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読み切り短編

婚約破棄された公爵令嬢と、婚約者を奪った男爵令嬢の狂詩曲

作者:中野莉央
 私、公爵令嬢レイラ・ヴェルメリアは、金髪碧眼のゴルディオル王子と婚約している。貴族として生まれたからには、恋愛結婚など夢のまた夢。親の決めた相手と結婚するのも、義務であると同時に運命。

 そう達観していたある日、狂詩曲(ラプソディ)の流れるパーティ会場で突然、王子から告げられた。


「レイラ、君との婚約を破棄したい」

「え、理由をお伺いしてもよろしいかしら?」

「理由は君が、他の男と交際しているからだ」

「はい?」

 パーティ会場の真っただ中、周囲にざわめきが広がるのがわかる。全く身に覚えのないことを言われて困惑していると、金髪碧眼の王子は眉間に皺を寄せた。

「とぼけても無駄だ! 話はすべてカリーナから聞いている!」

「カリーナ……?」

「ああ、この男爵令嬢カリーナ・グリツィーニが俺に教えてくれたんだ!」

「……」

 王子のかたわらにはパッチリとした、エメラルド色の瞳が印象的な、美しいストロベリーブロンドの男爵令嬢が王子の陰に隠れながら、不敵に口角を上げていた。あ、これは謀られたのだと察した私は思ったまま指摘した。


「ゴルディオル王子……。何と言われたのか知りませんが、カリーナ・グリツィーニ男爵令嬢に騙されてますわよ」

「なっ! 黙れ! カリーナを愚弄するとは許さんぞ!」

 怒り心頭で、私の話など聞く耳を持たなかった王子とは結局、婚約破棄となった。



 後日、婚約を破棄するという正式な書状が自宅に届き、それを居室のソファに腰かけながら、冷めた目で見た後、白磁器のティーカップに入れられたサフラワーのハーブティーを飲む。

「まいったわねぇ。何もパーティの真っ最中に婚約破棄しなくても……。あの王子には分別というものが無いのかしら……。おかげで私は王子と他の男性と二股かけていた女という噂が広まっているわ」

「人の噂も七十五日と言うし、レイラが婚約者意外と交際していたなどという、事実無根の噂など気に病む必要は無いだろう」

 私の幼馴染で、伯爵家子息のシルヴェストが銀色の髪を揺らしながら、慰めの言葉をかけてくれたので、私は微笑して肩をすくめる。

「本当に七十五日で噂が無くなれば良いのだけど……。まぁ、あそこまで話の通じない王子と結婚しなくて済んだことは僥倖だったわ……。あの王子と結婚生活を送ってかもと思うとゾッとするもの」

「そのゴルディオル王子だが、男爵令嬢カリーナ・グリツィーニと婚約する意向らしい」

「え……。まぁ、そんな雰囲気だったけど、男爵令嬢と婚約って……」

「うん。周囲は上級貴族じゃないと話にならないって難色を示しているようだ」

「そうでしょうね……」


 無実の罪で他者を陥れてほくそ笑み、まんまと王子の婚約者の座を手に入れようとしている男爵令嬢と、浅はかな女の言葉をあっさり信じた王子の未来が、前途洋洋たるものとは思えない。


「ゴルディオル王子と男爵令嬢の件は多少、気になるけど……。私は婚約破棄のほとぼりが冷めるまで、当面は外に出ないよう、お父様に言われてるのよね」

「じゃあ、何か動きがあったら、また伝えに来るよ」

「ありがとう。シルヴェスト……」


 幼馴染みに感謝を述べて、どうなることかと思っていた一週間後、手土産の焼き菓子を持って来たシルヴェストが、呆れ返りながら教えてくれた。


「ゴルディオル王子と、男爵令嬢カリーナ・グリツィーニの件だが、あの二人、別れたそうだ」

「えっ!? なんでまた?」

「カリーナ・グリツィーニは王子の他に、侯爵家の子息とも交際していたらしいんだ……」

「うわぁ……」


 私が王子と婚約破棄になった際、男爵令嬢カリーナ・グリツィーニは、私が他の男と交際していると王子に嘘を吹き込んだらしいが、自分のことだったのだろう。さぞかし、リアリティある捏造話を王子に語ったに違いない。

「それにしても何故、王子に他の男性との交際がバレてしまったの? 王子との婚約目前だったのでしょう?」

「ああ……。男爵令嬢カリーナ・グリツィーニは、王子と婚約する気だったが、侯爵家の子息との子供を身籠っていたのが発覚したらしくてな」

「えええ!」

「それで、男爵令嬢カリーナ・グリツィーニは、密かに堕胎を行ったらしいんだが……」

「男爵令嬢は王子の婚約者候補として、身辺調査をされてた真っ最中だったはずよね?」

「ああ。そのため、堕胎が王子に知られて、ゴルディオル王子は激怒し、そのまま彼女と別れたそうだ」

「うわぁ……」

 人ごとながら、さぞかし凄まじい修羅場が繰り広げられたのだろうと想像してドン引きした。

「男爵令嬢の言葉を信じて、公爵令嬢である君との婚約を解消したのに、こんなスキャンダルが発覚して、王子は面目を潰され、怒り心頭……。世間では今、この話題で持ちきりだよ」

「そうでしょうね……」

「まぁ、おかげでレイラにかけられた濡れ衣や、根も葉もない噂もこれで消えるんじゃないかな?」

「そうだと良いんだけど……。それにしても、他人を陥れて虚偽でこり固めて幸せをつかみ取ろうとしても、どこかでほころびが出て、遅かれ早かれ白日の下にさらされることになるのね」


 しみじみと語りながら、お茶を入れて「やっぱり悪いことはするものじゃ無いわねぇ」などと話をした。後日、王家から『こちらで改めて調べた所、レイラ・ヴェルメリア公爵令嬢に非は無かった』と謝罪の書状が届いた。

 さらに驚いたことに『可能なら、再び王子と婚約して欲しい』旨が記されていたが、この厚顔な申し出にはヴェルメリア公爵家当主である我が父も激怒。

 私自身も、あの王子と再び婚約する気にはなれなかった為「無理です」という意味の文章を、丁寧につづった書状を送って、丁重にお断りさせて頂いた。

 そして数ヶ月後のこと、大公からパーティの招待状が届いた時。タイミングよく、幼馴染の伯爵家子息、シルヴェストがやって来た。


「シルヴェスト! ちょうど良かったわ。実はお願いがあるんだけど」

「お願い?」

「実はね……。ブラックウォール大公のパーティに招待されたんだけど、エスコートを頼めるのが、あなたしかいないの! お願いできるかしら?」

「それは……。構わないが」

「なにか問題でも?」

 私が小首をかしげれば、彼は困り顔で眉根を寄せる。

「君の元婚約者であるゴルディオル王子と別れた、男爵令嬢カリーナ・グリツィーニだが……」

「?」

「ブラックウォール大公と、かなり親密にしているらしいぞ……」

「え」



 それから後日、半信半疑でシルヴェストと共に、ブラックウォール大公のパーティに行くと、きらびやかなパーティ会場の真ん中で、ストロベリーブロンドの美しい髪を揺らしながら、男爵令嬢カリーナ・グリツィーニが、ブラックウォール大公のそばで談笑していた。

 しかも大公の腕に、自身の豊満な胸を押し付けるように腕を絡めている。親子ほど離れた年の差がある、二人の関係が浅からぬことは、傍目から見ても明らかであった。


「本当に親しくしてるようね……」

「王子の次は大公に狙いを定めるとは、かなり権力志向の強い女性らしいな」

「年齢的に王子は二十代だったから分かるけど、ブラックウォール大公って……」


 私が遠目から、嬉しそうに談笑している男爵令嬢カリーナ・グリツィーニとその隣にいる、壮年の大公に視線を向けていると、シルヴェストも若干、呆れながら呟いた。


「ブラックウォール大公は、確か四十代だな」

「カリーナ・グリツィーニ男爵令嬢の、父親より年上なんじゃないかしら?」

「そうだろうね」

「しかもブラックウォール大公って……」

「ああ。結婚していて、子供もいる」

「……」


 婚約者のいる男性を奪い取るだけではなく、妻子ある男性にまで手を出すというのか……。彼女の心理は全く理解できないなと呆れ返った私は、男爵令嬢について考えるのを放棄することにした。

 パーティでのあいさつも済み、なんだか気疲れしてしまったので、にぎやかな狂詩曲(ラプソディ)が響き渡るパーティ会場を離れて、シルヴェストと二人で冷たい夜風に当たりながら月光の下、あずまやのある美しい庭園を歩きながら話す。


「それにしても、やっぱり悪い印象って中々消えないらしいわね……」

「え?」

「私のことよ」

「レイラの?」

「だって、王子と婚約解消してから、パーティでエスコートしてくれる人も居ないんだもの……」

 苦笑いしながら呟けば、銀髪の幼馴染は心外だと言わんばかりの表情でサファイア色の瞳を丸くする。

「僕がいるじゃないか」

「シルヴェストはいずれ、恋人が出来るでしょう?」

「残念ながら、恋人が出来る予定は無いよ」

 肩をすくめて苦笑いする幼馴染に、私も微笑する。

「奇遇ね……。私も婚約破棄の一件があってから、浮いた話が全然なくて両親も頭を痛めてる位なのよ? 私が結婚できなかったらシルヴェストに貰ってほしい位だわ」

「もしそんなことになったら、喜んで迎えに行くよ」

「あら、言ったわね? 後悔するんじゃないの?」

「いいや、後悔なんてしないさ……。レイラは俺の、最愛の幼馴染だからね」

 何気なく、冗談めかして言ったシルヴェストの言葉を聞いて、私は立ち止まる。


「……私、実は幼馴染の伯爵家子息に、長年片思いしてるの」

「え」

「王子の婚約者になった時に、いったんは諦めて王家に嫁ごうと思っていたんだけど……。婚約話が白紙になった上、自分にケチがついたことで、縁談話が舞い込んで来なくなったことに内心、大喜びしていて――」

「!」

「今日もその片思いの相手と、パーティに行けることを喜んでるような、酷い女なのよ? それでも私を貰ってくれる?」

 真っすぐ、シルヴェストを見つめて尋ねれば、彼は暫し呆然とした後、笑みをこぼした。

「奇遇だな……。俺も長年、幼馴染の公爵家令嬢に片思いしていたんだけど、彼女が王子の婚約者になってしまったから、涙をのんであきらめていたら、彼女が王子から婚約破棄されて、実家に戻る羽目になったことを喜んでいた酷い男なんだ」

「!」

「そんな俺でも構わないなら……。喜んで君を花嫁としてむかえたい」

 片ヒザをついて右手を差し出す銀髪の幼馴染に、私は満面の笑みで手を重ねた。

「その言葉を待ってたわ!」

「いいのか? 君は公爵令嬢なのに、俺は伯爵家で……」

 心配げに、私の瞳をのぞき込むシルヴェストに笑って答える。

「さっき言った通り、王子との婚約破棄でケチがついた娘をもらってくれる、奇特な貴族なんて早々いやしないわ! あなたが私を花嫁に望んでくれたと知れば、両親もきっと喜ぶわ!」

「レイラ……!」


 立ち上がった銀髪の幼馴染に抱きしめられ、長年の思いが叶った幸せに浸っていると、不意にブラックウォール大公とカリーナ・グリツィーニ男爵令嬢がこちらにやって来るのが見えて、私達は思わず、あずまやと草木の影に身を隠した。

 息を潜めていれば、カリーナ・グリツィーニ男爵令嬢がウキウキとはしゃぎながら、ブラックウォール大公の腕に、自身の細い腕を絡めて艶やかな笑みを見せる。


「どうしたんだカリーナ。今日は、ごきげんじゃないか?」

「実は……。ブラックウォール大公……。私、赤ちゃんができましたのよ!」

「え! ほ、本当なのか!?」

「うふふ。こんなこと冗談で言う訳ないでしょう」

「……」


 衝撃の告白に物陰に潜んでいた、私とシルヴェストは口元を手で覆いながら驚愕していた。黙り込むブラックウォール大公に構わず、うっとりとした目で、カリーナ・グリツィーニ男爵令嬢は続ける。

「赤ちゃんもできたことだし、早く結婚式をあげなきゃ! ねぇ、奥様とはいつ離婚できるの?」

「カリーナ……」

「やっぱり、出産前に結婚しておきたいもの。お腹が目立たない内に式を挙げたいわ! ねぇ、早く準備をしないと! 結婚式のドレスに教会の予約に」

「カリーナ。結婚はできない」

「え」

 固まる男爵令嬢に、大公は無表情で繰り返す。

「結婚はできないと言ったんだ」

「な、なんで……? 冗談でしょ!?」

「嘘でも冗談でもない。君とは結婚できない。私は妻と離婚するつもりはない」

「奥さんとの仲は冷え切ってるって……。愛してるのは私だって言ってたじゃない!」

 ストロベリーブロンドの髪を振り乱して叫ぶ男爵令嬢に、冷淡な視線を向けて大公は吐き捨てる。

「あんな言葉は、閨での決まり文句のような物じゃないか。あんなのを真に受けたのか?」

「!」

「とにかく、君とは結婚できない。……子供は堕胎してくれ」

「だ、駄目よ! 私、すでに一度、堕胎しているのよ? これ以上、堕胎したら子供が産めない身体になってしまう可能性があるって医師に言われたもの!」

 首を横に振って、取り乱す男爵令嬢を一瞥した大公はため息をつく。


「そんなこと、私には関係の無いことだ」

「なっ!」

「そもそも、君は私と一夜を共にする時は、避妊薬を飲んでると言いながら、わざと飲まなかったんだろう? ……自業自得じゃないか」

「酷い! 酷過ぎるわ! 私、絶対、産むんだから!」

「はぁ、仕方ない……。今まで通り、君のことは愛人として金銭的な支援をしよう」

「あ、愛人ですって? 私のことを愛人!?」

 ワナワナと震えて剣呑な様子の男爵令嬢に、冷淡な視線を向けた大公は鼻で笑った。

「愛人以外の何だというんだ……。妾と呼んだ方が良かったか?」

「!」

「とにかく、結婚については絶対に不可能だ。諦めてくれ。子供を産むというのなら、出産費用と子供が成人するまでの養育費については面倒を見よう。そこが妥協点だな」

「酷いっ! この私に、未婚の母になれって言うの!?」

「ああ。それと子供の父親を私だと公言するのはやめてくれ。醜聞に巻き込まれるのは御免だからな……。当面パーティで、君をエスコートするのも控えさせてもらうよ」


 そう告げると大公はその場を立ち去る。彼の後を追うように男爵令嬢も足早に立ち去った。二人が完全にその場を離れたのを確認してから、シルヴェストは呆然と口を開く。


「驚いたな」

「ええ」

「それにしても、カリーナ・グリツィーニ男爵令嬢は大公と結婚する気だったとは……」

「……」


 大公の子供を妊娠すれば、大公妃になれると信じたのだろうが、常識的に考えて、大公の肩書と妻子を持つ四十代の男性が、王子とトラブルがあって、おまけに侯爵家子息の子供を堕胎までした女性を、妻にと望むわけがなかったのだ。

 堕胎というのは言葉でなら簡単に言えるが、女性の身体にかかる負担は非常に大きい。カリーナ・グリツィーニ男爵令嬢は再び堕胎すれば、子供が産めない身体になってしまうと言っていたから、きっと大公の子供を産むのだろう。

 しかし、大公の態度では出産費用と養育費という必要最低限の面倒は見ても、子供の認知さえする気は無さそうだ。こうなったのは、カリーナ・グリツィーニ男爵令嬢の自業自得とはいえ、生まれて来る子供の境遇には同情を禁じ得ない。私は大きなため息をついた。


「まぁ、ぼくたちが、大公と男爵令嬢について考えても仕方ないことだ。あれは彼らの問題だからね……。それよりも君の父上と母上に、ぼくらの結婚の許可を貰わないと」

「……そうね」


 きらびやかな光が氾濫するパーティー会場から奏でられていた狂詩曲(ラプソディ)は終わりを告げた。

 月光の下、穏やかな夜想曲(ノクターン)が流れるのを聴きながら、差し出された彼の手を握り返し、私たちはゆっくりと歩き出した。

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