第二十二話 壊れる
作者:謎のロシア人 えろせ・シュラバスキー・ながる でございます。
その時斜め向かいのソファに座る兄貴が少し動き、俺の方を上目遣いで見つめていた事に気がついた。俺と目が合った彼は小さなため息と共に、
「基との関係はいつまで続ける気だ。」
そう言った。
予期なんてしていなかった。
突然の言葉に俺は体を硬くした。いずれ言われる事になるんだろうとは思っていたけど、その一言はフワフワと宙に浮いていて。
悲しい気持ちだけが湧いて来た。
関係、か。あいつと寝てるって事、兄貴に知られてる事ぐらい、知っていた。でも、俺だって別に好きでこんな関係になったんじゃない。できる事ならこんな関係、最初から無かった事にしたいよ。もう別れるって決めてるけど落ち込んでしまう。俺は好きでもない男に抱かれて平気でいられ、その上何度も何度も快感を貪って。やっぱり自分は名前通りの女なんだって。普通じゃないんだって。
その沈黙を
「済まない。」
兄貴はさも申し訳なさそうに謝った。
なんだよ。なんで兄貴が謝るんだよ。
兄貴は俺のトリガーを引く。心が弱くなっている瞬間を見越して引き金を引き絞る。
嫌になる。
俺は唇を噛んだ。
「基とは別れてくれ。」
続けられた言葉に俺は唖然とした。そう言う事だったのか、と、
そうだ、この人は俺を未だに男だと思っているんだった。俺は笑いたい気分になった。男同士の関係はいかんと、本当はもっと前に俺に言いたかったはずだ。何しろ俺にHIVは怖いと説教したくらいだもの。
今までそれを言いたくて我慢していたんだよね。
「実はさ、俺、本当は女なんですけど。びっくりした?兄貴があんまり上手い事騙されるから、言うに言えなくなっちまってさあ。ご免。そんな訳です。」
そんな台詞が俺の頭に浮かぶと同時に、沸々と怒りが湧いて来た。
なんだよ、俺だけかい?弟の事は責めないのかよ。俺も基も同罪だぜ。そんなに俺が誘惑しているように見えんのか?これじゃああの時俺をスベタってののしった畠山の母ちゃんと一緒だ。でも、兄貴の方がタチが悪い。
兄貴は優しい顔で俺の事監視していただけだったんだ。
お願いだから少しは俺の話しも聞いてくれよ。
俺だって辛いんだよ。
俺だって誰かに解って欲しい。愛してくれなんて言わないさ。でも、人並みに好きになってもらえるくらい期待しちゃいかなかった?
俺は基が好きなんじゃない。兄貴の事が好きなんだよ!!
手に持つボウルが震えた。こんな時変だけど、こんな高級そうな食器、割ったら弁償できない。そう思って必死で震えを堪えた。
大きな両手が俺の手に重なり、そっとボールを取り上げる。その仕草があまりにも温かくて、この人が何を考えているか解らなかった。涙で滲む目で彼を見上げると、兄貴はゆっくりと唇を寄せた。
ほんの少し、口の端に触れるようなキス。
なんだよ。俺の事男だと思ってんじゃねぇの?
兄貴は俺が座っていた独り掛けのソファに上がり込み、俺を抱きしめた。それからもう一度、やんわりと鳥の羽が触れるようなキスすると、泣いて欲しくないと呟いた。
確かに兄貴の声で言った。俺の事が好きだから、泣かせたい訳じゃないんだと。
大好きな兄貴の香りに包まれて、俺は狂いそうだった。
この人は俺を壊そうとしているんだろうか。そんな風に言われたら本気にしてしまう。
これは夢?
俺の頭をその手が撫でた。あれほど不快だと思っていた行為なのに兄貴がすると心地良い。
俺は思いつく限りいつも兄貴の腕の中で泣いていた気がする。
兄貴はいつだって俺を受け入れてくれた。兄貴だけは特別だった。
この人を見上げながらどうしていいか解らず戸惑った。本気で好きだから。恋愛の経験は無いのに、セックスだけは覚えていて、それ以外のつながり方を知らない俺。手段も方法も知恵も無い。その上躯は彼の事を欲しいと言っていて。そんな俺を軽蔑だけはされたくなかった。
澄んでいる、でも少し困った様な瞳が俺を見つめていて。
「基じゃ無い。俺が好きなのは、基じゃ無い。でも・・・・どうしていいか解らない。」
この人が何を考えているか解らない。俺の
“好き”
は、
“愛している”
の
“好き”
だから。
彼は俺を見下ろすと一瞬表情を止めた。それから大きく目を見開くと俺の首筋に熱い唇を押し付けた。舌先で愛撫を繰り返しながら、強く、強く、強く!
俺は叫ぶように告げていた。
「好き、兄貴が好き。」
体に回した腕に全ての力を込めた。放さないで!
「兄貴が好きなんだよぅ。」
我ながら情け無い声で懇願していた。体中が疼き、どうしても兄貴が欲しかった。
Left Alone つづく
やっとここまで参りました。
次はお待ちかね♪・・・・いや、待っていないって?