第二十三話 恋
R15 性描写有ります。お嫌いな方は迂回願います。
兄貴の手が俺の体をまさぐった。その肌を滑っていく感触に目眩がする。その指が俺の胸に触れ彼が呆気に取られたのが分るから。
「女でご免。」
そんな言葉が頭に浮かんだ。同時に唇が塞がれた。
まるで津波のようだった。
一瞬の間に呑み込まれる。何が起こったか気づく前に攫われ、高波に押し上げられ、溺れそうになり、その体にしがみつく。
打ち上げられるように椅子から柔らかいリビングの絨毯の上に降ろされていた。
愛して欲しかった。俺は一度だって本当に好きな人に抱かれ事が無い。正確に言うと俺はこれまで恋なんて知らなかったんだから。だから一度でもいい。この人に愛されたかった。愛している人と躯でつながる喜びを知りたかった。
兄貴の唇が愛していると囁いた。何度も何度も繰り返される。
厚手のフランネルのシャツのボタンが外され、タンクトップがたくし上げられ、肌寒いはずの空気に晒されながら俺の躯は火照った。
貧相な躯。それでも彼は満足そうなため息と共にそっと頬をすり寄せた。
彼の唇と掌が俺のすべてを知りたいと行き交い、体中に兄貴の熱を感じ、俺は焼き尽きそうだった。俺はしがみつく以外何も出来なくて。それでもこの人から与えられる痛みにも似た刺激の一つ一つに悲鳴をあげて応えていた。
融けそうで、燃えそうで。俺は形を無くし、意識だけが宙に浮きそうだ。
でも彼は服を脱ごうとしない。こんなに激しく求め合っているのに、兄貴はなぜか躊躇っている。
「ねぇ。」
俺は彼の胸元に指を滑らせた。自分だけが夢中なのかと悲しくなりそうだ。
この境界線を踏み越えたかった。
その時やっと気がついた。俺は少し鈍いらしい。
「妊娠なんかしない。」
そう言うと困った顔の兄貴は少し躯を引いて、それから俺を気遣う様な丁寧なキスを鼻の先に落とした。
「欲しい。でも、それだけじゃない。大切だから、大事にしたい。焦らなくても、君は僕の特別な人なんだ。」
その一言に限りなく愛されているって思った。
でも俺にとっては兄貴こそが特別なんだ、そう伝えたかった。
危険を冒す価値がある、そう思えた。もちろん可能性は低いから。だから他の男にコンドームなしでやらせた事なんか一度も無い、そう言って反応を待った。
「リスクが有るとか無いとか、兄貴とだったらそう言うの、関係ないんだよ。」
すると兄貴は真剣な表情で、覚悟は有るのかと言った。
“覚悟!!”
思わず大きなおなかを抱えた自分の姿が思い浮かんだ。産みたいと思った。辛い生活には慣れているから大丈夫。俺の膨らんだおなかをこの人が支えてくれたらどんな気分だろう。
兄貴の赤ちゃん・・・・!
「産んでもいいの?」
それは賭けだった。自分から抱いて欲しいと思っているのに、兄貴にも責任を強要しているんだから。
それでも彼の顔はほころび、俺はキツく抱きしめられた。愛の言葉をささやきながら、俺を覆っている全ての服を取り去り、体中にキスを撒き散らした。
初めてのときよりも怖かった。彼を満足させられるか心配だった。服を脱いだ兄貴はとても大きくて6年の歳の違いが目の前に迫って来た。
その背中に必死で腕をまわした。
好き。この人が好き。
なのに見下ろす瞳が一瞬不安そうに揺れた。どうして?俺はこんなに幸せなのに?
俺じゃ駄目なの?俺は兄貴を悲しませているの?
もう一度その背中に力を込め
“ お願い ”
そう言いかけた時、彼はほっと緩んだような表情を浮かべると、俺はその腕の中にしっかりと包み込まれていた。
生物学の本で読んだ事が有る。どうして女が感じた後に動けなくなるのか。それは精子が体の外に流れてしまわないようにする、自然な働きだって。
片肘を立てて微笑む兄貴。その手の甲が俺の頬を撫でている。見つめられて恥ずかしいのに、俺はぼうっとしたまま、彼から目を逸らす事ができない。
「できてたら、産んでくれるんだよね。」
兄貴は小声で囁いた。それから俺の腰を引き寄せ、自分の体の上に乗せた。
その感触に胃の辺りが沸き立つ。
この人と愛を交わした?
「嘘みたいだ。」
独り言のはずが彼はくすくすと笑って受けた。
「嘘だったら困る。」
その目はいたずらっ子のように輝いていた。
「俺の事、男だと信じていたくせに。」
なんだよ、この変わり様は。二人とも子供みたいだった。
不意に兄貴が俺の耳を噛んだ。思わず声が出る。あの蕩けた瞬間が蘇えり、躯を開こうとし慌てて身を隠す。今の恥ずかしい仕草を感づかれたかと兄貴の瞳を覗き込むと、そっちの方がもっと露骨で恥ずかしかった。
兄貴がしてくれたように、俺も俺のやり方で愛している事を伝えたかった。
でもよく考えると、こうやって自分から男の人に触れるのは初めてだ。
「がっかりさせたらごめん。」
俺には本当の意味で
“愛し合う”
事の経験が有る訳じゃない。
それでも不安は感じなかった。きっとさっきと一緒だ。躯の声を聞けばいいんだ。兄貴を感じていればいい。
「兄貴が好き。兄貴だけが好き。兄貴の事考えると他の事、どうでも良くなる。」
兄貴はこの世の全てだ。
両手をついてバランスをとりながら、彼の感触を確かめた。それから彼の手をとり俺の腰に持って来た。兄貴に導いて欲しかった。この人に愛される本能で俺は女に生まれ変わるんだと思った。
「兄貴の手で俺の事作り替えて。俺、兄貴の手で女になりたい。」
俺の躯の中で嬉しさが弾けていた。
「肇。」
彼は名前を口にした。
「兄貴じゃない。肇だ。」
はじめ、はじめ。兄貴の事を名前で呼ぶなんて恥ずかしかった。照れくさいけど、初めてその名前を呼んだ。
「は・じ・め。」
その響きに痺れた。
「肇が好き。」
大好き。肇が好き。肇が好き。
なんて好い名前なんだろう。俺はその名前を繰り返した。
Left Alone つづく
「彼女。」をお読みになった方ですと、基、兄貴、そして勇利の態度がそれぞれまるで違うとお気づきと思います。
性愛について、エリス・ピーター著 聖域の雀 に出てくるワンシーンは圧巻!タブーを犯したとしても、愛情に突き動かされて起こした行為は神々しささえ感じます。あんな文章を書ける様になりたいものです。