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第二十四話 夢を見る

 二人で少しまどろんだ。時計の針は一時を少し過ぎていて、南向きの部屋は午後の日差しで初夏のように温かかった。

 先に立ち上がったのは兄貴の方で、大きめのタオルを持って来ると俺をその上に座らせた。最初何をしているのか分らずきょとんとしていたけれど、すぐにその理由が分った。        

 その事に驚き躯を振るわせる俺を、兄貴はとても満足そうに見ていて。

 恥ずかしかったけど、それだけじゃなかった。

 俺の躯に刻まれていた過去の全ての傷跡が消し去られ、この人と愛し合った記憶だけが残っている。その事がとにかく嬉しかった。だからシャワーを浴びる気にはならなかった。肌に残った兄貴の匂いをずっとまとっていたかった。

 兄貴は完璧だった。単に格好良いとか学歴が高いって事じゃない。思いやりが有って優しくて。

 俺が身悶えるたびに

「怖くないから。」

って囁いてくれて。俺の不安の全て取払い、その瞳を合わせ、自分以上に俺を大切にしてくれた。


 先に服を着終えた兄貴はソファにもたれながら俺を待ち、手招きをした。その隣に座ると引き寄せられ短い可愛いキスをしてくれた。まるで恋人同志のように。

 でも現実に戻った俺は少し不安だった。第一兄貴と俺とじゃ釣り合わない。この人が軽い気持ちでこんな事をするとは思えないけれど、今有った事を無かった事にしたい、そう思っても不思議じゃなかった。

 そんな俺の心を見透かしたかのように、兄貴は言った。

「俺たちは恋人同士なのかな。」

この返事で何もかも決まる、そう思った。

“ もう、恋人同士だろう? ”

そんな風にさりげなくふざけて返そうか。でも出て来たのは俺の抱える不安そのものだった。

「俺の事、彼女にしてくれる?」

何もかも兄貴次第だから。

 兄貴はため息をつくと、仕方ないなあ、と言った感じの笑い顔を浮かべ、どうしていいか分らずにいる俺に口づけた。

 ほんの少し、つつく様なキス。そのくせ抱えている腕の力は強くって身動きできなかった。俺は唇を開いて欲しいと誘う。ゆっくりと差し入れられた柔らかな舌が俺の中を擦るのに、すぐに戻され、じらされ、いつの間にか俺は喘ぎ声を上げていた。これが本当のキスっていうものだって思った。

 追いすがろうとする俺をよそに、まるで意地悪なヒョウのようにこの人はゆっくりと唇を離す。でも彼の瞳に映っているのは欲望ではなくて、むしろ深くて見えない水の底の様だった。

 この時やっと彼が何を言いたかったか解った。

「僕は君の

“ たった一人 ”

になりたい。」

それはとても落ち着いた静かな声だった。


 俺が今日ここに来た本当の目的は、基と別れる為だったと告白した。 

 いつも兄貴の腕の中で泣いているものだから、それが習慣になってしまったらしい。俺はその胸に顔を埋めていた。

 俺はついさっき感じた

“ 今まで生きてきて最高の瞬間 ”

と、これから基に言う別れの言葉で胸が一杯になりそうだった。


 男と女の間に友情ってあり得ないのかなぁ。


 俺は基に言うはずだった別れの言葉を心の中で思い出し繰り返していた。

 始めから二人の間に恋愛感情は無いのだ。ただあの時はなり行きで躯を提供しただけだ。まるで教科書を貸すみたいに。そして俺は熱心な選手を手に入れた。ある種の取引だったんだ。二人は親友、でもあれは愛じゃない。俺達は繋がっているけど、それは男と女の情じゃない。

「兄貴の事好きになって初めて解った。」

そう、俺は兄貴を好きになって初めて

“ 愛している ”

って事を知ったんだ。俺は兄貴から見返りを欲しいなんて思わないし、兄貴は無条件に俺を包んでくれる。何かをくれてやる事も奪う事も無い、心から受け入れたい。ただそれだけ。

「俺が愛しているのは後にも先にも兄貴だけだ。」

 その事を基に分ってもらえるだろうか。俺は彼を愛していないと。

 基が思い詰めている事を知らない訳じゃない。二次試験の前日にあんな事が有って、彼は舞い上がりそうなほど喜んでいた。きっと彼は俺がいい返事を返すと確信したに違いない。でも、あれは間違いだったんだ。

 家の合鍵もそう。彼は“持っていろ”そう言う意味で俺に渡したって事分かってた。

 その彼があと4時間で帰って来る。多分、合格も決め、お祝いのシャンペンとお気に入りのデリの総菜と、ホールのチョコレートケーキを抱えて。頬にあのえくぼをたたえながら。

「ご免、基。」

それは声にならず、兄貴の胸元へと消えていった。

 もっと早く基に別れを告げるべきだった。受験前に動揺させたくない、そんな気持ちではっきり言えずにいた自分が嫌だ。別れを先送りにすればするほど、基は傷付くというのに。

 そんな俺を彼はただ頷くように抱きしめてくれていた。

 この人は俺の中にある感情をありのままに受け止めてくれている、そういう気がした。だから俺を尊重し、俺自信で後悔しない様な結論を出せるよう待ってくれている、そう感じた。

「自分で言えるかい?」

 この人は俺に勇気をくれる。

 自分で決めた事を強い意志で貫けるように。

 だから俺はきっぱり言うことが出来た。

「大丈夫。今の俺は誰よりも強いから。俺が基と別れを決めたのは、基を愛していないからだ。兄貴とこういう関係になったからじゃない。基と俺の関係は、もう既に結果の出ている事だった。」

と。

 俺達の別れに兄貴は関係がなかった。俺は彼を愛していない。それが理由だから。だから独りで決着を着けなきゃって思った。

「少し・・・・時間がかかるかもしれない。」

俺の体に回っていた手にわずかだけれど力が込められた事を感じた。

「基には納得して別れて欲しいと思っている。」

兄貴には悪いと思う。でもそれは必然だった。

「自分でまいた種は自分で拾うから。けじめだけはつけないと。」

納得がいかない、そう言われもめる予感が有った。もしかして他に誰かいるのかと問いつめられるかもしれない。でも、それは基には関係ない。俺が誰を好きになろうが自由だ。だから兄貴を巻き込みたくなかった。

 もしかしたら兄貴が間に入った方が話しは早いのかもしれない。でもその考えはすぐに捨てた。けりはつくかもしれないがそれで彼が納得できるはずが無いから。

 基は親友。だからこそ解って欲しい事が有った。

「決着がつくまで、会えないかもしれない・・・・」

 頭の上で小さく頷く気配を感じた。

 うやむやに流してしまったら、俺は兄弟の仲を引き裂くだけで、いつか兄貴は俺といる事が苦痛になる日が来る。俺は確かに兄貴を愛しているけれど、それを基や兄貴を犠牲にしてもいいという口実にはしたくなかった。

 兄貴はそんな俺に言った。

「心の底から君が好きだ。君を誇りに思う。」

その一言で理解されているって感じた。

「僕はいつまででも待つ。一生でもかまわない。勇利が勇利でいる事が出来る為なら、時間は問題じゃない。僕が生きるって事は、君が君である事なんだ。」

 引き寄せられ、唇から愛をもらう。真面目そうに見えるひとほど裏があるなんて嘘だ。俺は彼の上に躯を乗せ、その誠実な顔を両手で包み、はっきりと名前を呼んでいた。

「肇は神様が俺にくれた一番の贈り物だ。俺、肇に認めてもらって初めて自分の事が好きになれた。」

それが本心だったから。この人は俺の悪い所や醜い所の全てを浄化してくれる。この人がいて初めて俺は生きる事が喜びだって知ったんだ。

「肇の全てになりたい。」

できるものなら。この人が俺に注いでくれた愛の分だけ、俺だってこの人を大切にしたい。

「ねぇ、お願いだからこんな俺の事見捨てないでね。俺が愛しているって言った事、信じてね。」

「馬鹿だなぁ。」

その声は優しくて。

「僕は一生君のそばにいたいのに。」

この人の本音だと思った。有り得ないほど幸せだった。



        Left Alone     つづく   


次回予告 ご免なさい、ご免なさい、ご免なさい!

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