序章 弐
桜花、瀬戸の海に浮かぶ小さな半島を治める初代武将、桜城勝義(おうじょう かつよし)によって開拓された日の浅い國。
桜花にだけ咲く花、希望の桜”希桜(きざくら)”は桜でありながらも淡い山吹色、桃色をした藤のように房を作り、花が枯れると蕾を付ける。蕾を付けた希桜はそれが割れると綿の様なフワフワとした実を付けた。桜花の民はこの実を紡ぎ、織って布にした。この織物こそが後の桜花の特産品”希桜織(きざくらおり)”である。
この世に存在する全てのモノには霊力が宿り、人々の生活を助ける。そしてこの希桜、他の花よりも濃度の高い霊力を持っている。その希桜で作った織物は他の織物とは違い、夏には涼しく冬には暖かい、そして破れにくい。濃度の高い霊力の宿るこの織物の服は霊術師にとっては重要な法衣であり霊術の媒体となる霊力を貯めるのに効率が良いものだった。
二代目武将、桜城義風(おうじょう よしかぜ)は希桜が群生する森の傍にある山が鉱山であることを発見した。この鉱山から取れる鉱石もまた、霊力が高く壊れにくいため、武具や農具などの道具を作るのに適していた。そして刀となった鉱石は霊術を宿すことが出来た。―――最も、その霊術を操ることができたのは霊力の高い人間のみだったが。
義風はこの鉱石に鋼霊石(こうれいせき)と名付けた。
さらに義風は霊術師の中から鍛冶の出来る者を選出し、鋼霊石を使った刀を打つ霊術鍛冶(れいじゅつかじ)を取り入れた。霊術師によって打たれた刀には鋼霊石の霊力の他に術師の霊力が込められる。この刀は簡単には錆びにくく、刃毀れがしにくい、武士にとっては重要な相棒となった。この刀、精霊刀と言われ精霊の加護が授けられている。この加護は霊術が使えない人間にももたらされ、重宝された。
桜花が爆発的な進化を終える頃、戦が起きた。
小さな戦ではあったものの、馴染まない力を手にした桜花の民にとってこの戦は非常に不利なものとなる。
海岸沿いで結界を張っていた霊術師たちの負担は大きく、綻びが出たところを敵兵に攻め込まれ囚われそうになる。そこにいた霊術師の一人が義風の戦友であり親友の緋王龍之介(ひおう りゅうのすけ)の恋仲の娘であった。
急いで駆けつけた義風率いる兵のお陰で霊術師たちは無事であったものの、龍之介が囚われてしまう。
敵の条件は龍之介を返す代わりに唯一の精霊妃を引き渡すよう要求する。無論そのような条件が飲めるわけもない。何よりその時の精霊妃は義風の許嫁であった。
義風は精霊妃の代わりに十人の霊術師を引き渡すことを提案する。霊術師の認識が甘い敵には十人の霊術師は精霊妃一人に値すると誤認し、その要求を飲んだ。最も義風にそのような要求を飲むつもりは更々無い。これはあくまでも桜花側の体制を立て直す為の時間稼ぎだ。
取引の前夜、体制を整えた義風は兵を連れ敵陣に乗り込む。想定内だとでもいうかのように戦の準備を終えていた敵兵。両軍はそのまま野戦へと突入、日が昇る頃、戦は終わった。桜花軍は霊術師の活躍と、早急な緋王龍之介の奪還により勝利を収めたのであった。
後にこの戦は”緋王争奪の野戦”と呼ばれる。
人々は戦の度に活躍する龍之介を英雄だと言う一方で、捕らえられた事により桜花を裏切り寝返ったのだと言う者も現れた。
桜花に姫が誕生した数ヵ月後、龍之介の所にも男児が誕生した後も尚残る傷となる。
時は流れ、桜城義風の娘、桜花の姫、桜城風梨(おうじょう ふうり)九歳。
季節は春、植物たちが芽吹き、希桜の第一次収穫が始まる頃の話。