始めた。
学内は夏休みに入った初日と言う事で、静まり返っているが、何処からか吹奏楽の練習の音が聴こえたり、グラウンドでは活発的に部活動に取り組む学生たちの声が響き渡っていた。
そんな学園内を歩き続け、翡翠の後ろで一空と仁が、コソコソと話し始めた。
「万城、分かっているだろうがアイツが変な行動したら...」
「取り押さえるだろ。分かってるよ。まぁ、アイツの事情は分かっているが、完全に信用も出来ないしな。それに、今回の件もアイツが言い出したものだし。」
2人は、翡翠の事について話していた。
「お前が部長に決闘を申し込んだ時には、アイツは笑っているように見えて、何を考えているか分かったもんじゃない。用心しておくに越した事はない。」
「まぁ、今の感じだとそう言う事はなそうだがな。」
翡翠の行動を後ろから観察しながら、数分歩いて地下の訓練場に到着した。
「部長は、まだいないようだな。」
仁がそう呟いた後、一空と仁は訓練場の中心へと移動した。
そして数分後、訓練場の扉が開き奥から現れたのは、部長だった。
部長の格好は、いつもの上着を肩にかけているのではなく、それに腕を通しボタンまでキッチリ閉めて正装な格好だった。
「遅れてすまない。」
入って来てすぐに部長は、そう言うと一空と仁に近付いて行った。
2人は部長の格好が違う事に気付いていたが、触れる事は無かった。
「万城、試験は問題なかったようだな。」
「当たり前だ。」
「それじゃ、条件を再度確認しようか。」
部長はそう言って翡翠を呼んだ。
「審判は、伍代。私とお前らで2対1で決闘だ。これに勝った方の意見を聞くと言う事でいいな。」
部長の確認事項に一空と仁は頷いた。
「よし。次は勝利条件だが、どちらかが意識を失うか、戦闘不能状態になる。武器などの制限は無しだ。もちろん、万城お前の力も使って問題ない。....殺すつもりで来い。」
部長の威圧的な最後の発言に2人は息を飲んだが、すぐに口を開いた。
「範囲は、この訓練場内の認識でいいんだよな。」
「その認識でいい。」
「時間制限はあるか?」
「いや、無しだ。完全に決着をつける。」
「分かった。」
「他にはあるか?」
「....いや、もうない。」
「なら、始めようか。」
そう言って部長は、振り抜いての場から距離を取り始めた。
それを見て一空と仁も反対側に歩き出した。
そして互いに部屋の中心から距離を取ったところで、翡翠が交互に確認を取った。
その確認に両者が頷いて返事をすると、翡翠が片手を上げて勢いよく、上げた手を降り下ろしながら、開始の合図を言った。
「決闘始め!」