第四話 悲しい関係
基はいつもすまなそうに抱いた。高校2年と言えばやりたい真っ盛りだ。その頃には身長が一気に174センチまでのびた基は、恵まれた体格とうらやましいほど純粋なその気質でかなりモテていたと思う。
部室の裏で告白される姿を何度も目にしていたのだから。
ひらひらとしたスカートを翻す蝶の様な女の子達。お人形のような手足。年頃の男の子にとって可愛い彼女は夢だったろう。デートして、見せびらかして、じゃれ合って、ごく普通の高校生の“えっち”して。
最初の頃彼が本気で誰かに恋をしたら私との関係は終わると思っていた。
現にほんの少しの間基には彼女ができて、私たちの仲は立ち消えになった事もあるのだから。
何しろ彼には気取られ無いようそうなるようにしむけたのは、この私。
私は自分に女として魅力が有るなんてうぬぼれてはいなかった。たしかに小学校の頃にはそこそこ可愛い分類だったとは思う。でも今は男にしか見えない短い髪型に、筋肉質に作った体。表情も厳しすぎると思う。怒声も罵声も何でも有りだ。現にジャージを着ていたら男ばかりの大会会場ででさえ女だと扱われたた事は一度も無かった。でも彼は必要以上に律儀で、結局インターハイを目指したいと言う私の夢を一緒に見る事を選んだ。
つまり、恋愛をする余裕が無いほど二人はボクシングに打ち込んでいた。
基とのセックスは苦痛だった。抱かれるたびに、したい訳でもないのに濡れてくれる自分の体が不思議で、私って変だ、狂っているよと思った。
その現実が、自分は当たり前の女の子の様に恋をする人間じゃないんだって思わせてくれた。
そして私は再びダッチワイフの役目に徹する事になる。
マンガや小説に有るような恋人同士の語らいや、甘い睦言は皆無だった。それどころか、一度も自分からキスをする事はなかったし、私の指は最初から最後までシーツを掴んでいた。
それなのに、重なる毎に基の心が私に傾いてくるのが解った。
いつしか彼は私の顔色をうかがいながら歓ばせようとするようになり、じっと見つめながら愛撫を繰り返し、信じられないほどの絶頂の世界に連れて行ってくれるようになった。
耳元で囁かれる
“勇利”
と言う私の名前は
“好きだ”
の代わりに発信されているようで、その響きにどうしようもない歓びと哀しみが沸き上がった。
彼は誰が見ても理想の恋人だった。
ボクサーとして華やかに決めている基。だからといって地味な努力もコツコツやる事の出来る根性が有った。プロは無理だとしても、その輝きは私に取ってワールドチャンピオン並みだった。
友人の信頼も厚い基。
いつしているのか解らないが、それなりにいい成績も維持していた。
パンチをもらわないようにガードを確実に固める彼の顔はボクサーらしからぬ綺麗なもので、笑うとえくぼの浮き出る横顔にすれ違う女の子達が騒いでいた。
私だって基が好きだった。愛していたと言っても過言じゃない。でもはっきり言えるのは、私が恋をしたのは彼の才能と将来にだって事。
そう、何も持たない素の基に恋をしていた訳じゃない。
そんな自分が嫌いだった。純粋に彼を愛する事ができたらどんなによかっただろう。そのたくましい肩に腕をまわす事ができたらどんなに楽になれただろう。
でも、できなかった。
こんな中途半端な心で応えてしまったら、基を心底傷つけると思った。
私は彼の気持ちに値しない女なのだから。
そんな心の隙間に、雨の雫の様にしみ込んだのが基の兄貴だった。
それは偶然が重なっただけだった。
Left Alone つづく