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第十三話 消えない罪悪感

幼児性愛者の話が出てきます。ふぁっく!!な人は後ろ半分でお願いします。・・・・でも惨い事にはなってません。

 結局兄貴は俺達のぼろアパートに来た。兄貴が俺の事を男だと信じてくれていてよかったと思う。どう見ても治安の悪い、1階角にある日当りの悪い最低賃貸料の我が家は、とうてい母娘が住む代物じゃなかった。もっとも身寄りの無い母子家庭はもっと酷い所に住む事もある。融通の利かない母子寮で内職しているよりましなんだろうなんて、えげつない事を思ってみたりして。そう考えて、自分の馬鹿さ加減に落ち込んでしまう。


 兄貴は失礼の無いようにとそっと部屋を伺っていた。どのタイミングで帰るか迷う兄貴を食い物で呼び止めた。コンビニ弁当のご常連さんは案の定食いついてきた。

 俺の顔色を見ながら雑煮をすする兄貴が理由なんか分らないけどおかしかった。

「毒なんか入っちゃいないよ。」

悪態までついてしまう。まるで迷子のグレーテルにおやつをあげている気分だった。騙しゃしないって。 

 三杯目も平らげた兄貴は少し眠そうに目を擦った。

 もう少し、ここにいてくれると嬉しいなあ。

 その肩に手を置いた。思ったとおり酷くこっていて、俺の指の方が音を上げそうだった。

「かってぇ、兄貴、働き過ぎ。」

無理矢理うつぶせにして肩を揉んだら兄貴が悲鳴を殺した。そりゃそうだ。俺のマッサージはスポーツマッサーから教えてもらっているんだから。初歩的な技術だけど効く事は請け合で、その分かなり痛い。気合いを込めてのしかかるから時々俺の髪が兄貴の襟足に触れていた。

 兄貴の体は一見した所身長や歳の割には細かった。兄弟で太りずらい体質なんだろう。うらやましい限りだ。俺は生理の後に油断するとてきめんに太る。だからケーキやチョコレート、スナック菓子なんか絶対食べられなかった。ラーメン餃子も御法度。でも正面から見るとほっそりしている兄貴の体は以外とがっちりしていて、日本人らしからぬ体格だった。いわゆる身が厚いと言うヤツだ。特に背面の筋肉が発達していた。

「兄貴もボクシングやっとけばよかったのに。」

そうしたら基よりも前に兄貴に会えたかもしれなのに。

ぼうっと夢みたいな事を考えていた俺に、兄貴は突拍子も無い事を言い出した。なぜ今時の若者らしく髪を染めたり伸ばしたりしないのかと。

 その質問に一瞬凍った。いやな過去を思い出す。せっかくいい夢を見ていたのに叩き起こされた気分だった。

「髪の毛いじるのってさ、頭の悪い馬鹿な女みたいだと思わないか?」

「君らしくないことを言う。」


兄貴はそんな風に俺のことを言った。


 誰かが優しい声で諭すように言う。

「遊里ちゃん、遊里ちゃん。遊里ちゃんはママが大好きだよね。」

「うん。」

「そしたら、ママの為に何でもする?」

「うん。」

「じゃあ、おじさんといてママが幸せな事、知っているよね?」

「うん。」

「それならおじさんがママの事これからもずっと幸せにしてあげね。」

「うん。」

「その代わりおじさんの事は遊里ちゃんが幸せにしてくれないとね。」

「遊里が?」

「そうだよ。ママの為にね。」

おじさんはネクタイを緩める。

「それでママが幸せになるの?」

「そうだよ。おじさんのこと遊里ちゃんが幸せにしてくれたら、それ以上にお母さんの事を幸せにしてあげられるんだけどなあ。ママに新しいお洋服を買ってあげるし、三人で遊園地に行ってアイスも食べよう。チョコレート味でもバナナ味でも何でも選んで良いよ。」

「本当に本当?」

「約束したじゃないか、遊里ちゃん。おじさんが嘘つくと思った。」

「分らない。」

「おじさんの事信じておくれ。」

おじさんはやわやわと髪を梳く。それから時々口に含む。汚いって思った。

「でもね、この事ママに言っちゃいけないよ。ママね、おじちゃんが遊里ちゃんのこと好きだって知ったら怒るかもしれないから。そうしたらママと一緒にいられなくなっちゃう。」

「うん。でもどうして?」

「だって、ママは遊里ちゃんも好きだけど、おじちゃんの事も好きだろう。おじちゃんが遊里ちゃんの事一番愛しているって勘違いしたらいけないじゃないか。ママの事はおじちゃんも遊里ちゃんも同じくらい大好きなんだから、ね。だからこれからおじちゃんとする事、ママには絶対言っちゃいけないよ。」

「言っちゃいけないのね。」

「もちろんだよ。お約束。二人でママのこと幸せにしたげようね。」

その手は奇妙にべたべたしていて、おじちゃんの荒い息が怖かった。

 凄く、凄く、いやだった。でも、我慢しなくちゃいけない、ママの為に。

 絵里子さんはそのとき既にお店に出勤した後だった。

 おじさんは金縁の眼鏡を外す。

「おじちゃんね、遊里ちゃんのこの髪がとっても好きなんだよ。」

 おじちゃんが電気を消そうと立ち上がったその時、部屋をノックする音が聞こえた。

 その音に俺は救われた。

「遊里ちゃん、いる?」

それは親父が死んだ事を伝えにきてくれた警察の人だった。あれ以来時々俺達の事を心配してくれていたのだった。

「はあぃ。」

俺は心の内をおじちゃんに読まれないようにしながら奥の間を飛び出しドアを開けた。

「うわあ、カッコいい。お巡りさんってやっぱり違うね。」

いつもは自分の服を着ているのに、今日に限って広川さんは制服を着ていて、とても凛々しかった事を覚えている。

「今日はもうお仕事終わり?」

「そう、今日の勤務は終わり。帰る途中だったんだ。遊里ちゃんは今日独りでお留守番なの?」

「うん・・・・。ママ。お仕事だから。」

すると広川さんは俺の頭を優しく撫でてくれた。

「お利口さんだなぁ、遊里ちゃんは。ご褒美に、ほら、チョコレートを持ってきてあげたよ。何たって今日はバレンタインだからね。」

「わぁい。」

俺は相変わらずチョコレートが大好きだった。

「ありがとう、おじさん。」

すると広川さんは苦笑いした。

「そっか、“お兄さん”って呼ばなきゃいけないのね。」

手にしたハート型の箱が嬉しかった。そのままぴょんぴょんと飛び跳ねるから、短いスカートがパァッとめくれ上がる。

「遊里ちゃんは女の子だからそんなおてんばしちゃいけないよ。」

広川さんがたしなめる。それまで誰にも

“女の子だから”

なんて叱られた事は無かった。

「どうして?」

首を傾げる俺に広川さんはばつが悪そうに言った。

「女の人はね、子供を産む事ができる事知っているよね。もうすぐ遊里ちゃんも産めるようになるんだよ。だからその時まで大切におなかを隠しとかなきゃいけない。ほら、遊里ちゃんは美人だろう。」

「うん。」

俺ははずかしげも無く頷いた。だって、みんなが俺に向かってそう言うものだから。

「美人さんは特に大事に守っておかないと、いい赤ちゃんが産めなくなっちゃうんだよ。知ってるよね?」

「うん、知ってる!」

本当は知っているはずも無く、少しでも背伸びをしたくって返事をした。

 広川さんが帰った後一緒にチョコを食べようとおじさんを誘った。さっきの続きをしたくなくて延ばそうとした。  

 と、おじさんは急に用事があると立ち上がり、家を出てそれっきり。


 俺は一晩中泣きたい気分で待っていた。でもおじさんは帰ってこなかった。


 ワタシが素直におじさんの言う事を聞かなかったからだ。嫌だって気持ちがばれたんだ。だからおじさんは幸せになれなくなってしまって、出て行ってしまったんだ。本当はもっともっと我慢しなくちゃいけなかったんだ。ワタシがママの事を不幸にしてしまったんだ。

 そのくせあの髪を撫でられる感触を思い出し、鳥肌が立った。

 そうだ、この髪が悪い。その時はそう思った。このみんなが褒めてくれる綺麗な髪が悪いんだ。綺麗な顔も悪い。もしおじちゃんがこの髪を気に入らなかったら、こんな事にはならなかったのだ。

 俺は見境無く髪の毛を切った。裁ちバサミでじょきじょきと。広げた新聞紙の上に黒い蛇がとぐろを巻いているみたいだった。

 何もかも自分が悪い、そう信じていた。

 自分がママの幸せを奪ってしまった。なんてね。


 今じゃそうじゃない事ぐらい、頭では解っているけどさ。


 でもね、あの時の不快感以上に、その罪悪感が消えないんだ 


                Left Alone    つづく


勇利の事をいじめている訳ではございません・・・・。

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