閉話:殿方の木
魔術師であるオーカ・ヴォルケイノは薔薇騎士団に所属する唯一の男性であり、サバッキーノ公爵家の庭師でもある。
しかし庭師とはいえ、サバッキーノ公爵家が管理する庭を直接管理したことはない。
魔術師がサクラと婚姻する前の対外的な名ばかり管理職という意味合いが極めて強いのだ。
もちろん将来の嫁であるサクラとの逢瀬は繰り返してはいるのだが、それは庭の管理とは程遠いものであるだろう。
「と、いうわけで名ばかりの庭師の汚名を払拭するために今日は薔薇騎士団の庭園にやってきたわけだが……」
「なぁに? わたくしが付いてきたらいけない理由になりますの?」
「僕はお邪魔なのです?」
魔術師が薔薇騎士団の本陣であるシャーウッドの園にいるときは多くの場合、サクラもいるわけであり、常のようにサクラの使い魔である妖狐もいるわけで、管理というよりはやっぱりデートにしかならないというのが実情であった。
「しかし見事な庭だな。俺はなんの管理もしていないが」
「騎士団の名前にも由来する草花ですもの。みんな気を使って育てていますわね」
薔薇騎士団の庭で最も多く観られるの。それは薔薇だ。
真紅の赤や奇跡の青、そして神聖なる白や魔力色である紫など、色とりどりの薔薇が咲き誇る庭は、かなり良い香りが充満している。
「いつみてもなんだか異世界にきたみたいですわね」
「僕が住んでいた異世界でもこんな光景は見られないのです。すごいのです。青い薔薇とかないし。でも最近青薔薇は遺伝子組み換えでできたみたいだけど」
「遺伝子?」
「えーっと子作り?」
そんなことを喋りながら庭の道を進む3人であったが、やがて中央の大きな木の前にたどり着く。
「お。これってもしかして殿方の木、なのか?」
「えぇ、そうですわよ」
「女の子専用なのです。男子禁制なのですよ」
その木にはたくさんのたわわに実ったバナナがなっていた。
「しかしこれ、なんで殿方の木って言われているんだ?」
「あら? 知らなくて? ――だんな様もサバッキーノ家の婿養子にはいるのだから知っておいてもらった方が良いのかしら?」
「僕は知っているけど、あれは面白いから聞いてみてるのです」
アルドネシア王国原産のバナナは、その昔薔薇騎士団の下部組織である女学校が学生を集めるために大量に輸入したとされ、アーカンソーでの給食制度の一部を支えたいうことで有名だ。
「じゃぁ、教えるわね。アレは――」
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時はおよそ100年ほど前に遡る――
当時はまだ辛うじて魔王の徒と呼ばれる強大なスキルの使い手が残っていた時代だ。
魔王の徒は基本的に不死ではあるのだが、業といわれる不思議な宿命を持っており――それは人を殺すと減少しゼロになると魔王の徒の資格を失うものだ――、戦闘を愛する魔王の徒は次々と争うように自滅する形で消えていった時代だ。
そんな中で残った多くが生産職と呼ばれるものたち。または引きこもって暮らすものたちのみ。
そんな中、南方の大陸であるアルドネシアを国として束ね統治していたのは、平和を愛する魔王の徒、アルドネシア・アルドネシア初代国王だ。ちなみに国民の話す言葉の語尾は国王を除きアルである。
「なんだと! まさか本当にそういったのか。アーカンソーのくそ王子がッ」
「はい。確かにそのようでアル。『我はバナナが嫌い』だそうアル」
そのアーカンソー王国の王子が言った言葉『我はバナナが嫌い』。
アルドネシア国王はその風景を想像する。
アルドネシアの商人が海を隔てた北のアーカンソー王国で商売を始めようとしたとき、献上の品としてバナナを進呈しようとしたところ、顔を真っ赤にしながら叫んだらしい。商人はさぞかし侮辱の海に落とされた気分になったことだろう。
「しゃらくせぇ。うちの特産品が喰えねぇようであるなら喰わざるを得ないように大量に送り込むだけだ! 軍艦を用意せよ! 出撃するぞぉ!」
アーカンソー王国の王子はバナナが嫌い――
アルドネシアで国民食であるバナナが嫌いだというアーカンソーの王子にアルドネシア中の農家は大いに激怒し、アルドネシア王国軍は市民である農民達の協力を得、2,000隻の船にバナナを大量に積み込んでアーカンソーに向け発進した。
それに恐れをなしたのは受け取るアーカンソー軍である。
「たかがバナナが嫌いだというだけでなんでそんなことに!」
「いや、俺もバナナが嫌いだが?」
「とと、とにかく国王と王子に知らせなければ」
「このままではバナナ戦争になるぞ」
2,000隻によるバナナの輸送に恐れをなしたアーカンソー国王であったが、王子は強行であった。
そして有名な後に『バナナが嫌いだ宣言』と呼ばれる有名な演説をアーカンソーの王宮で行うことになる
「我はバナナが嫌いだ!
なぜなら我が子供の頃、古く真っ黒になったバナナをアルドネシアからのお土産だといって無理やり食べされたことがあるからだ。
我は今大人になった。
それも我は王子だ。
我はバナナは嫌いだ。我はバナナを二度と食べない。ポーラニアがオーストロシアと闘ったように私もバナナと闘う!」
海を隔てた隣国であるアーカンソーとアルドネシア。行き来には時間がかかり、あのおいしかったバナナがアーカンソーに着いた頃にはどうしても品質が劣化、黒くてヤバイバナナに変質してしまったのだ。
それを聞いたアルドネシア国王だが、彼は「そんなこともあろうかと」などとほざきながらなんと輸送のために新たな精霊魔術≪植物静止≫の術式を完成させており、その力を生涯に1度しか使えぬ生産職最終奥義、≪ヒストリカル・ブラック作成≫によってアルドネシア国民に使えるようばら撒いており、2,000隻に詰まれたバナナはみずみずしい黄色を湛えていた。
「いったい……、どうすれば……」
戦々恐々とするアーカンソー国王だったが、その窮地を救ったのが当時のサバッキーノ公爵家の当主、ユリ・サバッキーノ公爵だったのだ――
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「ねぇねぇ、それでお話、どうなっちゃたの?」
「肝心なところで止めますねー。さすがサクラかわいいよ」
「それで結局、私のご先祖であるユリ・サバッキーノ様はそのバナナを全て引き取ってめぐまれない少女たちの学校の給食の一つとして提供し、給食めあてに子女を学校に入れることでサバッキーノ家は最終的に卒業生を使って薔薇騎士団を手に入れるに至ったわけよ。≪植物静止≫の術式が掛かっていたから、学校がなんとか軌道に乗るまで持ったそうよ」
サクラはバナナを一房バナナの木から手折ると皮を向いて妖狐に手渡す。
妖狐は先っぽからはむはむと食べた。
「その時からアーカンソー王国ではバナナは殿方の木って名前になって、アーカンソーでは殿方の木の周辺は男子禁制であり男性は食べないことになったの。王子が嫌いってわけではなくて風習として食べないことにしたわけね――。ほら、そうでも言わないと他の貴族たちに奪われてしまう可能性もあったし。で、それを伝えたときのアルドネシアの顔ったらなかったそうよ。でもなぜかしら。アルドネシアの男性騎士たちはまんざらでもない表情で帰っていったらしいわ。ユリ様が≪実演≫したそうだから――」
「それは……」
「ほんとに何故かしら――。ねぇ?」
「え? 僕が実演するのです?」
いたずらっぽい笑みを浮かべるサクラであるが、言いつつもサクラには理由が分かるらしく、見る見るその顔は朱色に染まっていく――
その昔、ブロッコリーが嫌いな大統領がいてだな。




