第十六話 悩み事
朝起きてどんな顔で母さんに会えばいいのだろう。そんな心配をよそに、次の日の絵里子さんはいつものように寝ていて、俺は飯を作り学校に行った。
何も変わらなかった。
そんなこんなで受験は終わり、まあ合格はしただろうとは思う。
そして週末、兄貴はまたやって来た。
断んなきゃいけない、いつまでも甘えてらんないって分かってる。でも勝手にソファに座り込んで疲れた顔で缶コーヒーを啜る兄貴を見ていると、何も言えなくなった。もしかしたら兄貴も同じで誰か頼ってくれる人がいないと生きてゆけない人かもしれない、そんな事を思った。
うんにゃ、違うだろう。この人はそんな弱い人じゃない。この人は独りで生きていける人だ。
俺は最近、絵里子さんとの関係をサドとマゾの関係じゃないかと思えてならなかった。別に彼女が俺をいじめようとしているという事じゃない。問題は俺の方だ。酔いつぶれた彼女を迎えに行ったり、彼女のしない家事の一切をしたり、面倒を見る事を苦痛だと感じる一方で、彼女に尽くしたく思う俺がいる。これじゃあ、支配されるという形の依存だ。犬が主をほしがるのに似ている。
だから自分が嫌になる。俺はいつしか独りで生きていけるようになりたいと思った。
そんな事を考えながらぼんやり手を動かしていると兄貴が見つめていて、目元に微笑みを浮かべていた。
「今日は静かだね。」
その低くてよく響く声が俺の耳元でこだました。この人はなんてまろやかに話すんだろう。
「そうだね、疲れてんのかな?」
うつむきながらその視線を感じた。もう一度見つめ返すと、笑顔がその口元にも広がり俺を包む。
なんて温かいんだろう。
ああ、どうしよう。あれほど辛いと思っていた悩みが、一瞬頭の中から消えていた。
俺は軽く首を振り笑っていた。兄貴といると俺は真性の阿呆になる。
そうだ、俺の悩みなんてそんなものさ。吹けば、飛ぶんだ。兄貴さえいれば悩む事なんか無いんだ。
出来るなら、もし願いが叶うなら、俺が強くあれるように、兄貴にずっとそばにいてほしい、そう思った。
Left Alone つづく
兄貴バージョン " Pain " 始めました。
廣瀬のセックスは " ゆに " なのですが、男性視点で書いていますと、女性視点とはかなり違います。男性の方が純粋な気がするのです。書いていて正直身悶えする有様。これからも御贔屓に。