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第十九話 夢落ち

とろとろとまどろんでいる時その人は来た。てか、ここお店の中じゃん。

俺は不覚にも店を掃除している最中に寝ちまったらしい。

「あははっ。」

笑って誤摩化しながらソファアから起きようとすると、

その人は当たり前の様に俺の隣に座った。

『大丈夫か。』

そう言われた気がする。兄貴だった。無精髭を生やして疲れているけれど格好いい事には変わらない。

その人が笑った。

『仕事はどうだ?』

「ああ、これね。」

誰が兄貴にここの事教えたんだ?

「まあまあってとこ。」

俺は肩をすくめた。紺地にピンストライプの借り物のスーツ、でかすぎるウエストをベルトで絞っていた。青い化繊のシャツにはだらしなくネクタイが引っかかっていて。

いつも仕立てのいいスーツを着ている兄貴とは天と地の差だ。

『ここでどんな事するの?』

彼は俺の顔を覗き込んだ。

 描き込んだ眉毛がめちゃくちゃ恥ずかしいから思わず前髪をなで付け隠してしまう。

「とりあえず今は掃除。他はおつまみ運んだり、お絞り出したり・・・・」

『ふうん。』

その顔は、嘘付けって言っていた。

「あ、その、少しぐらいはお客さんの相手するよ。」

『どんな風に?』

ああ、嫌だ。この人、分っているくせに。

からかわれているって知っていても顔が紅くなる。

「担当さんが席外した時に女の人の話し聞いたり、おしゃべりしたり、とか・・・・」

そんなに顔、近づけるなよ。息かかってるし。

『愛している、とか、言う訳?』

その顔は兄貴らしくなく、にやにやしていた。挙げ句に

『僕でもなれると思うかい?』

何言ってんだ。

『勇利だったら、僕にいくら払うかな?』

その指先を俺の鼻に当てた。目が笑っている。

『勇利、愛してる。』

まったく。馬鹿にしやがって。そう思いながら俺はおかしかった。

 こんな兄貴初めてだ。いつもウイスキーをがぶ飲みしていても、こんなになるほど酔っている所は見た事が無かった。

 彼の唇が降りてきて、耳元で囁いた。

『愛している。』

鳥肌が立ち俺は思わず彼のコートを掴んでいた。

“ ふざけるのもいい加減にしろ。本気にしたくなるじゃないか!! ”

 その瞬間兄貴の香りに包まれた。染み付いた紫煙と兄貴の肌の香り。それを胸一杯に吸い込んでいた。

 兄貴はキスをした。躊躇うように、軽く。

 俺はどうすればいい?彼を押しのける?唇を閉じる?それとも?

 俺はそっと兄貴の上唇を舐めた。

 何も言わず、ただ唇を割り、兄貴の舌が俺のそれに絡んだ。

 駄目だと言われても俺はしたと思う。


 これはきっと夢だ。こんな事有るはずが無いんだから。


 だから、夢だから、兄貴に抱かれていたい。

「俺も、愛してる・・・・」

両手を彼の体に回し強く引き寄せた。温かい躯。まるで現実みたいに兄貴の体の重さを感じる。

キスが深まり、閉じた瞳の奥で火花が散るようだった。

その感覚のあまりの生々しさに身震いがするほどだった。

 これは夢だ。見ちゃいけない夢なんだ。起きないと。早く起きないと・・・・!

 目を見開こうとし見上げた天井は白い。

 そうだ、俺は保健室で寝ていたはずじゃなか。しっかり目覚めなくっちゃ!何かがおかしい。

 ぼんやりとした目に映ったのは兄貴なんかじゃなくて、瞳を大きく見開いて見つめているえくぼの男だった。

「基・・・・」

俺は彼の名を呑み込んだ。

両手は基にしっかりとしがみついていた。その手から力が抜ける。

自分の唇に触れると、さっきまで感じていたそれは確かに基の感触だった。

彼は俺の額にキスをして、目尻を細め唇を引き締めた。それから俺たちのポーズ、拳を作り天に向かって突き上げ歯を見せて笑った。 

 俺は兄貴のコートのハデな裏地を翻しながら去って行く基の後ろ姿を唖然として見送った。

 明日は彼の二次試験だった。


 この時感じた嫌悪感。そして俺は自分の気持ちにはっきりと気がついた。

 俺は兄貴の事を好きなんじゃない。それ以上に愛しているんだって。



          Left Alone    つづく


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