くっころの女騎士と強大な魔物(くまもと/いばら木(前編
魔術師と妖狐は港街を後にし、そうして旅を始めた。
目的は薔薇騎士団の本陣のある場所、シャーウッドの園だ。
歩いて優に1ヶ月は掛かるという距離。
でも2人は気にしない。
単純に旅の醍醐味を味わってみたかったからだ。
それが妖狐のマスターの意向でもあることでもあるし、気ままな旅というのも良いだろうと魔術師は思っていた。
――そのマスターは妖狐の感じていることを感じることができるのだそうだ。貴族という閉塞された社会から見ればはるかにこちらの方が面白いのだろう。ならばせいぜいこちらも楽しんで、むこうも楽しませてやらねば。
それに、途中ときどき『召喚』されることがある。
そのためたびたび、その場を離れる必要があるのだ。
やることは当然、あるキーワード「く…、殺せ」を呟いた同じ騎士団の仲間を助けることである。
そのためには一定の場所で仕事をするよりは、きままな旅という不定期な生活の方が動きやすい、ということもあった。
ちなみにこの世界では亜人はそこまで迫害の対象とはなっていない。
どちらかというと人気の種族だ。
亜人の種類としては永遠の歳を有するエルフを筆頭に、希少種である猫耳、犬耳、変り種としては狼男や、熊のような大男などがいるが下手をすると人間よりもかわいらしく人気があり、一部には貴族になっているものもある。
しかし遺伝子的には劣勢であるらしく普通の人族と交配すると高い確率で普通の人族として生まれ、年々その数を減らしているのが現状である。まれに隔世遺伝で猫耳が生まれてくることもあるが。
一方、亜人とは別に魔族と呼ばれるものがいる。こちらはゴブリンから始まり、オーク、オークの上位種であるドワーフ、妖狸、果てはドラゴンにいたるまで、総じて魔力が高く、人間と敵対していることが多い。
また魔族の心臓には総じてコアと呼ばれる魔力の塊が石になったようなものがあり、倒して得られたコアはさまざまな用途に使われるため高価な金額で取引されている。
コアの存在によって魔族は基本的には討伐の対象となっており、そのためさらに敵対度が上がるという悪循環に陥っている。北方の国のように魔物を使役して天然の壁地域を作るような戦略もあるが。
また一般には知られていないが、魔族は魔物と魔人とに分かれる。もっとも、現在のところ魔人は一人しか存在しておらず、時が進むにつれて人型の魔物のことを魔人と誤用することも多くなっているのが現実だ。
妖狐は、亜人とよく見間違えられるが分類としては迫害の対象である魔族に属する。
美しい外見からはとてもそうは見えないが、強大な魔の力を持ち、基本的に邪悪な存在であると見なされている。たとえば、使い魔であるといった一部の例外を除いては。
そのため、熱い日差しを避けるため、という名目で妖狐はローブ、というか熊型のポンチョを被り、なるべく顔などが見られないようにしていた。
「おそろいだねー」
「おそろいだねぇー」
そんな中、暢気に森の中を歩く二人。
日差しは暑いが、森の中ではそれも軽減される。
「ねぇねぇ、もっと今度おそろい度を上げるたびに狐耳カチューシャとか付けない。僕のあげるよ?」
「付けないよ。熱いし……」
熊本っぽいほっぺの赤丸が特徴の熊型の真っ黒いポンチョですら可愛いが暑苦しいのだ。
魔術師は妖狐の『お願い』は大抵聞くが、さすがに今回ばかりは断った。
「えー。狐耳可愛いのにぃ……」
「もちろんヨーコは可愛いよ」
「えへへー」
などという他愛のない会話を繰り広げていると、2人の行く手を阻む人物と出会った。
つまりだ。
その何物かは、ある日森の中くまさんのポンチョを着た男女に出会ったのだ。
森の中では気持ちの良い緩やかな風が吹いており、まるで有名な童謡でも歌いだすのではないか、という程度には晴れやかな気分になろうというものだ。
だというのに――
「そこの者、とまりなさい!」
なぜか、出会った人物、女騎士メールは明らかに場違いな緊迫した警告を2人に発してくる。
輝くほどに磨かれた白銀のプレートメールを着た長身の女騎士は妖狐と同じ白銀の髪を靡かせていた。
肩当てには薔薇の紋章が花開く。
「はーぃ!」
「止まったぞー」
楽しい旅といった雰囲気の2人は、立ち止まり女騎士を見つめた。
「そこを動くな! 両手を挙げろ」
「んー。なんでだろ。わかりました! 僕は両手を挙げましたのです」
「俺も挙げたが、何かの尋問かこれ?」
女騎士に言われるがままに両手を挙げる。
もともと手には昼飯用に買ってきたバスケットの類もあったが、それはさすがに地面に置いた。
その他の荷物は魔術師のバックパックの中である。
「くっ。お前らは魔族であろう!? 何ゆえこの森を進むのか!」
「えーっと、僕は確かに魔族なのです」
「俺は魔術師だな。何故と聞かれればうちの嫁さんに会いにシャーウッドの園に行くことかな?」
この時点で魔術師は、女騎士が敵であるとはまったく考えていない。
肩当ての紋章から、彼女が薔薇騎士団のメンバーであることを分かっているからだ。
だから敵だという可能性をまったく考えていないために普通に答えるが、それを悠然とした姿と見て取った女騎士の方は逆に警戒感を強めた。
「それで余裕しゃくしゃくのつもりか、魔術師!」
女騎士はブロードソードを抜刀した。
それを魔術師に向ける。
「イキナリ剣を抜くとか危ないなぁ」
「オーカぁ。この娘、あぶない子なのです」
気の抜けた会話に脱力しそうになるのを何とかこらえる女騎士。
「情報通りだな。得体のしれない魔術師に妖狐の魔人。『主君には丁重にお出迎えしろ』と言われている。覚悟することだ」
「それ、お出迎えの意味が違うんじゃない?」
「問答無用! 成敗――」
女騎士は魔術師に斬りかかった。