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第三十一話 リセット

 3月も終盤に入ったその日、母さんは俺の傷の状態を先生から聞きショックも受けたようだった。一生消えないケロイドの跡が残ると言われたのだ。

「でもさ、時間が経つと少しは肌に馴染むって言っていたじゃないか。」

顔の傷なんて俺は笑い飛ばした。どうでもいい。鏡さえ見なきゃいいんだから。

 そんな事よりもこの不安定な気持ちを母さんに知られたくなかった。いくら待っても兄貴からの連絡は無くって、やっぱ、捨てられたのかなぁって。俺、疫病神みたいだもんなって。

 アレから兄貴と基が元通りに暮らせていると思えるほど俺は馬鹿じゃない。俺さえいなければこんな事にならずに済んだのに。

 その上俺が基に

“ 恋人として ”

抱かれていたんじゃ無い事も多分分かっている。あの頭のいい人が

“ ダッチワイフ ”

の意味を取り違えるはずが無いから。例えバレたとしても、こんなかたちで知って欲しくなかった。さすがに

“ 大人のおもちゃ ”

が弟のお下がりだったら、最低だ。

 あいつと寝てもいいって思えた、2年前の俺は子供で。躯はモノでしかないから、こんな躯なんかどうでも良いモノなんだって信じてた。でもそれが過ちだって今は分かってる。

 だからその過去を知られたのが怖かった。

 嘘でも良いから基とは

“ 恋人として ”

抱かれていた、そう思っていて欲しかった。

 そしてあの時の情熱が特別なものなんだって。兄貴だから素直に応えられたって事を信じて欲しかった。

 あいつに何度も抱かれ、自分の躯がすっかり女にさせられてる事くらい気がついていた。嫌だと思っていても感じてしまう、淫乱なんだって。でもやっぱり兄貴は特別で。あの人の腕の中で初めて自分が解放された気がした。怖がらなくても良いって。この人に任せればいいんだって。だから全てをさらけ出す事が出来たのに。

 それなのに・・・・。 

 何もかもが惨めだった。あの瞬間が素晴らしければ素晴らしいほど、それは俺を落ち込ませ、何度も番号を押した兄貴の電話番号をその最後の通話に切り替える勇気を俺から奪っていった。

 もしあの人の声が冷たくて、ほんの少しでも軽蔑の匂いを嗅いでしまったら、そんな後悔が目の前をよぎっていった。

 

 病院の帰り道、うつむきながら歩いている俺に母さんは意外な話しを持ち出した。

「木下肇さんだったかしら。」

と。

「えっ?」

兄貴の名前をいつ母さんに教えただろう?そう一瞬考えて、ああ、そうか。病院から電話をしてもらったんだと思い出す。

「兄貴がどうしたの?」

探る様に聞いていた。どうしてここで兄貴の名前が出てくのかまるで分からない。もしかしたらあのときの電話がつながらなくて、兄貴に俺の番号を教えていなかった、そう言われる事を期待していたのかもしれない。

「あのね」

それはとても言いずらそうに聞こえた。

「その人、遊里の事階段の下で助けてくれようとした人だったわよね。」

「うん、そうだよ。」

続きが聞きたかった。

「その人がどうしたの?」

「その人ね、私たちの事何度も車で送ってくれた人、だったわよね?」

「そうだよ。」

母さんがその事を快く思っていないって気づいていた。だからその先が不安だった。

「その人がこの前、会いにきたの。」

「えっ?」

思わず歩いている足が止まりそうになり慌てて足を動かしていた。

「な、何だったの?」

会いにきたって・・・・俺は会ってなんかいやしない。何があったのか想像がつかなかった。

「でもどうして?兄貴がなんて?」

母さんは少し言いよどみ

「家の近くで会ったのよ。」

と。それから付け加えるかの様に

「凄く心配していた。」

と言った。どうして近くまで来てくれたのに俺には会ってくれなかったのか。その答えを聞きたくなかった。・・・・会いたくないからだ。凄く心配していたって言われても、母さんがそう言ってるだけかもしれないじゃないか。それでも

「大丈夫って、言ってくれた?」

必死になって唇の端を持ち上げた。

「俺はこのとおり、ピンシャンしているから。いらない心配かける必要なんか無いよ。兄貴、善い人だからさ。下手に心配かけると悪いから。」

 沈黙が流れ、先に口を開いたのは母さんの方だった。

「母さんね、偶然家の近くで木下さんに会ったのよ。でね、少し話しをしたの。遊里の怪我の事とか、入院の事とか。彼、こっちが不安になるぐらい心配していたわ。それでね、自分の事を責めてた。未熟だって。」

「それって、どういう意味?」

あの人に限って未熟だなんて有り得ないじゃないか。

「責任をとるには未熟だって。」

さらりと言われたその台詞を嘘だと思いたかった。兄貴がそんな見え透いた言葉で俺から逃げようとするなんて。

「そっか。」

続きを話しかけようとした母さんを無理矢理さえぎり

「きっと俺の事を受け止めきれなかったって、そう言う事だね。いいのにね、そんな事。悪いの、俺だし。それより基の兄貴って古典的なハンサムだろう。目立つよね。俺、男に産まれてたらあんな風になりたかったなぁ。そうそう、ハンサムと言えば、ホストクラブの話し、教えたっけ?年明けにしばらくやっていたお店だけど、そこで傷が治ったら週1で働かないかってさ。顔に傷もオッケーだって。男って得だよね。傷が有るからハンサムに見えるらしいよ。」

俺はできるだけ明るく見えるように笑った。この時の母さんは

“ 仕方が無いわね ”

って顔でごまかされてくれた気がした。


 入学式の前日、目深に帽子をかぶって彼の家の前まで行った。別に隠れていた訳じゃない。傷は塞がったけど、しばらく直射日光に当たるなと言われていたから。

 そこには大きな引っ越し会社の車が横付けされていて、小学生ぐらいの子供が新しい家だとはしゃいでいた。


 その帰り道、もうぼろぼろになっていた兄貴の名刺を捨てた。こんな紙切れを宝物だと思っていた子供の様な自分が嫌いだ。それをコンビニのゴミ箱に突っ込んで、これでいいんだって、自分に言い聞かせた。もともと縁の無かった関係なんだからって。

  

                

                 Left Alone       つづく



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