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分かれた男

作者: 網野雅也

寝る時間が……

 私がスナックの仕事から帰ってくると、畳6畳の部屋に、内縁の夫、蒔田が、大の字になって寝ていて,

その隣で、5歳の美香が畳の上で泣いていた。

「な、なにがあったの? 」

 焦って聞くと、ぼーっとした顔で蒔田が言った。

「ああ、、あ、あれ」

 蒔田の足元にはビール瓶とそれを入れるケース、スポーツ新聞、某野球球団の黄色いメガフォンが転がっている。

 真昼間からビールを飲んでいたのだろう。吐息が酒臭い。

「み、美香、ど、どうしたの? 大丈夫? 」

 火がついたように泣く美香を抱きかかえて顔を撫でようとした瞬間、私は叫んだ。

「なに? このおでこのアザは? 」

「う、うん? どうした」

 蒔田はとぼけた顔で言った。

「はあ……あ、あ」

 私はぶっちぎれて、紺色のセーターを着た蒔田の胸倉を掴んで怒鳴った。

「あんた、美香になにしたのよ? 」

「はあ? なに言ってん、わけ、わかめ」」

 酒の飲みすぎで、返答が鈍い。

 私は薬箱から取り出した消毒薬を、泣きじゃくる美香に塗ったあと、バンドエイドを張った。そして、蒔田のセーターの袖口を腕を引っ張って強引に上半身を起こすと壁に彼を立てかけた。

 向き合う形でその前に正座して言った。

「美香の額をみてごらん、ほら! 」

「え? 」

「あんたがやったんじゃないの?  」

「な、んのことやら 俺? あ、さみい」

 ベランダに通じる窓が開きっぱなしなので冷たい風が入ってきているのだ。よくみると、奥の部屋とこちらを間仕切るふすまも、こちら側に向かって片一方が外れている。奥の6畳の部屋は蒔田の部屋で、こちらが居間兼、私と美香が寝る部屋だ。ふだん、美香はこちらで遊んでいて、無職の蒔田に留守を任せているが……

「さ、さむ……がき、気持ちい……」

 冷風を受けながら、目を細める蒔田。

 私が怒っているのに、間の抜けた顔で要領を得ない返答をする蒔田に呆れてしまう。いつもこんなペースで何か問題があっても蒔田はおざなりにしてしまうのだ。

だが、今日は大事な娘が大した傷ではないとはいえ、傷つけられた。

このままでは終わらせない。

 私は窓を閉め、もう一度蒔田の前に正座すると、息を深くすって大きな声で言った。

「どうせ、あんたが昼間っから飲んで寝てたときに、美香が騒いだんで、向こうの部屋から怒鳴り込んで、美香の頭を畳にこすりつけたんでしょ? え? 」

「な、なにいってん……俺はあの子のことが可愛いし、そんなこと……するわけ」

「それならなんであの子が怪我してるの? 言ってみなさい」

「怪我? どれ」 

 彼は酒が抜けてきたのか、口調がはっきりしてきた。

 嗚咽をあげる美香を抱き寄せ、額をみせる。

「だ、誰がこんなこと……」

 だらりと垂らした彼の腕には子供が引っかいたような傷がある。

 手の平も真っ赤だ。

「あんた以外いないじゃない? それとも他に誰かいるってぇの」

「さあ……だが、俺がやるわけない」

 私はそれをみて怒り心頭に達した。

 なき止みはじめたわが子を脇にそっと置くと、再度、極つぶしを睨み付けた。

「あんた、娘にちょっと引っかかれただけで、

手が赤くなるまで小さい子に暴力ふるったのね。怠け者だけど、ましなところもあるだろうと思っておいてやってたのに……もう許さない! 今日という今日は」

「お、おまえ、そんな怒らんといてや」

 静岡生まれの彼だが、下手にでるときだけ関西弁がでてくる。

「私が、スナックで朝まで働いてるのに、あんた、こんなことして、いいと思ってるの?で、 出て行って……」

 蒔田はさっきまで俯いていたが、私の言葉を受けると大きく目を見開いた。

「そ、そんなこというか……」

「出ていけ~」

 私が彼を無理やり立たせようとしたその時、すぐ傍で蚊のなくような声が聞こえた。

「ママ、やめて、父ちゃんに酷いことしないで」

「なんでや、あんたにこんな酷いことしたのよ」

「違うの」

 蒔田を身を挺してかばう美香。何かいいたそうにしているが……私の罵声が途切れると、蒔田は突然、軽やかに美香に擦り寄って、額に手を当てて言った。

「ありがとうな、でもいいんや、俺が説明するから、今思い出した」

「え? 」

 急に蒔田の眼の輝きが変わった。話し方も動きも別人のようだ。酒が完全に抜けたのだろうか?

「全て、わしが説明する」

 そういって、蒔田は訥々と事の真相を語りだした。

 昼前まで、彼は奥の部屋で寝ていた。

 ところが、なにやら外が騒がしい。

 彼は起き上がって、奥の部屋の小窓から外をのぞき見た。すると、美香がベランダの手すりに必死にしがみついていたらしい。

 慌てて、襖を蹴破るようにして、こちらの部屋を横切り窓を開けた蒔田。

 その瞬間、美香が手すりからずり落ちていった。

 蒔田は手すりに半ばのっかるように飛びつくと、間一髪で美香の手を掴んだ。しかし、自分まで落ちそうになったので、バランスをうまくとって地に足をつけようとした。

 だが、そこにはビールケースがあった。

「死ぬかと思ったが、この子だけはって、で」

 彼はバランスをくずしながらも、宙でうまく、美香の両脇を掴むと、いちかばちか、投げ捨てジャーマンを繰り出した。そのおかげで美香を部屋の中へ投げ入れることができた。

「ほんま悪いことした、美香すまんかった」

「大丈夫、美香痛くないよ」

 だが、蒔田自身は体勢を崩し、頭をベランダのコンクリートにしこたまうちつけてしまった。そのせいで、脳震盪を起こしたらしく、目は覚めたが、体がいうことをきかず、そればかりか、記憶も意識もあいまいなまま、横になっていたらしい。

「あのフェンスの高さは1mを祐に越えているから、普通は美香が上れるはずはなかった。だが、ベランダにお前がケースを置いていたから……」

「ごめんなさい、私が昨日、面倒だから置いてしまったの、ほんとにごめん」

「お前は疲れているんだ。仕方ない。だが……次からは気をつけてくれよ、俺の大事な娘だ。それに、美香も来年は小学生だ。俺もそろそろ、仕事を探すよ、お前にだけ苦労をかけられないからな」

 この人となら、うまくやっていけそうなきがする。私は二人に手を回して抱き合ったまま、人しれず涙を流した。


おやすみなさいノシ

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