エクスカリバー(かがわ(中編②
一人残されたカンニバルだが、戻ろうと剣を鞘に収めたところでウィンター将軍が再び闘技場に現れるのを見る。
警戒し一旦は抜刀の構えをとるが、そこにアーカンソーの貴族たるサクラや、サクラが統べる薔薇騎士団の団長の姿を見てとると、戦う気がないことを悟り、構えを解いた。
ウィンター将軍、薔薇騎士団の団長カーラ。貴族サクラ。
ある意味予想された組み合わせに闘技場を取り囲む群衆は、先ほどとは違う成り行きに固唾を呑んで状況を見守っている。
「いやぁカンニバル卿。私は突然急用を思い出してな。戦いの最中ではあるがギブアップを宣言してやろう。優勝おめでとう! さすがはカンニバル殿だ」
乾いた拍手をしながらカンニバル卿に近寄るウィンター将軍。
急用。それはカンニバルが発言したエクスカリバー王国のオーストロシアへの強襲のことに違いない。
だがすぐに戻ったとして、もはや手遅れのはず。
「勝者! エクスカリバー王国が騎士、カンニバル・ラウンド!」
審判が勝利者の宣言を行い、音楽隊がファンファーレを鳴らす。
シーン――
急に始まる茶番劇。
呆気にとられるカンニバル。
「あぁ、そうだ。アーカンソー薔薇騎士団団長! カーラ・ナポリターノ!」
「サー。お傍に控えております!」
薔薇騎士団標準装備のプレートメールに身を包んだ麗人カーラは、ウィンター将軍に声を掛けられ返事を返した。
「一つ質問をしたい。アーカンソー王国、薔薇騎士団の退団の条件はなんだ?」
「サー。死亡、寿退団、副団長以上の許可。この3つであります!」
「ところで我らがオーストロシアの愛すべきいじられキャラであるナタリー・ヴォルケイノ嬢はこの前ネタで薔薇騎士団に入ったそうだが、この条件に当てはまったかね?」
「ノーサー。まったく完璧に当てはまっておりません!」
聴取に語りかける。
それは周囲にはあきらかに棒読みに聞こえる、ワザとらしい会話であった。
「おやぁん? おかしいなぁ。魔術師と妖狐がいつのまにかいなくなっているのだが。なぜだろうか?」
ウィンター将軍の言葉にヒメノ姫が頷き、オジ・サーマキーノは渋い顔をする。
彼女と彼は何かを知っているのだ。それは1体何なのか。カンニバルには分からない。
だが、薔薇騎士団と鳳凰騎士団、そしてアーカンソーの王族は知っている。薔薇騎士団の騎士の誰かが窮地に陥り、あのキーワードを叫んだに違いないのだ。アーカンソーで事情を知っているものであれば誰もがウィンター将軍の発言からある程度の予想が付く。
「く…たかだか魔術師と妖狐が一匹。それがどうしたというのか!?」
だが答えをカンニバルは知らない。解答を求めカンニバルは叫ぶ。
「ふふ。分かってないな。カンニバル卿は。普通の魔術師であればそうであろう。だがあれは枢軸の魔術師。いまやあいつが中心で世界が回っているのだぞ」
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≪ファイヤー≫の魔術で弾幕を構築することでなんとか戦線を維持してきたオーストロシア第一地方駐留部隊であったが、その勢いが急激に増してきたためエクスカリバー王国の第一騎士団の長であるセブン・スロットは訝しんだ。
「これはどうみる? 参謀。それにサー・アーサー・チュートリア卿」
「最後の足掻きでしょうな。もはや魔力も底を突き、最後の掛けに出たのかと」
「ああもカメのように篭城されてはなかなか攻略し辛いところではあるが、何か手を打ってくるのであればそちらの方が幸いだ。さっさと終わらせて首都キャンベルクワを落としにいかなくては」
「敵ながらにしては良く持った方かと。おや、何か出てくるようです」
自身の参謀に促されセブンは敵駐留部隊の方に視線を飛ばす。
あれだけ激しかった弾幕が一斉に消えている。
そこに出てきた一人の女性。思えばあの攻勢もこの一瞬のための演出だろう。
何か急ごしらえの旗のようなものを持っている。
それには何か花のような紋章が手書きで刻まれていた。
「よし、全軍突撃を――」
「まて。あやつ魔術師かもしれん。たいした被害にはならんかもしれんが、巻き込まれるのも――」
「いぇ、あれはヴォルケイノ将軍の娘、ナタリー・ヴォルケイノ補佐官のようです。以前見たことが――」
「なに? ならば敵将の娘とはいえただの小娘ではないか」
今にも全軍が攻め入ろうとするエクスカリバー王国軍。
数を100程度は減らしていたが、軍はほぼそのまま残っている。
それに対するは魔力をほぼカラにした拳戟魔術の兵士。
『告げる――。この土地は我がアーカンソーの薔薇騎士団が占拠した。友好国であるエクスカリバー王国は直ちに撤退するがいい』
戦場の中心で声をあげて叫ぶナタリー補佐官。
一瞬それにより止まるエクスカリバー王国の騎士たち。
『えぇい! ひるむな。あの旗はどう見ても手書きだろうが! あれは偽者だ。敵の策に動揺してなんとする。全軍突撃せよ!』
『それがエクスカリバー王国の返答か。ならば我はここで告げる「くっ…、殺せ」と!』
陵辱されるくらいならば死ぬという本来の使い方ではなく、まるで敵を殺せといわんばかりのセリフ。
ちなみにナタリーは今、敵からは敏腕策士に見えないこともないが中身は完全にヤケクソだ。
その声で招聘されたのは1人の魔術師と1匹の妖狐。
その魔術師はイケメンだったら似合うであろう薔薇のマントを纏い、まるでヘンタイのよう。
一方の妖狐は対照的に背の低い、銀色の長い髪をなびかせる美少女だ。
「くそう。せっかくウィンター将軍戦のいいところだったのに、観戦の邪魔をしやがって」
「そうなのです。僕はぷんすかなのです」
魔術師と妖狐はまったく場違いな悪態をついており、かなりご機嫌ナナメであった。
「そ、そこをなんとか……」
「って、おぃ何だよこれ、いきなり戦場じゃねーかよ!」
ナタリーが機嫌をとろうと謀るがそれはもう間に合わない。
前進を始めたエクスカリバー王国軍は進軍を止めることはできないのだ。
まさに押しつぶされようとしたその時。
「ちきしょうが。さっさと片付けるぞ。ヨーコ。うちの義理妹を下がらせて」
「はいなのです」
『お前は何物だ!』
敵側の誰かが叫ぶ。
敵は剣を持って突撃しながら魔術師に斬りかかる。
「話が名はオーカ・ヴォルケイノ! アーカンソーが薔薇騎士団の庭師である!」
「庭師風情が戦場に立つんじゃねぇ!」
「ならばみせてやろう。拳戟魔術の極地を。
――いでようどん拳!」
「なにぃ――」
するとどうだろう。
魔術師の周囲の大地が真っ白に染め上がり、それが急速に広がっていくではないか。
「な、なんだこれは」
「ご、極太の麺類だと――」
「しかもうまそう」
今にも襲い掛かろうとしていたエクスカリバー王国軍。
近寄っていた弊害のためにまともにその攻撃を食らってしまい、足元をすくわれる形になる。
うどんはもぞもぞとその恐怖の進行を開始した。