6章③ 亀裂
部長の発言以降、部室は沈黙が続いていた。
グラウンドで部活に取り組む学生達の声がうっすら聞こえる程に静まり返っていた。
そしてそんな沈黙を破ったのは、部長の軽いため息だった。
「ふぅー.....いつまで、そんな悲壮な感じを出しているんだ。空気が重くて、いてられない。」
そう言って部長は、扉に向かって歩き出した。
すると、急に一空が立ち上がり立ち去る部長の方を向いて声をかけた。
「....部長。」
その言葉に足を止め振り返る部長。
だが、一空はそこから何か言いたそうに口を何度か開けたり閉じたりして、発言する事はなかった。
それを見た部長は、背を向けて部室の扉に手をかけて扉を開けた。
「少し自分でも整理をして、受け入れろ万城...」
そう言い残し部室を後にした。
その後を翡翠が付いて行き、一例してから扉を閉めて部室には、一空と仁の2人だけになった。
そしてまた、しばらく沈黙が続いたが一空が小さく呟いた。
「....何も...言えなかった.....」
一空は歯を食いしばりながら、力強く拳を作っていた。
「何を言われても反論する気でもいても、あんな物を出されたら、何も言えなくて当然だ。」
仁が一空の呟きに反応して、話し出した。
すると一空が仁に問いかけた。
「....あんたは、アレで納得したのか?」
「納得も何も、本人の肉声で自分は裏切り者だって言われたら、それが真実だろ。」
「誰かに言わせて、音声を変えただけかもしれないだろ。」
「そんな事をして、部長に何のメリットがある?」
「もしくは、部長自身が操られて言わされているのかもしれない。それで、彩音は何処かに....」
「少しは冷静になれ!万城!」
「っ!」
仁の話を聞かずに、次々とさっきまでの現実を否定する様な事ばかり言っているのを見て、仁が大きな声を出した。
その声を聞いた一空は、一度体をビクつかせて目を見開いて仁の方を見つめた。
「落ち着け万城。それに、何故そんなにも、お前が動揺している?言っちゃ悪いが、そこまで彩音との付き合いは長くないだろ。」
仁の言う通り、一空と彩音は出会ってまだ3ヶ月程しか経っていない。
それなのに、こんなにも動揺するのは、期間とすれば短い間だったが、世界征服部に入ってからは、相棒としてほぼ毎日の様に一緒にいた事で、彩音の人柄や性格も知ったことで、そんな人物でないと決めつけていたからだった。
「彩音は、そんな奴じゃない。仲間思いで、決して誰かを蹴落としたり、裏切ったりする奴じゃないんだ。それに約束だって...」
「それは、お前がそうであって欲しいという願望の彩音だろ。」
「っ!?」
「誰にだって相手の事は全て分からないんだよ。こうであって欲しいという願望は必ずあるが、大抵がそんな風ではない。もしかしたら、お前が考えた通りなのかもしれないが、彩音本人の声で言われた事は、どうやっても覆らないし、本人に確認しない限りそれが真実と受け取るしかないんだ。」
仁の言葉に一空は黙ってしまう。
「俺も未だに信じられないが、今となっては彩音自身に確認も出来ないし、どうしようもないんだよ。」
仁は目を逸らしながら、足掻く事が出来ない真実を受け入れようとしていた。
「.....」
すると一空が黙ったまま、ゆっくりと扉に向かって歩き出した。
そして扉に手をかけて小さく呟いた。
「.....今日は帰る....」
そう言って部室から出て行った。
仁は、それを止める事はせずただ、背中越しに聞いて立っているだけだった。
部室に1人になった仁は、力強く手を握って拳を作ってソファーを上から叩いた。
「....俺だってな.....クソッ....本当に...本当にそんな奴だったのかよッ!.....」
仁はそう呟きながら、何度かソファーを叩いていた。
そして、この日から3日が過ぎた。
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その後3日間、部室には部長はやって来ていたが、一空と仁は来ることがなかった。
しかし、4日目にして仁が部室にやって来た。
「部長.....」
その声と久しぶりに開いた扉の音を聞いて、部長は、椅子に座ったまま振り返った。
「御神楽か...久しぶりだな。」
部長は、優しい声で仁に話しかけた。
「あぁ...色々とあって、少し落ち着いて考える時間がなかったからな。」
「そうか.....」
そして少し沈黙があった後に、仁が話しかけた。
「部長、それで彩音の事だが...」
と、仁が話し出した時だった。
部室の扉が再び開き、2人はその方に視線を向けた。
視線の先に立っていたのは、一空だった。
「万城。」
そう、部長が小さく呟いた。
一空は、そのまま部室に入って行き、真っ直ぐに部長の前まで移動して、少し見下ろす形で部長の目を真っ直ぐ見つめた。
そして一空が、口を開いた。
「部長、俺はあれから時間をかけて事実を受け入れたよ。あの時は、色んな事が重なって冷静に判断出来てなかった。」
一空は淡々と反省する様に話し出した。
「それにアンタが言った事も正しい事だと思っている。」
「万城...」
一空の言葉を聞いて、後ろで仁が少し驚いていた。
「(あんなに否定してたアイツが、こんな数日で彩音の事を受け入れたのか...)」
少し疑問にも思った仁だったが、次に放った一空の言葉に仁は驚いた。
「だけど、やっぱり彩音を信じたいんだ。現実を受け止めた上で俺は、彩音に会って確認をとる。本当にあの言葉が本音なのかどうかを。」
「なっ」
部長は、全く動揺せずにその言葉を聞き続けた。
「だから、アンタがどう言おうと俺は彩音を探して話を聞く。」
「......」
すると黙っていた部長が話し始めた。
「お前の意思は分かった。だが、そんな行動を許すわけにはいかない。」
「!?」
そこから部長は、椅子の背もたれに寄りかかりながら話続けた。
「そもそも、お前は彩音なんかに構っている時間はあるのか?お前には、やるべき事があるんじゃないのか?」
「...それは...確かにそうだが、それについては今考え直している所だ...」
一空の目的である世界征服について、問われると一空は歯切れ悪く目線を少しずらして答えた。一空自身が、その目的に何らかの疑問が生まれている様に感じられた。
「自分の目標も見失ないかけている状態で、他人を気にするか。それに、何の手がかりもない彩音を探すのか?」
部長は、更に追い詰める様な言葉を放った。
「うっ.....」
「それにお前は今、自分が置かれている状態を分かってない。お前は、【神の名を継ぐ者】などが欲している4つの力の1つ〈野性〉を宿し、今や〈神守護〉にも狙われている身だ。そんな奴が勝手に行動されたら、こっちにも被害が出る。現に3度も学園が襲撃されかけている。」
一空が世界征服部に入ってから短期間で、様々な事件が起こり学園も危険に晒されてかけていた。
それは部長にとって何よりの問題であり、学園を守る為には原因だと思われる、一空の考えなしの行動を許すわけには行かなかったのだ。
それに一空も黙ってしまう。
「いいかお前の選択や行動は、もう私達にも影響が及ぶ事を忘れるな。だから、お前の行動は許可しないし、制限をかける。」
「っ!!」
その発言に、一空の顔が歪んだ。
「せ、制限だと!?ふざけるな、アンタにそんな権限はないだろうが!」
「あぁ、そうだな。だが、私の言う事を聞いてもらう。私の学園を守る為にな。」
一空と部長は、その場で睨み合い始めた。
部室は一気に険悪な雰囲気に変わり、うかつに声もかけられない状態になった。
仁は、そんな雰囲気に押されて声をかけられずにいた。
すると、何処からともなく急に翡翠が、一空と部長の間に割って入って来た。
「お二人共、少し落ち着いて。」
翡翠はそう言って両手をそれぞれの方に向けた。
その状況に、一空と部長が少し驚いた表情をしていた。
「あんたは...」
「伍代、急に入って来るな。」
「いきなり失礼致しました。かなり険悪な雰囲気だったもので、ちょっとした提案でもしようかと思いまして。」
「提案?」
後ろで仁が小さく呟いた。
そして、翡翠の言葉に一空と部長は耳を傾けた。
「雰囲気から察するところ、このままじゃ平行線だと思います。そこで、全力でぶつかり合ってはいかがですか?」
「全力でぶつかり合う?」
一空が聞き返すと、翡翠がより分かりやすく伝えた。
「決闘ですよ。」
「っ!」
「話し合いだけでは、解決出来ない事だってあります。そして、そこから関係が崩れる事すらあります。そんな事になる前に、一度当事者同士に合った方法で解決すべきと私は思っているのです。」
そこに仁が割って入って来た。
「それで、何で決闘なんだ。」
「お2人とも、腕には覚えがある方と認識しているので、いっそ全力で戦って勝った方の言う事を聞くとした方が、遺憾なく解決出来るのではと思いまして。...まぁ、これはお2人が了承したらの案ですけどね。」
翡翠は、一空と部長の目を交互に見ながら話した。
2人は、そのまま黙ったまま翡翠の方を見ていた。そして、2人同時に相手の方を一瞬見ると、部長が立ち上がって口を開いた。
「バカバカしい。そんな事までする必要はない。万城が大人になればいい話だ。」
そう言って部室の扉へと歩き出した。
「.....大人に...なるだと....」
一空は小さく背を向いたまま呟いた。そして、振り返って部長に向かって声を張った。
「待てっ!」
それに部長も足を止めて振り向いた。
「仲間を....相棒を信じたいという気持ちを諦める事が、大人なのか!?アンタは何様のつもりなんだ!」
「....」
そして一空が部長を指差して声を荒あげて放った。
「決闘だ!俺と勝負しろ!」
その言葉に部室にいた人物達は、異なった表情をしていた。
部長は、表情一つ変えずに真っ直ぐと一空の瞳を見つめて、仁は少し動揺した表情をし、翡翠は少し俯き部長の方を見て口角を上げていた。