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第七話 平凡な幸せ

 当たり前のようだがお店の中は汚れていて。それを洗剤をつけた雑巾でひたすらに擦っていく。

 本当は業者さんにやってももらった方が確実で、お金もかからないに違いない。絵里子さんも早くお店から追い出した方がお店の管理も楽だろう。

 それでも俺を使ってくれるマスターに感謝。その分、業者さんじゃやらない所までやらなきゃって思うのは、ほんの少し操られている気もする。それでも、感謝。


 ゴミを出しにいくと、3件となりのスナックのママが大きなゴミを出そうとしていた。この前腰を痛めたと聞いていたから代わりに運んだりすと

「ありがとね、勇利ちゃん。」

と優しく声をかけてくれる。どういたしまして。この人は以前帰ろうとする絵里子さんと俺に絡んだ客を上手い事追っ払ってくれた人だった。それ以来のご縁だ。


「少年、おしぼりくんない?」

時々見かけるお姉さんが声を掛けてきた。口元を見ると吐いた様な跡が有る。

「お姉さん、大丈夫?」

俺はあわててお店に戻りおしぼりと水を差し出した。彼女は水を飲み干すと、化粧の崩れなどいっさい気にしないで顔を拭いた。

「ぷあっ。生き返る。」

一瞬でその表情が変わった。

「いつもあんがとう。お礼っていっちゃんだけど、これあげる。」

そう言って紙袋を手渡した。

「馴染みのお客さんからもらったんだけど、あたしにはどうもって感じでさ。悪いけど、貰ってくんない?」

この人はいつもこうだ。いらないと言っても、人にものをあげるのが好きらしい。多分中身は食べ物だ。

「ゴチになります。」

「うん、いい子だ。」

彼女は俺の肩をポンポンと叩くと行ってしまった。案の定中には北海道産の豪華乾物セットが入っていた。自腹じゃ買えない代物だ。

 思わず笑ってしまう。

 世の中普通にしていればいい事が巡ってくるもんだなあ、なんて思った。


 気がつくと8時を過ぎていた。兄貴を起こそうと声をかけるとすると彼はやんわりと体を起こした。

 それから表情の読めない顔つきでこう言った。

「勇利君、こんな事言っちゃ何だけど君には誘惑が多いだろう。最高で一晩いくらって言われた事が有る?」

 何を言われているかすぐに解ったけど、まさか基の兄貴からこんな台詞が出てくるなんて思いも寄らなかったから、

「40萬・・・・」

って正直に言ってしまっていた。

「ああ、もちろん、ふざけてだけど。」

慌ててごまかそうとする。いくら何でも絵空事の金額だし、さすがに躯を売るのは勘弁だ。兄の端正な顔がため息をついた。

「いや、妥当な金額だと思うよ。知ってるかい、ホモセクシュアルの男が綺麗な男の子のバージンに払う相場は、女の子の3倍だ。」

それからゆっくりとソファに座り直した。

「ただ、そう言う事に直面した時、忘れないで欲しい。いくら大きい金額がついたとしてもそれはお金でしかない。そして値札がついた時点で君は物になってしまう。買われてしまった消耗品は使い古され、壊わされて、価値が無くなったら捨てられる。君の人としてのコア(核)が無くなってしまう。その事を肝に銘じていて欲しい。」

なんて説教臭い言葉だろう。それにそんなの今時中学生でも知っている。それでもこの人が真剣に俺の事を心配してくれているのが解った。

「こんな話しをしたら傷付くかもしれないが、君は男受けするタイプだ。綺麗な顔をしているし、筋肉質の割に線が細い。情にほだされやすくって、純真で、多分だか騙されやすい。タイミングさえ合えば50萬の声がかかるかもしれない。きれいごとは言わない。心も傷付くかもしれないがそれ以上にHIVのリスクもある。現に僕の知り合いで一人、感染者した人がいる。僕は彼を責めるつもりは無いが、周りの人を不幸にしてしまっている事実は目の当たりにしている。だから君にはいろんな意味で誘惑に負けないでいて欲しい。君を必要だとしている人のためにも知っていてほしい。」

そう言うと、俺から目を逸らした。

 このことを言うのに、大の男でもさぞや勇気が必要だっただろうと思う。

「ありがとう。」

この言葉が好きだ。

「ありがとう。俺、大丈夫だから。」

俺は兄貴の前に立ちその額から鼻筋を指でなでた。

「俺には大切な人がいるもん。絵里子さんに、基。ボクシング部の連中もそうだし。ジムの連中も。さっきのお巡りさんもそう。俺の事、支えてくれているもん。」

切れ長の瞳が緩く開かれ、俺を真っすぐに見つめた。その口元が少し緩んだ。

「ああそうだ。たった今、基の兄貴も加わったぞ。」

俺は自分でも信じられないくらい穏やかな表情を浮かべてしまった気がする。

 

 平凡かも知れないけれど、俺は幸せだった。


                     Left Alone つづく



兄貴が好きっ

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