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第十八話 日常


ホストクラブについての記載有ります。汚い内容なので、そう言うの嫌(綺麗な所だけ見ていたい)人はパスしてね。ついでに、フィクションだから。

 あっ、ついでに高校生はホストクラブお出入り禁止ですから。



 部屋に戻ると襖がほんの少し開いていて、なんとなく絵里子さんが起きている気配を感じた。

「あの人、もうここに来ないから。」

俺は自分に言い聞かせていた。

「二度と来ない。お迎えなんていらないからって、はっきり言ったから。」

今度という今度は二度と来てくれるはずが無い。


 それから俺はぐずぐずと毎日を過ごしていた。

 考えたくないのにふとあの人の香りを思いだしてしまう。

 兄貴の事が大切だった。もしかしたら基よりも。俺にとって産まれて初めて拠り所になってくれた人だから。それなのに兄貴の事を汚してしまった、そんな気がした。

 よりによって兄貴に抱いて欲しいだなんて。   

 あの人に組みしかれ、その体重を受け止めながら躯を交じり合わせる事を想像して熱くなってしまったなんて。

 もしあの時、兄貴の躯に手を回してしまっていたらどうなっていただろう。そのとき兄貴が応えてくれたら?もちろん抱かれていた。絵里子さんは寝ていると信じて、彼の背中にしがみついていたと思う。それか、部屋を抜け出しどこか二人きりになれる所に向かったに違いない。そこで狂ったみたいに欲しがっただろう。

 失うものの無い人生だと思っていたけれど、たった一つ、兄貴の事を大切に想う気持ちだけは壊したくなかった。

 俺に兄貴はふさわしくなんかない。俺の汚れてしまった生き方をあの人の人生に交わらしてはいけない。


 だからもう兄貴にはもう二度と会わない方がいい。


 そんな思いの中、2月に入ってホストクラブでバイトを始めた。といっても内勤だけど。少しでも先立つものが必要だったから。

 週4日の裏方さん。お店は19時から1時までと朝の5時からの二部営業で、働くのは木曜から日曜の夜の方、土日祝日は都合がついたらその後もヘルプしてほしいと言われていた。1時から5時までの休憩の間にお店を掃除し仕切り直しをするからだ。絵里子さんの仕事とほとんど同じ時間だから、彼女には頼み込んでやらせてもらった。

「ほら、もう子供の気分じゃいけないだろ?どうせ春になったらなにがしかのバイトと始めるんだし。どうせだったら顔見知りのいるところで働いた方がいいからさ。それにそこだったら絵里子さんと一緒に帰れるから絵里子さんも安心だよ。」

 そこは近所のジムにトレーニングにくるホストさんが沢山いるお店だった。駿ちゃんもその一人で、他のスタッフのお兄さん達とも以前から会った事が有り気が置けなかったし、今川さんもそこならいいんじゃないかといってくれた。とは言っても未成年だし、なにより偽物。

 俺には“プレミア”がついてたらしい。自分じゃ知らなかったけど、俺は交番詰めの男の子イコール箱詰め息子。訳して“ハコムス”と呼ばれた有名人だったらしい。我ながらど赤面な名前。そんな事もお酒を断れる理由になるから幸いだった。でもお店のオーナーはそこのセールスが上手い。

“ハコムス”

の価値を最大限利用し、裏方のはずの俺の“将来の”指名料にとんでもない金額を付けていた。その4割が俺の手元に入ると聞かされ、目眩がしそうだった。しかも

「この子はまだ未成年なんですよ。お酒がまだ飲めないんで飾り物なんです。ここいらじゃ結構有名な子で無茶させられないんですよねぇ。だから今のところ内勤つけているんです。それにこのとおりうぶなんで、まだ染めたくない所もありましてね。もう少しして(ここで2年後って言わない所がオーナーだ)成人しましたら道理の分ったご常連さんにだけご指名いただけるようにって考えているんですよ。」

と売り込むらしい。

 つまりこういう事だ。プレミアがつけばつくほど欲しくなる。駄目だと言われるとごり押ししたくなる。同じ品物でも、1万で買うより100万で買った方がいい場合が有るという事だ。とりあえず俺の事が気になったお客さんは

“道理の分った常連さん”

になるべくお金を湯水のように使い鷹揚な上客を装う。こういうお店はそういうものらしい。

 人間の心理なんてそんなもんだ。手に入らないモノほど欲しくなる。

 これって俺にも当てはまるなって思った。だから欲しいんだよって。

 

 ホストの世界は思ったよりも厳しかった。

 最初はこんな高いお金をとるなんてぼったくりみたいで正直抵抗が有った。

 でもだんだん現実が分って来た。

 お客さんの女性達の半数以上は風の人達で、みんな何かを背負っていた。

 お店のピークは10時1時。週末のこの時間は厨房(といっても洗い物したりするぐらいだけど)に入った。この時間席を外す事でたちの悪いお客さんにつかまる可能性が低くなるからという店長の配慮らしい。つまり、服を脱がされたり、プロレス技かけられたり、焼酎10本開けるから一気飲みしろとかだ。

 それに偽物だから、下手に本物と一緒にいるのもまずいらしい。      

 だから俺は12時半過ぎにフロアに戻って、酔いつぶれたスタッフの世話をしながらの接客にまわる。

 日が進むに連れてどうして体を壊すほどお酒飲んで頑張るのか、ホストって不思議だと思った。

 飲む量が普通じゃない。

 なんでこういう所の男子トイレが店の奥に有るのか知ってる?それは後半になると半数以上が便器に顔突っ込んでゲロ吐いて果てているから、それを見られないようにする為さ。いくら絵里子さんが飲んで酔いつぶれていても吐くほどじゃない。ましてや意識が飛ぶなんて事はない。声を掛ければ起きるし、肩を貸せば人並みに歩ける。でも彼らは違った。まるで何かに追い立てられているようだった。

 それでも飲まない訳にはいかない。しかもそのうちの何人かは4時間後の日の出営業のスタッフだ。だから吐かない訳にはいかない。

「噛むんじゃねぜぞ。」

俺はそう言ってタオルの巻いたスプーンを彼らの口の奥へ押し込んだ。

 それが悲しくて、出来るだけお店に残って後始末を手伝った。どうせ短期バイトだからと体に無理をきかせた。

 報酬は時給1300円。プラスチップ。何よりもオーナーが使わなくなった車をくれると言ったから。あと3年と3ヶ月で車検の切れる中古のワゴン。免許は無いけど、今回の仕事で教習所に通えるお金ができる。絵里子さんのお迎えが楽になる。

 駿ちゃんやオーナーは笑いながら俺の肩を叩いた。

「勇利は気質はホストだけど、性格が仕事に合っていない。」

と。

 金曜は明けた足で学校に行き、冷たいシャワー浴びて、保健室で寝て、出席を取って昼には家に帰る。移動は自転車から電車に切り替えその間爆睡した。家事をしてまた寝てご出勤。その一日だけでも精神的にも肉体的にもキツかった。俺にはこんな仕事続けられないと思った。


 昔同じマネージャーの幸治からもらったオーデコロンの強いバニラの香りが、そんな俺の躯に染み付きつつ有る吐瀉物の匂いを消してくれた。


 人はみんな何かを抱えて生きている。それでも、生きている。



           Left Alone    つづく


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